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鳥の国から  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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3 はじめの10年(「よみがえれ新浜」1986年)再録 2

3 はじめの10年(「よみがえれ新浜」1986年)再録 2


 1976年元旦、手持ちの望遠鏡を出して、散歩に来た人にみごとなスズガモの群れを見せたのが、観察舎のオープンでした。ぽつりぽつりと来られた利用者はみるみるうちにふえました。応対の合間に私はせっせと鳥のカウントにまわり、主人は釣り人の締め出し(ごめんなさい)。最初のうちは、休日ごとに百人近くに注意して走り回っていました。昼間はともかく、何人もで夜釣りをしているところに単身のりこむのは少々勇気がいることで、私が行ったのはせいぜい2回ほど。3年ほど続けて東京湾内に大量に入ってきていたワタリガニ(イシガニ)をねらってくる人が多く、魚屋さんが軽四輪で取りに来ていたこともあります。主人の夜の出動は7月まで毎晩続きました。


 スズガモの大群が2月下旬に姿を消してしまうと、保護区は火が消えたようにさびしくなりました。シギはほんの数えるほど。よく見える位置にできたコアジサシのコロニーは、野犬の侵入であえなく全滅。この保護区の欠陥は、その時既にはっきりとわかっていたのです。湿地がなく、干潟はごくせまい。淡水源は雨水しか頼りにできず、潮の干満は小さく、底泥はすべて粘土(シルト質)。それでも、広々とした草原いっぱいにヒバリやセッカ、オオヨシキリなどのさえずりがひびきわたり、陽光がまぶしい空全体に小鳥のコーラスがひろがるような、そんな輝かしい朝もあったのです。

 1976年のスターはクロツラヘラサギ。前年から越冬していた1羽の若鳥が、5月から毎日のように鈴ヶ浦で餌をとるようになりました。おしゃもじそっくりな平たい嘴で水をかき回し、バチャバチャと波をけたてて小魚を追いかける姿は何とも言えずユーモラスでした。この年の暮、あいついで2羽のヘラサギが渡来し、翌年1月に1羽が電線に衝突して死ぬという悲しい事件もありました。

 カモメの餌付けをはじめたのもこの年。望遠鏡の画面の中の点々のような鳥の群よりは、肉眼でじかに見る姿の方がはるかに感動的です。この年の2月に下流の猫実水門が締め切られ、観察舎前の水路が徐々に淡水化して、両側に岸が出るようになったことから、けがをした鳥の放し飼いや餌付けが可能になりました。それにしても、ウミネコが割合簡単に餌付いて、「おーい、ウミネコ―」と呼ぶと遠くの岸から舞い上がり、ぐんぐん近づいて来る姿はなかなかのみものでした。


 1977年4月、それまで締め切ったままにしていた千鳥水門を開放しました。長いことかかって堤を築き、淡水の湿地に保っていたうらぎく湿地は、あっけなく入江と化してしまいました。この年の秋、裏の「大草原(現在の福栄4丁目かもめ自治会)」に、香取さんや山本さんのお宅を皮切りとして住宅が建ちはじめました。すぐ裏の一角だけでも公園にできないかという願いは実現できませんでしたが、そのかわり(?)手ぜまになった旧館にかわる新観察舎の建設が決定したのが、翌1978年のことです。

 千鳥水門の開放で、それまで径1.8メートルの暗渠一本に頼っていた東京湾との海水の流通がよくなり、かなり広く干潟が出るようになりました。しかし、東京湾で発生した赤潮や青潮も入ってくるようになったのです。青潮(海底から浮上した無酸素水で、含まれている硫化水素が空気に触れてイオウの細粒となるため、緑白い独特の色と腐臭をもつ)を初めて見た時のショックは忘れられません。広い海面におびただしい魚が口を出し、力なくふらふらと泳ぎながら、ちょうど金魚鉢の中の金魚のようにぱくぱくと空気をのみこんで、けんめいに呼吸しようとしていました。セイゴ(若いスズキ)、コノシロ、ハゼ、アカエイ‥‥‥水ぎわにはサギやウミネコがずらりとならび、逃げることもできないほど弱った魚をねらっています。翌朝になると、白い腹を見せた魚の死体が波うちぎわに重なり、ふり続く冷たい雨にうたれていました。呼吸ができずに死ぬのはどんな気持かな、とふと考えてしまいました。こんなにも多くの生命を無残にうばった青潮をひきおこしたのは、ほかでもない私たち自身です。海を埋め、水を汚し続けてきた私たち。そして青潮に対して何ら有効な対策を持たず、何の償いもできなかった私たち。

 


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