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自分語り風 試し書き

作者: n

僕が人間としての完成に至るまで生まれてから18年かかった。


肉体は人間として申し分ない機能を持っていた。だが問題は内面、精神的な問題だった。

生まれつき自身の衝動や欲求、想像や妄想に素直すぎたのだ。いつだって独り言を言うし、他者が自分の望んだ反応をしなければ簡単に怒って喚き散らしてしまうし、簡単に誰かを全否定して、その上で自分は悪くないと思い込んで被害者ぶるし、もっと広く見るべきな、周囲に合わせるべき公共の場でも奇行に走るし、みんなが花壇の花を愛でている間、その足元のレンガの下にいるダンゴムシをいじっているし、思ったことを論理的に考えて口にしてもいいのかどうか考える前に口に出してしまうし、相手があからさまに嫌そうな反応をしても一度始めた自分語り、あるいは妄想を止めることはなかった。もはや何かしらの精神疾患ではないだろうかと今になって思える。


高校生になってからようやく自覚した時には既に遅く、友達は誰一人としていなくなっていた。クラス内でただそこにいるだけのキモい何かに成り下がっていた。勉強も運動も運も何もない、読書で得た複数の趣味の雑学や蘊蓄、デマや妄想をただただ自分の心の中で想像し続けて、そのたびに現実を見直して絶望して、そしてようやく小学生高学年ぐらいの人間性が17歳の時に形作られた。


それでも今までのイメージというものは酷いもので、ようやく持てた客観視点で自分を見ると自分の人生はひどくつまらないものに見えた。

例えるなら、失敗した実写化を見たときのような、アニメで丁寧に描いて欲しかった描写の一切が視聴した時に製作者の都合で切り捨てられていたときのような、そんな深い絶望感があった。


そこからの一年間で、僕は少しでも人らしく、周りに合わせられるように努力した。勉強だってしたし、運動の練習だってした。クラス内で流行っている物も一通り試したし、話題として他者と話をできるぐらいには会話力をつけようとした。けどみんな続かなかった。続けられなかった。たとえ想像や妄想の類だとしても、自分以外の人間を相手にしようとした時にどうしてもその相手を恐れてしまっていた。

自分の幼稚な自我の無意識が、人として成熟した他者の自我と触れ合い、本来なら幼稚なんて言葉で表現できないほどの未成熟っぷりを見せつけられるのを恐れた、その時点で幼稚であることを自覚しながら。


そして気がつくと高校生活が終了していた。

先のことを考えず今しか見なかった僕は、近所の大手の手工芸用品店になんとか就職した。


就職してからは周りとの和を乱さないように口を、誰かに不快に思われないように言葉を押さえつけ続けた。

それでも、僕は未だに未成熟な精神をしている。


こうして一人で延々と駄文を想像している時点でまだ未成熟だと自覚できてしまう。


それだけじゃない。

時折変化する一人称や、食欲に負けて大金を帰り道の寄り道に食事として費やしてしまうことや、本来ならばわきまえていて当たり前のことや覚えておいて当然のことを何度も人に尋ねてしまうことと言ったおおよそ社会人としてギリギリアウトに等しい行為を悔やみはすれども反省しきるまでには至らないことが自分をより未成熟な精神体だと心に刷り込んでくる。


こんな変人でも妙なところ現実と妄想の線引きはできてしまっている。

どれだけ妄想や幻想に憧れようとも、現実にいたいと願ってしまう。現実の存在でありたいと願ってしまう。現実の方が良いと感じてしまうところがある。

食事の幸せ、睡眠の幸せ、妄想を一人きりの空間でたれ流せる幸せ。

そのどれもが満たされた後の虚無感を含めて心地よく感じてしまう。何もないを幸せに感じてしまえる唯一の瞬間だ。

それが以外の全てが味気なく感じてしまうほどに、僕はのめり込んでいたんだ。


そしてもうすぐ今年が終わるという頃に、この19歳童貞高卒ワーカーは現実というのがいかに脆く、弱々しく、また幻想がいかに脆くおぞましいものかを人生の最後として経験した。


12月某日

午後2時15分、某駅、某大型家電量販店前、


真冬だというのに夏のように照りつけてくる日差しをにらみながら街をふらついていた。


目的など特にない。

あったとしたら気になっていたある本を探し回っているような感じだった気がする。本屋が多いこの街でなら見つかるだろうと思っていたが、まさかどの本屋、古本屋を探そうとも見つからないとは、もはや諦めるしかないと思っていた。途中、腹ごしらえにラーメンでも食べようかと近くのラーメン屋、又は中華料理店を探したがどこも行列ができている。よく行く店の系列店の行列に軽い気持ちで最後尾に並んでは見たが、一向に進む気配がなかった。その上、鬱陶しいくらいに高い声のコスプレした女性やらメイドやらが、列に並んでいるのにもかかわらず客引きを仕掛けている。真性のオタクからしたら心地よい風景なのだろうが、中途半端に片足を浸しているだけの俺にはただの目障りな障害物と耳障りな騒音にしか聞こえてならなかった。


