69 鳥の国から 青潮の恐怖 1992年8月
鳥の国から 青潮の恐怖 すずがも通信75号 1992年8月
ヒマワリの花が開きはじめました。餌用の種をまいておいたら、いつの間にか背たけほどにのびて、大きなつぼみをつけています。まっ黒なハゴロモの類(セミやカメムシに近い昆虫)がいくつも茎にいるのがちょっとブキミ。
卵のパックを苗床にして育てたキンレンカが、1円玉くらいの小さな葉しか出ていないのに、びっくりするほど大きな花をつけました。まるで高山植物。直播きにした方は堂々とした葉に隠れて花があまり目立ちません。
あたりは巣立ちビナだらけ。ピイ!ピイ!としつこく親鳥に鳴きすがっているヒヨドリの子。もう尾羽は親と同じくらいの長さ。ということは、巣立ち後1か月近くになっているはず。いい加減に自分で餌を探せばいいのに、と思ってしまいます。ムクドリの子たちは芝生でせっせと虫さがし。親鳥の姿はあったりなかったり。丸浜川の水面すれすれに飛ぶツバメの中にも、まだ尾がピンととがっていない若鳥がまじるようになりました。
保護区の観察路を一周したら、キジの家族を2組もおどかしてしまった。かえって10日そこそこのちいさなヒナがぴゅんぴゅん飛び立ちます。大慌てでわたしも逃げ出しました。
上池に4巣、鴨場心字池に1巣あったセイタカシギのうち、上池の1巣は卵がなくなり、鴨場ではヒナがかえったようですが、移動の途中でヒナがとられた(たぶんカラスに)もよう。上池では3組のヒナがふ化(1羽・2羽・2羽)しましたが、このうち2組だけ家族が残っています。北川珠樹先生が2羽のヒナに標識をつけました。
下池ではオオバンの赤い頭のヒナが見られています。旧淡水池ではオカヨシガモのヒナが見られました。なかなかの好成績です。
6月9日、大規模な青潮(酸欠水の湧昇)が起こり、江戸川(放水路)と保護区で大量の魚が死にました。まず一面にコノシロが浮き、翌日にはアカエイやウナギ、そして1m近い大きなスズキも何十尾も上がりました。小さなハゼの子やゴカイ、エビなども多量に死にました。腐りかけた魚の始末で死臭と泥にまみれ、お先まっくら、という気分の10日間でした。干潟いちめんに10㎝くらいの小さなマテガイが、穴から半身乗り出して死んでいる光景。息が苦しい‥‥‥のび上がれるだけのび上がっても息ができない‥‥‥
それから3週間、生きものたちは元気いっぱいです。水面を泳ぐ魚のさざなみ、はねるボラ、干潟はチゴガニやトビハゼであふれかえり、鳥が少ないことも気にならないほど。二度と起こってほしくない大惨事ではあるものの、東京湾のたくましさと豊かさを今さらのように痛感したできごとでした。
青潮で得をしたこといくつか。
☆まず、新鮮なコノシロを400キロ近く餌用に冷凍保存しました。
☆死魚の処理に上陸した南極島でカルガモの巣が発見されたため、3月以来実りのない巣探しを続けている大学院生の嶋田哲郎氏(カルガモをテーマに調査中)はほっとしました。
☆魚とりに集まった鳥の群れに、このごろはめったに見られないチュウサギ3羽をはじめ、クロハラアジサシ(半夏羽)とハジロクロハラアジサシ(幼羽)がまじっていました。
大きな災いには必ず小さな利益が伴うそうです。




