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第三章ー8

「正直」

 北条さんの説明を受け、彼女は自分の言葉で想いを紡ぐ。

「正直、北条さんにも、スタッフさんにも、もちろんサクゾウさん――桜川さんにも、迷惑をかけることは理解しています」

 蚊の鳴くような、か細い声だった。

 普段の、明るく張りのある声とはかけ離れた、小さな、小さな声。この声を聞くだけで、やはり休むべきではないかと勘繰ってしまう。

「こんな状態で仕事を続けても、良いことがあるのかないのか、わたし自身、分かりません。素直に北条さんの指示に従っていた方が、わたし自身のためにも良いのかもしれません」

 それでも、と彼女は前を向く。

 その瞳には、生気が宿っていた。

「それでも、わたしは続けたいんです。去年、同じように声を作れなくなった時、自分の中で、なにかが死んでいくような気がしました。……きっとあの時、わたしは生まれて初めて、立ち止まったんです。声優になりたいと挑戦し続けて、声優になってからも、こんなことがやりたい、あんな役をやってみたい、もっといろんなお仕事をしたい――北条さんには随分迷惑をかけたけど、そうやって、進み続けてきました」

 そして、『声優・百坂彩花』は宣言する。



「わたしにとって、『挑戦すること』は、わたし自身で、わたしがこの世界で生きている理由なんです。立ち止まって、下を向くくらいなら、わたしはこのまま、声が出ないままでも、かまわないと思っています」



 彼女の口から発された言葉は、どこか、勢い任せで、冷静さを欠いていて、情熱だけが先走っているような、そんな印象を受けた。

 だけど、百坂彩花の、信念だった。

 北条さんは、彩花の言葉対し、即座に「なにを言っているんだ」と注意するが、彩花本人は知らんぷりだ。暖簾に腕押し、馬の耳に念仏、ヌカに釘……そんな感じだった。


 ――声が出ないままでもかまわない。


 彩花本人はそう言うが、そんなことになったら、仕事を続けるどころか、仕事そのものがなくなるだろう。北条さんではなくても、容認できるものではない。

 そう思いつつ、俺は、どこか納得してしまう部分もあった。


 こんな彩花だからこそ、好きになったのだ、と。


 バカみたいに真面目で、ひたむきで、努力家で、一直線で。

 時には、それが原因で周囲に迷惑をかけることになっても、周囲の方が「しょうがない」と許してしまうような誠実さが、彼女にはあって。

 挑戦し続けて、立ち向かい続けた彼女だからこそ、誰もが百坂彩花という人間の虜になってしまうのだ。

 北条さんに「そんなこと言うなら活動休止させるぞ」と注意受けている彩花を見て。

 俺は二人から改めて申し出があった「状況報告」の件に関して、きちんと応えるべく口を開――


「あの」


 ――開きかけて、空いた口が、その形のまま固まった。



「一つだけ、言わせて頂きたいです」



 その声は、冷気を帯びていた。

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