79 カンムリカイツブリの謎(神戸新聞より転載) 1994年2月
カンムリカイツブリの謎(神戸新聞より) すずがも通信84号 1994年2月
「葛西の臨海公園に行ってきたんだけど、カンムリカイツブリ、1万羽はいたよ!」
1992年11月のことだ。とうとう5桁!いったいどうなっているのか。
たしか1986年1月の水鳥調査時、「葛西沖で2百羽近くいましたよ」と言われてぎょっとしたおぼえがある。カンムリカイツブリはカイツブリ類の中では最大の種類で、カモより少し大きめ。足は体の最後端につき、巧みに潜水して小魚をねらう。日本ではほとんどが冬鳥として渡来するが、どこでも少数派で、同時に十羽以上を見かけることなどまずなかった。東京と埼玉の境の狭山湖はカンムリカイツブリが必ず見られることで知られ、合計百羽前後は越冬していただろう。しかし、同時に2百羽とは。
驚くのはまだ早かった。葛西沖のカンムリカイツブリは毎年数を増し、1990年1月には1千羽を超えた。1992年1月には約4千羽、そしてついに5桁。ほんの数年で爆発的な増加ぶりだ。散らばっていたのが集結したとか、大群がいたのにわからなかったとか、そういうことではない。少なくとも東京湾の中では確かに増えている。
カンムリカイツブリは一日に約3百グラムの小魚を食べる。千羽なら3百キロ、1万羽なら3トン―魚1尾が十グラム前後として、約30万尾を食べる計算だ。1万羽全部が越冬するわけではないだろうが、仮に11月から3月までの5ヶ月間に2千羽が滞在するとすれば、少なくとも90トン―1千万尾近くの小魚を消費することになる。
魚がいなければ鳥がふえるがない。葛西沖で最近になって急に小魚がふえたのだろうか。なぜ?
越冬地の餌の増加だけで話はすまない。おそらく繁殖地でもなんらかの変化があったに違いない。中国やシベリアで何が起きているのだろうか。
テレビで見たロシアのタイガでの森林伐採と永久凍土層の融解の話がふと浮かんだ。タイガの針葉樹林を伐採すると――それも多くが日本へ輸出されるとのことだが――夏、日光の直射で凍土層が溶けだし、抜開地に浅い湖ができる。これまで凍土の氷から水分の補給を受けて成立していた樹林は、もはや育つことが不可能になり、水分の供給がない湖は、やがて干上がって砂漠化する。身の毛もよだつようなこわい話だった。カンムリカイツブリは沼沢地、湖、ゆるやかな川などで繁殖する。凍土が溶けた湖とカンムリカイツブリ‥‥‥まさか、まさか、そんな関係があるとは思いたくないのだが。




