第四章ー7
◆◇◆
全て、書き出してみた。
西条ヨシさんが、「帰りたい」と話し始めた時、なにを理由に「帰りたい」と話されるのか。
以下の通りである。
「子供が待っているから料理をしなくちゃいけない」
「家で豆を煮たまま置いてきてしまった」
「米を研いできたか気になる」
「家の掃除が終わっていない」
「家の鍵をかけてないような気がする」
他に、十パターンほどある。
「病院からの情報には帰宅願望のことが全く書かれていませんが、病院では帰りたいって話されることはなかったんですか?」
「なかったと聞いています」
「そうですか……また環境が変わって、さらに認知症が進んだということでしょうかね?」
現在、ミーティングの真っ最中。
その日出勤している全職員が集まり、一日の流れや、状態が変化している御利用者の情報を共有する場だ。
御利用者に聞こえないよう、なるべく声を抑え、フロア左奥にある台所で行っている。
俺の問いかけに対し、市川園長が答える。
「環境の変化で認知症が進んだ、とは一概に言えないと思いますよ。病院に比べると、この事業所は西条さんのご自宅にかなり近いです。窓から見える風景だけでも、自宅のことを思い出し、活発に動かれているのかもしれません。桜川さんが書き出してくれたものを見ると、一貫性がないようにも思えますが、『家のコト』という点では全て当てはまりますよね?」
「あ、確かにそうですね」
言われてみれば、なるほど、その通りだった。
帰宅願望と言ってしまうと「家に帰ること」を指すように聞こえるが、実際は、人によってバラバラだ。
目的が「家へ帰ること」であっても、その理由としてどんなことをあげるかは人によってまるで違う。
以前出会ったことのある御利用者は、「地域の集会に行く準備をしたいから家に帰る」と玄関へ向かったことがある。
また、ある人は、「体が難儀な気がする。家族に病院へ連れて行ってもらうから家に帰してくれ」と、玄関へ向かったことがある。
もっと認知症が進んだ人になると、家と言っても、現住所の家ではなく、子供の頃に暮らしていた家に帰りたいと話すこともあり、そうなると、家に居ながら「家に帰りたい」と話されることも出て来るのだ。
では西条さんはどうだろうかと考えてみると、市川園長の言葉通り、確かに、『家のコト』で一貫している。
「例えば、家事を手伝ってもらったりすればどうですか? 洗濯物を畳んでもらうとか、座ったままでも、ピーラーを使えば野菜の皮むきくらいならできるのではないですか? それで気が紛れたりしないでしょうか?」
市川園長は現場職員を見回し、提案する。
現職員一同、「なるほど」と頷き合う。
「それでやってみましょう」
「園長、ありがとうございます」
さすが、『介護の鬼』と呼ばれる市川園長だ。
その場に応じたアイディアや提案がすぐに出て来る。




