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第三章ー10

 ごくりと唾を飲む。

 忘れていたわけでも、考えなかったわけでもないが、考えすぎないようにはしていた。

 彩花と関わること。

 それは、二十万の期待を背負うことと同義だ。

 彩花は仕事を続けると言う。

 運営側はそれで良いだろう。

 今、彩花がどういう状況なのか、知っているのだから。


 じゃあファンは?


 昨年を思い出す。

 俺は、ファンとして気が気じゃなかった。彩花が急に仕事を休み、原因は一切明かされず、一部では、このまま引退するのでは、と憶測が出ていたほどだ。

 今回も、心配するファンは大勢いるだろう。

 彩花は仕事を続けると言うが、ファンにはどう説明するつもりなのか。心無い憶測が飛び交う可能性もある。

 二十万の人間が、彩花の動向を見守っているのだ。

 なにが起こっても不思議ではない。

 そんな膨大な量の心配、期待、不安を、俺は受け止められるだろうか。

「……」

 視線をあげると、北条さんと目が合う。

 北条さんは黙ったまま、優し気な視線をこちらへ向けていた。

 ふれあい西家で、間近で見た北条さんの背中。

 大きかった。いつか追いつきたい、とも思った。

 今、その理由が分かった気がする。

 ただ、大きいだけではないのだ。

 北条さんは、二十万人の期待を背負い続けている。

 彩花の隣にその人あり。彩花を応援するファンから、そう言われるこの人は、ひょっとしたら、彩花以上のプレッシャーを、毎日、感じているのかもしれない。

 イベントやライブで失敗があっても彩花に批判が向くことはほとんどない。誰もが、彩花のことを好きだからだ。

 批判が向くのは、その周囲、スタッフさんだ。そして、北条さんは、彩花の最も近くにいるスタッフで、責任者だ。

 半端ではないプレッシャーがあるだろう。


『彼女がもっと輝ける、もっと幸せになれる最善の道を作る。それが私の仕事です』


 ふれあい西家で初めて言葉を交わした時、北条さんは事もなげにそう言い切った。

 俺にはまだ、北条さんのように、簡単にそう言えるだけの自信も、プレッシャーに打ち勝つ覚悟もない。

 でも、少なくとも、彩花を好きだと言うその気持ちだけは、北条さんにも負けるつもりはなかった。

 答える前に、悠に指摘してもらえて良かったと思う。

 おかげで、大事なことを忘れずに済んだ。


「改めて、返事をさせてください」


 俺は今から、二十万人の気持ちを背負う。


「彩花のおばあちゃん、西条ヨシさんのことは、任せてください。責任を持って、対応させていただきます」


 北条さんの背中に追いつけるように。


 ――もう、失敗は許されない。

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