第四章ー3
帰宅願望は、本人もどうして帰りたいのか、理由を見失ってしまうことが多い。
認知症は、『つい最近の記憶を忘れても、感情だけは残る』と言われている。
つまり、『どうして家に帰ろうと思ったのか?』を忘れてしまっても、『帰らなければならない!』、又は『じっとしているわけには行かない!』という気持ちだけは残るのだ。
こうなると、もはや『何故帰りたいのか?』という問いかけは意味を為さない。言っている本人ですら分からないからだ。
予測することはできる。
過去の経歴、事件、事故、家族関係、習慣、その人が普段自宅でなにをしていたのか、どんな風に過ごしていたのか、などなど。そう言ったことを調べ、本人や家族、親戚、交流のあった方から話を聞いていくことで、ある程度予測することはできる。
それが介護士の仕事とも言える。
言葉にできない御利用者の想いを汲み取り、その想いに寄り添った介護をする。
言葉にしてしまえばそれだけのことだ。
西条さんが何故帰りたいと話すのか、西条さんがよく話すことや、ふれあい西家を利用する前の自宅での様子や習慣などを聞き込み、西条さん本人が忘れてしまっても、介護者がその気持ちを汲み取り、接すれば良い。
「あの、いつになったら帰れますかね……?」
「西条さん、今日はここで泊まりの予定になっていますよ」
「ええ? そうなんですか?」
「そうなんです。申し訳ないですが、ご家族の方とも約束していまして、そのように予定も組んでいますので、よろしくお願いします」
「そんな話聞いてないですが……そうですか」
西条さんはため息をつき、テーブル席へ戻っていく。
少し離れたところで様子を窺っていると、数分後、また立ち上がり、職員を探してうろうろとフロア内を動かれる。
御利用者の想いに寄り添う、と言葉で言うのは簡単だが、実際はなかなか難しい。
介護士だって人間なのだ。
何十回も、こんなことを繰り返されたら、たまったものではない。他の御利用者の対応もしなければならないだけでなく、料理や洗濯、掃除、ゴミ捨て、記録物の整理や日々のレクリエーションの企画、反省など、様々な業務があるのだ。
一人の御利用者のために、どこまで時間が割けるか――。
介護職全員の、永遠の命題だと思う。
「対応、きちんと考えないとな」
とはいえ、だからと言って、対応を疎かにするつもりもない。
彩花や北条さんから受け取った想い。
悠にくぎを刺され、託された想い。
その全てに応えるべく、俺は動き始める。
「主任、ちょっといいですか」
もう二度と、あんな惨めな思いはしたくなかった。




