第三章ー6
「あのっ!」
一通り、北条さんから現状の説明が済むと同時。
それまで口を開かなかった彩花が、前のめり気味に声をあげた。
「質問があるんですけど……いいですか?」
恐るおそる、という表現が合っていた。
俺が頷くと、彩花は不安いっぱいを抱えた表情で、尋ねてきた。
「祖母は、おばあちゃんは、良くなるんですか?」
「……」
答えに、詰まった。
彩花の不安そうな様子が、先ほど画面上で見た、絶望に染まり切った表情と重なる。
最後の希望はあなたしかいない、「良くなると言って!」、と暗に迫られているようにすら感じた。
大好きで、憧れの声優さんにそんな顔をされて――いや、そんなことを抜きにしても、『声が作れなくなる』などという精神的ダメージを受けている人に対して、これ以上、さらに負荷を与えるようなことはしたくなかった。心の底から、「良くなるよ」と、答えたいところではあった。
あったが、言えない。
彩花の言う「良くなる」というのは、おそらく西条さんが彩花のことを思い出すことはあるのか、ということだろう。
嘘偽りなく答えるのならば、「可能性はある」だ。
認知症は、現代医学では根本的に治療することはできない。
それが基本だが、「進行を遅らせる」ことはできる。また、周囲の環境次第では、症状を和らげ、安定させることができる。
特に西条さんの場合、彩花のことを認識できなくなったのはつい最近のことだ。看護師さんが、お孫さんだと声をかけたら認識できたとの話もある。
認知症の進行を抑える薬をきちんと服用し、慣れた場所で生活できるよう環境を整え、彩花がすぐそばにいれるような状況を作ることができれば、ある程度、改善するかもしれない。
事実、俺が今まで関わってきた、認知症を持つ御利用者は、意外なほど、介護職員の顔をきちんと覚えてくれる。名前まで覚えるのは難しいようだが、毎日のように顔を合わせ、朝も昼も夜も、なんなら深夜も、一緒に過ごすことがある介護職員は、ある意味、御利用者にとって最も身近な存在なのだ。そこまで密接に関わる介護職員は、顔くらいなら判別してもらえるのだ。
つまり、そういった状況を整えられるのならば、彩花のことをある程度、忘れずにいてもらえる可能性はある。
が、「絶対」とは言い切れない。
根本的な治療ができない認知症は、個人差も大きく、「絶対」がない。
もしここで「大丈夫です」と答えて、やっぱり駄目でした、なんてことになったら、余計に彩花を落ち込ませてしまう。
今にも泣き出しそうな彩花に、「大丈夫、きっと良くなる」と伝えられたら、きっと、ほんの少しくらいは、彩花の表情も、この場の雰囲気も、明るくなるかもしれない。
――どう答えるべきか、散々悩んで。
結局は、正直に「なんとも言えないです」と答えるしかなかった。なにか、上手い言い方があるだろうか、元気づけるようなことを話せないか、自問自答しながら、認知症についてや、俺自身が経験してきたことを、できる限り簡潔に話した。
「そう、ですか……。分からないんですね」
「すみません、はっきりしたことが言えなくて」
「いえ」
彩花はそう呟いて、また、黙りこくってしまう。
その顔は、暗く、沈んでいた。
やはり、良くなります、と言って欲しかったのだろう。