これは俺の昔からのコンプレックスの一つで何かに集中していると、たとえそれがどんなにくだらないものでも集中している間は全てが雑音のように認識してしまっているのだ。特にひどいのは耳を澄まして聞くことに集中すると会話に関係のない雑音を耳が拾い、逆に聞き拾うべき会話を雑音として聞き流してしまうことだ。


そんな光景に耐えられず、なおかつ飽き性である私はすぐさま列を抜けてふらふらと歩き出してしまったのだ。


さてどこへ行こうか、などと自問自答しながら彷徨うものなら気がつけばどこかへ迷い込んでいることだってある。

だが今回は珍しく大きな通りを外れることはなかった。ただ大きな道の流れに沿って歩くだけで留められた。自分の足を周りに合わせて動かすことができたことにちょっとだけ嬉しくなった。自分を肯定しそうになった。けど冷静に考えてみると、それは一般人なら誰にだってできる当たり前の一つに過ぎない。それができたぐらいで肯定するなど幼稚の骨頂なのでは?と否定的なネガティブな思想が暗い雲のように頭に充満した。


悶々とした脳を少しでもスッキリさせようとしていると突然、何かが走ってきた。

人、それも帽子とマスクをしてネイビーのダウンを着た男が屈んだ体勢で僕にぶつかってきた。

男はすぐに体勢を立て直すと、そのまま走り去っていった。


しばらくして腹回りに何か冷たい感触がした。


何かこぼされたのだろうか、だとしたら早く洗濯しないとという思いが脳裏を走った。


濡れた部位に触れた手をみると赤く染まっていた。正確には赤黒い静脈血というやつだ。

結構な量が流れ出していた。お気に入りだった初めて自分で選んだ白いパーカーが腹回りだけ真っ赤に染まっていた。


普通なら驚愕と痛みに対する恐怖を真っ先に感じるだろうが、俺はこの瞬間に、そのどちらでもない、本来なら誰だって抱かないような、抱いちゃいけないような感情が湧いてきた。


簡単に言うと、キレた。


左手で傷口を強めに抑えてながら男の走っていった方へ全力疾走した。


正直、自分でもよくあんな人混みの中で止まることなく走ったなと、あんな傷で走る気になれたなと心の底から思っている。


驚いたのは、その足で男に追いつけたことだ。自虐ではないが、私の足は遅い。百メートル走で体重80キロのデブに負ける程度には遅い。おまけに体力もない。千メートル持久走で5周目の時点で歩き出すくらいには脆い肉体をしている。

そんな俺が刃物を持って走り回るその男に3分もしないうちに追いつけたのだ。火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛むなどピンチで起きる異常なことがわかりやすい形で自分に起こっていたのだ。


追いついた時、男はちょうど女性にナイフを突き刺しているところだった。

しっかり奥まで突き刺しているところに思い切りダッシュをして飛び蹴りを入れた。どんな飛び蹴りかは正直よくわからないけどとにかく結構な勢いで蹴り飛ばした。

倒れた男に一気にまたがって右手で思いっきり殴りつけてやった。打ち出すとか当てるんじゃなくて、真上から額、鼻っ柱、顎、喉仏、鎖骨、何発も殴った。いつしか傷を抑えてた左手でも殴りだしていて、相手のか自分のかもわからない血で男の顔面は真っ赤に染まっていた。

途中で何かが背中に当たった気がしたけど、その時はまだ気が済んでいなかったので殴り続けていた。

だいたい警察が来るまで10分くらいかかっていたような気がした。実際はもっと短かったのかもしれない。

警察が来て、何か言っていた。何を言ってたのかわからなかった。一通り相手の顔面が変形するくらい殴って、変な顔になって気が済んだあたりであたりを見回すと、警察も衆人もみんな声を上げずに震えていた。


「何かありました?救急車呼んでくれました?」


と軽い気持ちで聞くと、一人が僕を指差して、


「…せ、背中に」


と怯えた様子で言ったので、背中に何かあるのかなと調べられる範囲で調べてみた。

何か取っ手のようなものが着いていたので軽く引っ張ってみるとちくっとした痛みとともにそれが刺さっていることがわかった。

未成熟な僕でもそれが何かなんとなくわかってしまった。抜いたらやばいって頭で理解してしまった。

けど取っちゃダメって言われたものほど取りたくなってしまう子供のようなところは変えることが出来ず、小さなかさぶたを剥がすようなつもりで引っこ抜いてしまった。


刃渡り15センチ弱のナイフを肩甲骨の間から抜き去ってしまった。


ナイフを見て、初めて体中が痛くなった。視界が暗くなり意識もおぼつかない。ふと来た道を見ると夥しい血が自分の足元に続いていた。

血は流れ続けていたんだって理解すると、ついに立っていることが出来なくなった。膝から足元の血だまりに突っ伏して倒れてしまった。普通なら痛みに悲鳴をあげるんだろうけど、僕にはそんな力なんてもうなかった。体が死の淵に立っていることを理解するのが遅すぎた。

感情を優先して生命を蔑ろにして動いた結果だった。

その時に思ったことは(前にもこんなことがあったなぁ。中学生の頃だっけ?)という回想の入り口であった。


しばらくして、息をするのも怠くなって、妄想するのも怠くなって、何もかもが怠くなって、最後には全部やめた。




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