1章―1 揺れる世界
「おい!早く持ってけよ!それは後でええねん!!!!」
怒号である、上司の私情をはさんでいるんではないか? 私の事が嫌いなのか? お前私のこと人として見ているか? と思うような指示である。
「はい~、すません……(死ね!死んでくれ俺の目の前で苦しみながら死んでくれ)」
顔は申し訳なさそうに心で殺す。
1982年3月31日、予定日より1か月ほど遅く、田舎の町で私は生まれた。
普通の家庭で、親の愛を一身に受け、大きな障害もなく特に努力もせず、結婚もし何不自由なく人生を歩んできたが、仕事だけは嫌いだ……
今は、都会で飲食業という何も取り柄もない私には、ぴったりだがやる気など更々ない、しかし働かないと生きていけないのが私のいる世界である。
特に理由なんてない、只々ストレスなのだ、ずっと家の中に居たい好きな事だけしていたい、ずっと妄想に耽っていたいと考えているうちに、今日も仕事が終わる。
「おつかれっすー」
誰よりも早く職場を離れ帰りの道中、頭の中では50億あったら仕事しなくていいな、ファンタジーな世界で選ばれた人間になって、主人公補正つえーしたいななど、現実ではありえない事を妄想し、虚しく自転車をこぐ。
自宅近くのコンビニに寄り、チョコミントのアイスを買い、妻の待つ自宅へ帰る。
「ただいもー」
鍵を開け部屋に入ると、ニヤニヤとした顔で妻が立っている。
妻のマコは深夜でも起きて帰りを待っており、可愛いやつで教養もある。趣味を仕事にして悩み事なんてなさそうだが。
家系がやばい、先祖には歴代総理もいるが、どうやら政治の世界は恐ろしいらしく、一般家庭育ちの私には理解できないことがあるようだ。
あちらの家族とも、結婚する時でさえ顔合わせもしていない、そのほうが煩わしい挨拶などなくて、俺としては願ってもないことだったけど、なんで俺と結婚したかと聞いたら何もないから安心なんだと。
「おかえぇりぃ、これ買ったで! チョコミントのアイス! ほしいやろ? どやほしいやろ?」
まるで、犬がご主人様に褒めてもらいたそうな動きで俺を見ているなマコよ。
「ンフフ……俺もさっきコンビ二よって買ったわ」
悪いな、マコこういう時のタイミングはさすが夫婦といったとこだろうか。
「畜生、こんな歯磨き粉にチョコ混ぜたアイス2個もどないしろと! 2個ともたべなよ!」
おいおい、急に豹変するんじゃぁない、ツンデレか? いや、流れ的にデレツンやな。
家にいると、毎日こんなやり取りがあり楽しい、自宅がこんなに楽しいなんて、出たくねぇなぁ家から。
「いってきまー」
起きて5分、既に仕事に向う。
1分でも長く自宅にいると、今日は仕事行かなくていいか、という気持ちが倍々ゲームのように膨らむ。
そうなったときはもう手遅れだ、そのまま休み続ける可能性は否めない、朝目覚め着替え、靴を履く、そして出勤、自宅での準備はたったこれだけでいい。
職場についてやっと歯を磨き、顔を洗いゆっくりと朝の時間を過ごすのだ。
もうすぐ仕事の時間、またクソみたいな客と、豚まん逆さにしたような顔の上司と何時間も仕事か、やりたくない仕事いっぱいだ……
「早く帰りたいわ!」
まだ仕事も始まっていないのに、家に帰りたいという気持ちがつい声にでてしまう、すると後ろから、ハスキーな声が聞こえた。
「もう帰りたいのですか?はやすぎませんか?」
声を気にしているのか丁寧な口調だ。
振り向くと、身長は数センチ程のヒールを履いて、俺と同じぐらい、貧乳だ彼女に対して他に何も感想がなく、興味もない。
「いつものことだよッ、家に居たいんだよぉおおお!」
「そんなに自宅が好きなんですか、でも何してるんですか? 外には出ないのですか?」
動画見るかゲームぐらいしかやることないけど、いちいち面倒くさい質問だな。
「うーn……特に……そんなことよりはよ帰り……たっ……」
気分が悪い、体がふわふわ揺れる、なんだろう目の前であのハスキーボイスがしゃがみこんでいる。どうやら地震のようだが揺れは強くない、地震酔いで気分は最悪だが。
被害もなさそうな震度だった。
震源はどこだろう? まぁ俺が無事なら関係ない。さほど揺れもしていない地震で、家族が目の前で殺されたかのような絶望の表情をする彼女に体面だけでも心配してあげよう。
「だじょぶ?すごい顔してんな」
「ダイジョブです、だいじょぶ」
時間は10時5分前、そして始まるクソみたいな仕事。