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第三章ー5

      ◆



 北条さんの話によると、一週間ほど前、北条さんは、彩花と共に西条さんのお見舞いに新潟へ訪れたそうだ。

 西条さんは彩花の姿を見ても、すぐに彩花だと気付くことができず、戸惑いの表情を浮かべたのだとか。

「近くにいた看護師さんが察してくれたようで、西条さんに『お孫さんですよ』と声をかけてくださったのですが、そこでようやく、西条さんは『ああ!』と、彩花のことを認識されたようでした」

「……そう、ですか」

 カラカラに乾いた喉から、ようやく、それだけの言葉を吐き出す。俺は文字通り、絶句した。

 認知症が、進行したのだ。

 声だけでなく、彩花の姿を見ても、自分の孫だと認識できないほどに……。

 頭が真っ白になっていた。

 唇が渇き、背筋に冷たい汗が流れる。

 認知症は現在、まだ明確に「○○をすると悪化する」、もしくは、「○○をすると治る」といったはっきりとした答えが出ていない病だ。

 しかし、治療はできなくても、悪化する原因になっているのではないか、と推測できる要因はいくつかある。

 その一つに、『環境の変化』がある。

 認知症には『見当識障害』と呼ばれる症状が出るのだが、これは、「今がいつなのか?」、「自分がどこにいるのか?」が分からなくなる症状だ。

 自宅にいるのに「家に帰らなければ」と言い、外に出て行ってしまい、行方不明になったり、トイレの場所が分からなくなり、別の場所で排泄行為をしてしまったり、昼夜が分からなくなり、昼と夜が逆転してしまったりと、具体的にはそういった症状が出て来る。

 そういう症状が持つ認知症の方が、例えば、住み慣れた場所から離れて、知らない場所に連れて行かれたりしたらどうなるか。

 悪化するに決まっている。


 では、西条ヨシさんに関しては?


 思い当たる節があった。

 今になって認知症が進行した、なんて話が出てきたということは、彩花が初めてふれあい西家へ訪れた時、そういった様子はなかったはずだ。

 つまり、ふれあい西家を利用し始めたことは、原因ではない。

 だとすると、他に環境が大きく変わったことと言えば……?

 はっきりしていた。

 骨折し、入院したことだ。

 もともと、住み慣れた家から、ふれあい西家へ入所となり、その時点で、西条さんには負担がかかっていたはず。

 そこへ立て続けに、骨折、入院という事態が重なり、負担が増大した。周囲の環境が短い間に急激に、何度も変わることになってしまったのだ。

 住む場所が変わるだけなら、まだ良かったのかもしれない。

 家族が近くにいて、ずっと同じ人が西条さんと関わるのならば、そこほど大きく進行しなかったかもしれない。

 けれど実際は、ふれあい西家では初対面の介護職員に世話を受けることとなり、そうかと思えば今度は病院の看護師が相手だ。

 人間関係も大幅に変化を強いられ、きっと、ほとんど会う機会のない彩花の記憶が薄れてしまったのだろう。


 ――やっぱり、俺のせいだ。


 彩花も北条さんも、松岡主任も市川園長も、仕方ない、大丈夫だと言ってくれている。

 それでも、俺が招いたことだと思わざるを得なかった。

 直接、俺が悪さをしたわけではないかもしれない。

 間接的に、そうなってしまっただけかもしれない。

 そんなことは分かっていた。

 分かっていても、自分自身が納得できなかった。

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