第二章ー4
「あの――ん?」
沈黙に耐え切れず、なにかを言おうとした矢先、電話の向こうで動きがあった。
なにやら「彩花、失礼すぎる」とか「大丈夫だから。北条さんは黙ってて」とか「そうは見えない」とか、言い争うような声が聞こえてきた。
なんだろうと待っていると。
「桜川さん、北条です。申し訳ございません」
いきなり、北条さんが電話口に出てきた。
「お疲れ様です。どうかされましたか?」
「すみません。彩花なんですが、先ほど、仕事の方でかなり厳しく注意を受けまして、自分から電話をすると言ったものの、どうもいつもの調子では喋れないみたいで……」
「あ、そうなんですね」
申し訳ありません、と北条さんは重ねて謝ってくる。
いえいえと返しつつ、「それで、西条ヨシさんの件は」と北条さんにも確認を取る。
「彩花が話した通り、ヨシさんの件に関しては事務所も私も承知しています。私の名刺に記載してあるアドレスに送っていただければ、他の者には一切見せずに彩花へ転送できますので、そのようにお願いできればと思います。こちらとしても、彩花の個人情報になりますので、桜川さんに送っていただく内容に関しては、厳しく管理します。よろしくお願いします」
「分かりました。一応、確認ですが、それはこちらの上司も了解していることですよね?」
「はい。桜川さんが了解されれば、会社のパソコンから送れるよう手配すると話されていましたよ」
さすがは敏腕プロデューサー。
説明が的確で分かりやすい。
ちなみに、北条さんが話している間、後ろで「北条さん、もう大丈夫だから! わたしが話す!」となにやら彩花が騒いでいる声が聞こえたが、北条さんは取り合う気はないらしい。
完全に無視していた。
「メールの送信頻度に関しては、二週間に一度程度でかまいません。桜川さんの都合の良い日、都合の良い時間帯に送ってください」
「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
北条さんと事務的なやり取りを終えると、また、電話の向こうで彩花と北条さんがやり取りを始める。
暫く待っていると、北条さんの許可が出たらしく、彩花が電話に出て来る。
「サクゾウさん、ごめんなさい。お礼に、メール送ってくれれば、次回の百ラジでメール読む痛っ。痛いよ、北条さんっ! え、駄目? だって無報酬でしょ? そのくらい――」
いつもの元気が戻ったのか、電話の向こうで楽しそうなやり取りが聞こえてきた。
静かになるまで十秒ほどかかり。
北条さんが根負けしたのか、彩花の声が続く。
「サクゾウさん、本当に大丈夫ですか? 迷惑であれば断っていただいても良いんですけど……」
「大丈夫ですよ」
即答する。
何年も応援し続けてきた。
大好きで、尊敬している人からのお願いなのだ。
ここで即答できずしてなにが大ファンか。
「じゃあ、よろしくお願いします」
声優らしく、可愛く着飾った声が耳に届く。
俺は頬を緩めて「はい」と一言。
「それから、えっと……」
「……?」
「祖母のこと、よろしくお願いします」
これまで聞いた中で、一番真剣な声だった。
上辺ではない、その言葉に対しては、短く、はっきりと「はい」と返事をする。
「うん。それじゃ――あ、北条さん! 挨拶? いいよ。北条さんは何もしなくていいの。邪魔しないで」
「……」
なんだか、百ラジを電話越しに聞いているような感じだった。
苦笑いで待っていると、ようやく落ち着いたらしく。
「今日は本当にありがとうございました。メール、待ってますね」
「はい。お仕事、頑張ってください」
もう一度、ありがとうと聞こえ、それを最後に通話が切れた。
ふぃーと大きく息を吐いて横になる。
「よし」
内容は仕事のことだが、彩花や北条さんとパイプができた。
介護のプロとして、彩花の期待に応えたい。
俺はパンと頬を叩き、気合いを入れた。




