第四章ー6
少し言い過ぎではあったが、悠の言ったことは間違いではない。
南原さんは、良く言えば明るく、元気で楽しい人。悪く言えば人の心にずかずかと踏み込んでくる口うるさいオジサンだ。
彩花の声が出ない件は、隠しておくわけにもいかないので、関係各所の代表クラスの方々と、現場責任者のスタッフさんには話してある。
西条さんの認知症がどこまで進行しているとか、そんなことまでは話していないが、もともと彩花と西条さんとの関係は、ラジオなどで本人が包み隠さず話している。業界でも有名な話だ。詳しい病状までは知らなくても、察している人は多い。
南原さんも、例外ではない。
「だいたい、無理するなとか、味方がいるとか、本当に気にしてくれているなら、普通、何も言わないでしょ。『おばあちゃんのこと、聞いたよ』、じゃないよ。無神経にも程がある」
「悠さん、その辺にしておいてください」
確かに無神経だと思ったが、相手はグレーゾーンを支えてくださっている会社の代表取締役だ。
誰か他のスタッフにでも聞かれたら面倒なことになる。
「はいはい、分かってます。北条プロデューサー殿」
「悠さん」
「すみませんでした」
悠は肩をすくめて、ようやく黙る。
「百坂さん、東都さん、そろそろお願いします」
そのタイミングで、スタッフから声がかかる。
「はい、分かりました」
「お願いします」
この辺は、さすがプロ。
直前まで文句を言っていた悠も、にっこにこの笑顔を即座に作り、スタッフのもとへ小走りで向かっていく。
打ち合わせ自体は少し前に終わっていて、南原さんを待っていた状態だったので、すぐにでも収録が始まるだろう。
私は二人の後ろ姿を見送り、ちらりと南原さんへ視線を向ける。
先ほどはフォローを入れていたが、彩花は明確に、南原さんのことを苦手としている。
『挑戦すること』を自身の信条としている彩花は、ちょっとのことでは落ち込んだりしない。難しい課題が出たり、失敗してしまっても、それも挑戦の一つと捉え、乗り切るからだ。
しかし、全く落ち込まないかと言えば別の話だ。
彩花だって人間なのだ。
以前、南原さんがグレーゾーンの収録中に、口を出してきたことがある。
内容としては、
「いくらなんでも言い過ぎだ」
「会社のイメージも悪くなる」
「録り直して欲しい」
というもので、企業側からすれば、特別変わった指摘ではなかったのだが、とにかく言い方が酷かった。
南原さんは、満面の笑みのまま、
「百坂さん、ちょっと言いすぎかなー? って思うんだよね。俺も、グレーゾーンのコンセプトは分かってるよ? いろんな問題に切り込んでいくスタイル、俺も大好きだ。大好きだけど、百坂さん、君、いくつ? 言っていいことと悪いことの区別くらいつくよね? 今の言い方だと、グレーゾーンどころか、会社にまで悪いイメージつくって分からないかなー? あ、分からないかー。そこまで頭回らないよね。毎日毎日、お仕事大変だもんね。じゃあ教えてあげるけど、今みたいな言い方されると、百坂さんたちだけじゃなくて、グレーゾーンを支えているスタッフとか、周囲にも影響与えちゃうんだよ。だからさ――」
そんな言い方をしてくださったのだ。
その時は、隣で聞いていた悠が無理やり、「申し訳ございませんでした。すぐに録り直します」と申し出て、なんとか収めたのだが、彩花本人はしばらく引きずっていた。
その日はちょうど、桜川さんとの通話初日。
事務所から桜川さんとのやり取りに関する許可がおり、彩花は自分から「連絡して」と私に頼んできたのだが、通話中まで引きずったままだった。
彩花にとっては、南原邦彦という男は要注意人物だ。
彩花の精神状態が安定していない今、目を光らせる必要がある。
桜川さんに偉そうなことを言っておいて、こっちでトラブルがあったなんて、冗談にもならない。
私は、心の中で、「こちらのことはお任せください」と桜川さんに念を送った。




