ハート形チョコレート
バレンタイン。
女性が男性にチョコをあげる日という認識で親しまれている日である。
まあ、今回はそれの起源がどうだこうだと言う話ではない。
彼女がビックリ発言をしてきたと言う話だ。
「チョコ、作ってよ」
別に、チョコをもらう側なのに作ってくれと言われたことに驚いているのではない。そんなことを言ったら差別だなんだと言われてしまう。
僕が驚いているのは、料理が絶望的なくらいできない僕に、そんな了見を突きつけてきていることだ。
「最近は、男子から女子にあげる逆チョコっていうのがあるらしいからさ、君がチョコを作ってもなんの違和感もないよ」
「僕の絶望的な料理の腕を知っているだろ」
「だから言ってるんじゃない。たまには挑戦しましょう。勉強勉強」
「……材料は」
「昨日のうちに買ってあるわよ。別に難しいことを言ってるわけじゃないわ。この市販のチョコレートを溶かして、この型に流し込んで冷やすだけでいいの」
簡単でしょ、と彼女は言い、ハートの型を台所に置いた。ここ毎年お目にかかっているものだ。
チョコを溶かして流し込むだけ。
確かに、それを聞くと簡単そうだ。こんな僕にもそれくらいならできるかもしれない。
毎年彼女の作るチョコには驚かされているが、今年は僕でもそれくらいはできるぞということで驚かしてやろう。
「わかった。じゃあ、テーブルで待ってて」
「はーい。楽しみにしてるね」
そう笑って、彼女はテーブルの方へ向かって行った。
***
さて、彼にチョコを作るように頼んでしまったが、大丈夫だろうか。
彼が料理をできないのは知っている。絶望的なのも知っている。
だけど私はなぜか、今日、彼の作るチョコを食べたくなった。
やり方も教えた。作業としてはとても単純なものだ。さすがの彼でも出来ると信じている。
そう思った矢先、電子レンジの音がした。チン、て。
「…………」
それと同時に漂う焦げ臭さ。
うそでしょ。チョコの溶かし方、知らないの?
彼の元へ行こうと立ち上がったが、私は再び椅子に腰掛けた。
楽しそうだから、ギリギリまで様子を見よう。
電子レンジで溶かせないとわかった彼は、次に何をするのだろう。多分だけど、フライパンにチョコレートを入れて火にかけるんだろうな。
案の定、ボッ、と火のつく音がした。
数秒後、焦げの匂いがやってきた。
さっきは呆れたが、今の私は笑いをこらえるのに必死だった。
ここから台所にいる彼の様子は伺えないが、きっと悪戦苦闘していることだろう。
電子レンジもダメ。火にかけるのもダメ。
彼からしたら、もうどうやって溶かすかなんて想像がつかないだろう。
料理ができないんじゃなくて、知識がないんだな。
無知は罪というけれど、面白かったのでよしとしよう。
確か彼と出会ったのは、料理がきっかけだった気がする。
大学に入りたてのお昼時。
一つ前の講義室にお弁当を忘れて取りに行ったら、彼が私のお弁当に伸びている左手を、右手で必死に押さえつけていたのだ。
「すみません、財布忘れて、昼飯買えなかったんです。でもきてくれてよかった。危うく盗み食いするところでした」
何をしているのかと聞いたら、彼はそう答えた。
当時はただの中二病にしか見えなかったが、面白い人だなとは思った。
一緒に食べることを提案して、一緒に食べた。
「懐かしいなあ」
思い出すと、顔は自然と笑顔になった。
そんな時にまた、チン、と電子レンジの音が聞こえた。
どうやらワット数がおかしかったのだと思ったのだろう。
十分楽しませてもらったし、湯煎という新しい世界を教えるついでに、一緒に料理でもしに行こう。
「焦げ臭いんだけどー」
そう言いながら、私は彼の元へ行った。
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他の作品もあるので、よかったら読んでみてください。