第四章ー1
予測できたことではあったが、彩花の声優活動について、ファンからは疑問の声が噴出した。
キャラ声――声を作ること――を強要されかねないイベントごとや生放送などを、全てキャンセルしているのだ。
公式発表は、『体調不良』。
声が作れなくなっているため、ある意味、嘘ではないが、事情を知らないファンにしてみれば、イベントや生放送などを休む一方で、ラジオなどを休まず続けている姿は不自然に映るだろう。
本当に体調を崩しているのならば、全ての仕事を休み、静養すべきだと考えるのが普通だ。SNSなどでは様々な憶測が飛び交い、中には、共演予定だった他の声優とトラブルがあったのではないか、などという荒唐無稽なものもある。
「こちらは私と悠さんでなんとかします。西条さんのこと、よろしくお願いします」
北条さんからそんなメールがきたのは、西条さんがふれあい西家へ戻ってきてから数日後。約束通り、西条さんの状態報告をメールでやり取りする中でのことだ。
傍から見ているだけでも、北条さんと悠の存在は大きかった。
彩花と同じ事務所に所属している悠は、スケジュールの調整がしやすいこともあったのだろう。彩花が出演予定だった、イベントや生放送の穴を、ピンチヒッターとして埋める役割を担っていた。また、ラジオでも、キャラ声を使わなくて良いように、会話の流れを上手く誘導し、彩花が必要最低限の力で仕事ができるよう、常に配慮してくれていた。
北条さんもしかりだ。
悠のスケジュール調整を実際に行ったのは、北条さんや事務所のマネージャーさんだろうし、なにより、スケジュール調整ができたところで、関係各所から許可が下りなければピンチヒッターをすることもできない。プロデューサーとして、北条さんが各方面に働きかけたのだろう。
北条さんが裏でどれほどの労力を費やし、調整してくれているのか、想像できた。
「あの、家に帰りたいんですけど……」
そして、俺の方はというと。
良いのか、悪いのか。
誰にとっても目に見える形で、西条さんの認知症が進んだと実感させられていた。
「西条さん、すみません。今日はここで泊まりになります」
「そうですか……? 何故でしょうか?」
「ご家族の方から、今日はお仕事が忙しいとのことで、お願いがありましたので」
「はあ、そうですか」
西条さんは、納得していないが仕方ない、といった様子で、俺のもとから去り、テーブル席に腰を下ろす。
初日こそ、以前より笑顔が少なくなったな、という程度の印象だったが、二日目からは様子が明らかに変わった。
認知症の中でも、有名な症状の一つ。
帰宅願望が出ていた。




