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鳥の国から  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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6 野鳥病院の10年(「よみがれ新浜」1986年)再録 1  蓮尾嘉彪 

「よみがえれ新浜(1986年4月 行徳野鳥観察舎友の会発行)」に掲載された蓮尾嘉彪の稿「野鳥病院の10年」を再録しました。悩み多き野鳥病院や餌付けの初期のころのお話です。

6 野鳥病院の10年(「よみがれ新浜」1986年)再録 1  蓮尾嘉彪 


 けがをした鳥、巣から落ちて戻すことができない鳥を拾って途方にくれた経験はありませんか。

 残念ながら、現在のわが国では、そのような鳥を収容してくれる施設は極めて少ないようです。

「野鳥観察舎というからには、野鳥にくわしいはずだ。」と紹介を受けたりして、私共の施設まで遠くから傷ついた鳥を持ってこられる方は、観察舎がオープンした1976年1月当時から既におられました。

 こういう方々に対して、私共はこれをお断りする勇気を持ち合わせませんでした。その結果として入院する鳥は次第にふえ、現在は年間300羽にも達するようになりました。持ち込まれた「患者」は記録に残っているものだけでも(記録もれも結構あるので)、鳥類141種2362羽、哺乳類6種27頭に達し、1986年1月25日現在でも23種66羽、1頭以上を飼育しています。ちょっとした動物園なみになってしまいました。

 しかし残念なことに、この野鳥病院の仕事が大きくなりすぎて、本来の保護区の管理作業に手が回らなくなったことは否めません。それに、けがをした鳥(傷病鳥と呼んでいます)や親に戻せないヒナ鳥は、手当や世話をしても野生に帰してやれるのはやっと半数程度。あとは間もなく死んでしまうか、片翼が失われてしまったりして野外に戻せなくなります。それでもなお、私たちが野鳥病院を続けているのは、先に書いたようにお断りしたり、見殺しにする勇気や度胸がないこと、そして労を惜しまずわざわざ遠路を届けてくださる方々の生命をいとおしむ心を、何よりも大切にしなければいけないと思うからです。

 本来の作業ではないからとご心配くださる千葉県や市川市の担当の方々には、いろいろご無理をお願いして、今もなお傷病鳥の扱いを続けています。


【給餌】

 野鳥への給餌も、現在では大仕事になってしまいました。もともとは傷病鳥を入れる禽舎が足りないために、けがは治ったものの、飛べなくて野生に戻せない水鳥を観察舎前の水路に放し、野外で餌をやらなくてはいけないというせっぱつまった事情から始まりました。その餌に野鳥が集まってくるのが面白く、次第にえさの量をふやした結果、今では毎日魚のアラ20キロ(冬季)、パン10キロ、鶏用配合飼料2リットル、そのほか適宜青菜などを与えています。これまでに、以下に見られるような鳥が、えさ場のお客になりました。

えさ場を利用する鳥  いつも;ゴイサギ、カルガモ、コガモ、バン、ユリカモメ、セグロカモメ、ウミネコ、スズメ、ドバト

時どき;アオサギ、オオセグロカモメシロカモメ、キジバト、ツグミ  

たまに;イソシギ、セイタカシギ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、モズ、ムクドリ、ハシブトガラス、セキセイインコ、ホオコウチョウ


 給餌で一番劇的なできごとは、カモメ類が餌付いたことです。きっかけは、現在山階鳥類研究所の標識室におられる吉安京子さんが、葛西で鳥のカウント調査の時に片翼の折れたウミネコを拾い、届けられたこと(1976年1月)でした。このウミネコは4月に水路に逃げ出したので、毎日イワシを何匹か投げてやっていました。ところがこの年の10月11日になって、1羽の野生のウミネコがイワシをかすめとったのです。それは実に楽しく、みごとな眺めでした。私共も面白がってイワシをやったので、餌に寄ってくるウミネコはだんだんふえ、イワシ代が1日数百円もかかることがありました。こんなことはとても続けられません。

 いくつかのスーパーにあたった結果、行徳駅前のポニーショッピングセンターの魚屋さん:田所水産社長田所重治さんは、魚のアラを無料で分けてくださることを心よく引き受け、ポニーの事務所では閉店後の店内立ち入りに身分証明書まで発行してくださったので、その後はふところ具合に気がねなく給餌ができるようになりました。後に同じく行徳駅前の渡辺鮮魚さんからも、ご好意でアラをちょうだいするようになりました。

 冬のセグロカモメの最盛期には、こうして入手したアラを今では1日20~30キロ、ひと口大に切って給餌しています。堤防や観察舎の屋上にずらっと並んで給餌を待つカモメ、おーいと呼ぶとはるか遠くの干潟から舞い上がり、目の前で乱舞する100羽近くのカモメ。野鳥観察舎に冬おいでになった方ならきっと感動していただけると思います。いつの頃からか、60羽以上のゴイサギも昼ひなかからこの魚アラに集まるようになり、アオサギも時々来ています。

 えさ場に出すパンも、初めのうちはスーパーからパンの耳を集めたり、江戸川区の小学校の神谷清子先生が定期的に届けてくださるもので細々とまかなっていました。1980年の渡井館長の時代、付近の小学校から給食の残りをいただく道を開いていただきました。今では市立南新浜小、新浜小、福栄中の給食係の方々のご尽力により、十分な量のパンを確保できるようになりました。毎週1(~2)回いただいてきたパンは、できるだけよく干して乾かし、保存をきかせます。えさ場に出す時は水に浸してやわらかくします。

 ご近所や遠方からパン・古米・鳥のえさなどをお持ちくださる方は、他にも何人もおられ、いちいちご報告できないのが残念です。また、浦安の漁師の伊藤善朗さんは、雑魚(ばかりか売りものまで)をわざわざ届けてくださり、翼をなくしたカモメたち、寒い季節だけ餌をもらいにくるサギたちが新鮮な魚に大喜びしていました。こうした方々の無償のご協力がなければ、観察舎の前で見られる鳥の姿は今よりずっと少なくなっていたでしょう。誌面を借りてお礼申し上げます。


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