第三章ー2
応接室はさほど広くない。中央にある、低めの長方形テーブルを囲むように、ワインレッドの高級そうなソファが六つあるだけだ。
俺は立っているうちに、と西条さんの転倒事故について「先日は申し訳ございませんでした」と改めて謝罪する。
しかし、北条さんも彩花も、そのことについては本当に気にしていなかったようで、恐縮されてしまう。それどころか、「いきなり連絡を入れたにも関わらず、仕事中に時間を作ってもらって申し訳ない」、と謝られてしまう。
俺は俺で、事故の件もあるため、「とんでもないです」と答えるが、北条さんは「いえいえ」と言い、「既に情報が出ていますが、彩花の活動休止の件で心配をかけてしまって申し訳ない」とも言われてしまう。
「そんなことはないです」、「いえいえそういうわけには」、としばらく謝罪合戦が繰り広げられ、一仕切り謝罪し尽くして。
ようやく、
「今更ではあるのですが、先ほどからそこにいる女性は、同席してもらっても良いでしょうか?」
北条さんから、確認がある。
その女性は、謝罪合戦中、面倒だと感じたのか、ずっと明後日の方向を向いていた。
身長は百五十センチ前後といったところだろうか。彩花とほとんど変わらない。ぴっちりとマスクをしていた。丸っこい顔立ちで、肩口にかからないくらいで切りそろえられた真っ黒の髪の毛。彩花が太陽に向かって伸びる花だとするのなら、その花を照らす太陽のような、輝く存在感がある――などと、わざとらしく観察してみるが、実は少し前から検討がついていた。。
「はい。問題ありません。自分の勘違いでなければ、東都悠さん、ですよね?」
問いかけると、そうです、とマスクを外し、にこっと微笑む。
美人と可愛いを足して二で割ったような、男からすれば最強、最高の顔が現れる。
東都悠。職業、声優。
俺が知る限り、この人以上に『声の仕事』へ本気で打ち込んでいる人はいない。
彩花は、キャラに声を当てるアフレコの他にも、ラジオや動画番組、生放送やイベント、ライブ、その他、声優がやりそうな様々な仕事を満遍なくこなしているが、東都悠は違う。
彼女はとにかく、『声の仕事』が多い。彩花よりもアニメへの出演は圧倒的に多く、テレビのナレーションや外国の映画に声を当てる吹き替えの仕事など、とにかく『声だけで行う仕事』がとても多い。
と言っても、それ以外のことを全くやっていないわけではなく、その一つが、彩花との番組、『百坂・東都のグレーゾーン』というラジオ番組だ。
これは現在、二人がもっているレギュラー番組の中で最も息が長い。デビューして間もなく始まった番組で、二人にとって最も思い入れが強いラジオ番組だ。
彩花と悠は、その番組をきっかけに知りあい、事あるごとに、活動をともにしている。彩花のファンも悠のファンも、この二人の信頼関係を疑う者は誰もいない。




