第四章ー9
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俺は山根さんへ、先日、ふれあい西家に彩花が来て行ったことなどを話し、西条さんが孫の彩花を認識できなくなったことをお伝えした。
山根さんはふれあい西家の職員ではなく、月に一度という間隔でボランティアに来ているため、基本的には、詳しい御利用者の状況を話すことはほとんどない。
ただ、今回に限っては、もともと知り合いだったということもあり、コミュニケーションを取る上で欠かせない部分だけはお伝えした。個人情報となる詳しい病状や、『声優・百坂彩花』に関する事情などは伏せた。
「そう……あの西条さんがね……」
山根さんは、西条さんが彩花のことを認識できなくなったと聞き、大変なショックを受けていた。
本来であれば市川園長が対応すべきだろうが、市川園長は大切な会議があるとかで出て行ってしまったので、職員の中で西条さんのことを最もよく知る俺が対応していた。
ふれあい西家、二階、応接室にて。
腰を据えて西条さんの様子をお話ししたのだが、山根さんはがっくりと肩を落としていた。
「山根さんは、西条さんとお孫さんとの関係をご存知なんですか?」
「ええ、よく知ってるわ。何年も前からね」
山根さんは天井を見つめ、当時を懐かしむように語る。
「あれはいつだったかしらね……。婦人会も、みんなが年を重ねてきて、老人会みたいになってきた頃のことよ。あの頃は、健康診断の結果がどうとか、子どものお世話になることが増えてきたとか、そんな話ばかりで、集まっても、お茶をして解散、みたいなことが多くなっていたの。そんな時に、西条さんがいきなり、婦人会十数人分のシュークリームを持ってきたのよ。どうしたんだろうってみんなが驚いたわ」
まさか、と思う。
それって――。
「桜川さん、あの人、いつもにこにこしてるでしょ? そうじゃない?」
「そう、ですね。ここへ初めて来た時、きっと不安もあったでしょうに、ずっと笑っておられましたよ」
帰宅願望が出ている今、そうではない時間が増えてきたが、元来の西条さんは、そうだった。ほんの僅かな時間しか触れ合っていないが、花が咲いたような、素敵な笑顔を見せてくださっていた。
山根さんはうんうん、と頷き、続ける。
「シュークリームを持ってきた時の西条さんの笑顔は、今でもはっきり覚えてるわよ。あの人いつも笑顔だけど、あの日は、普段の何倍もきらきらした笑顔でね。……本当に嬉しそうに、『孫が大きな役を取ったのよ! ずっと応援してたの。今日はお祝いよ!』って。婦人会なんか、お孫さんとはなんの関係もないのよ? お孫さんとは直接会ったこともなかったし、顔も名前も、よく知らなかったわ。声優とは聞いたけど、ほら、わたしたちの世代なんて、そういうの分からない人の方が多いじゃない? だから、なんの仕事なのかも分からなくて、『役を取ったってどういうことなの?』って、みんな戸惑っていたわ。……でもね、西条さんがあまりにも嬉しそうだったから。なんだかよく分からなかったけど、それでも婦人会みんなで乾杯して、良かったね、良かったね、って。わたしたちにとっても、久しぶりに明るい話題だったのよ」
山根さんは、話しているうちに、だんだんと涙声になっていった。
「西条さんのお孫さんだっていうから、わたし、気になって調べてみたのよ。そうしたら、主役だっていうじゃない。わたしはアニメなんか興味なかったんだけど、せっかくだからと思って見たのよ。彼女の初主演作、『はなうた』、ホントに良かったわ。年甲斐もなく興奮しちゃって、婦人会で会うたびに、西条さんと二人でアニメの話をしてね。楽しかったわ……。でも、そっか……忘れちゃうものなんですね……」
山根さんの声は震えていた。
聞いた俺も、もらい泣きしそうだった。




