第二章ー10
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――彩花活動休止の速報が流れる一週間前。
私はプロデューサーとして、彩花とともに通常通り仕事に励んでいた。
意外だった、という感想が正しい。
そう言うと本人は怒るだろうが、最も間近で彼女を見てきた私にとって、西条ヨシさんの骨折という大事件が、彼女にあまりダメージを与えていないことに、心底驚いていた。
気にしていないわけではないのだろう。
事実、その連絡を受けた時、彩花はちょうどアフレコの休憩中で、なんなら、そろそろ再開しますというタイミングだったのだが、「少しの間一人にして欲しい」と希望した。
正直、また、彩花が壊れてしまうのではないかと心配した。
昨年、西条ヨシさんが彩花の声を認識できなくなった時、彼女が起こした行動は大変なものだった。精神的なダメージがあまりにも大きく、家に引きこもり、誰の呼びかけにもほとんど応じず、仕事を放り出し、スタッフさんにも多大な迷惑をかけた。
事情を考えれば、同情の余地はあったが、その行動はあまりにも身勝手で、社会人としての意識を欠いていた。
同時に、思い知らされた。
彩花にとって、西条ヨシさんの存在は、周囲が思っているより、あるいは、本人が思っていたよりずっとずっと大きなものだったのだ。
だから今回の『骨折』という大事件は、また同じことが起こるかも――と思わせるには十分すぎるニュースで、寝耳に水、どころか、寝耳に氷水をぶっかけられたようなものだった。
彩花が席を外し、一人になりたいと希望した時は、やはりと思ったし、最悪の事態も想定した。
早めに手を打ち、各所へ連絡するべきか、いや、それは早計すぎる、だがまた同じようなことが起こるならば――と、私は内心大いに焦った。
が、当の本人はというと、
「中断させてしまって申し訳ございません。大丈夫です」
ぺこりと頭を下げ、いつも通りの表情で、まるで意に介していない様子で戻ってきた。
残りの仕事をきっちりとこなし、私が「大丈夫か?」と尋ねても「大丈夫だよ。あまり心配しないで」と満面の笑みで答えるほどだった。
実際確かに、「大丈夫」だった。
西条ヨシさんの骨折から二週間、彩花は弱音一つ吐かず、そもそもそんな事故はなかったかのように振る舞っていた。隣にいる私の方が余程心配して、警戒して、そわそわしてしまい、逆に彩花から「大丈夫?」と言われてしまっていた。




