〜盗賊からの降伏勧告と、日記の呪い〜
しばらく歩くと、女騎士のいる村への入り口が見えた。真っ直ぐな一本道。両側は険しい崖。問題は無さそうだ。子供が野原で遊んでいるのが見えて、思わず眉をひそめる。
「あの坊っちゃん、目ぇ覚ましてくんないかねぇ。」
ボヤくと、副官のヒースには聞こえていた。
「無理っすよ。大体、今更あのまん丸の気が変わられても困ります。
まだ、気にしてるんすか。五年も前っすよ?
あんたのエミッションはそりゃ危なっかしいけど、あの人だって、あんたを高く買ってた。あんたは、別にこんなことをしなくてもいいんです。」
「分かっちゃいるんだ、甘いのは。
5年ちょっとってのは、早いのか遅いのか。どっちですかね、マイルズ隊長。」
一瞬よぎったのは、赤い大槍を持つ背中。
俺のせいで、あの人が一番嫌がるであろうことをさせた人。俺は直接手を下した訳ではないけども実質的に俺が殺した、俺の上司。
歩いていると、村の入り口。
大きく息を一つ吸った。その行為の答えのように、上から雪が降ってくる。何故いきなり、という疑問を締め出して言う。
「こちらは、盗賊だ!狙いは女騎士。
そいつさえ差し出せば、村人に危害は加えん!!投降を願いたい!!」
レーグの耳と目をリンクして、聞こえてきた言葉は意外すぎた。
いや、盗賊だって言いながら降伏勧告って、矛盾にもほどがあるだろう!?
〔シーエ。あいつ、なんか必死そう。嘘、ついてないと思う。〕
「根拠は、レーグ君?」
〔子供のカン!!とりあえず、名前だけでも聞いてみよーぜ!〕
まぁ、敵の情報は知っておきたい。
いいよ、じゃあ・・・
声をあげても返事はない。変にキラキラした雪が、体にくっついている。なんだ、これ?
ウサギが一匹走ってきて、紙を目の前の地面に置いた。文面は、こう。
[名前を、聞かせてほしい。軍師より]
「シャングラーヴ・ライアットだ!!
聞こえたか、軍師殿!」
堂々と名乗ってやる。話を聞いてくれる奴ってのは、有り難い。返事は、頭の中からした。
〔聞こえました。初めまして、ライアットさん。
此方の返答ですが、騎士を渡すわけにはいきません。で、貴方達には帰ってほしいです。〕
若い声だ。それだからこその、無茶苦茶だ。
「向こうからのリンクだ。
それは聞けねぇ。こっちも生きたいんだよ、そのためには仕事をこなさなきゃならない。」
そして、俺は戦場にしか喰い物が無い。
〔貴方が受けたくない仕事でも、ですか。何故です?貴方、自分でも思ったことはないんですか?この仕事《盗賊》、向いてないって。〕
「何故初対面の年下がそう言うんだい?いや、顔も見てねぇなぁ。」
苛ついた。でも、それを堪えてあえて穏やかに尋ねる。ここで怒らせるのが、相手の策かもしれないしな。
〔普通の盗賊は、そんなこと言いません。
僕は凄く疑い深いんです。だから、貴方が余程の演技家かもしれないって不安もあります。でも、カンに頼るのも、たまには手かなって。〕
疑い深いんです、とか言いながら、おめでたい奴だ。そして、リンクで話していると言うことは、戦場で一つの事実を示す。
相手が、臨戦態勢であると。
「あんたとは、これが終わったらゆっくり話してみたいな。どっちが、勝ちでも。元兵士としちゃあ、敵とも話が出来る将は貴重だ。余計な損害を出さない。
あぁ、あんたの名は?」
〔お褒めいただき光栄です。僕も、貴方が無事なら一度話してみたいですね。
シーエ。シーエ・リーフィスです。〕
「そうか。な、シーエ。まだ若いだろ?
何で、地獄を知っている声を出す。」
今でも時折夢に見る、あの光景。あの時の俺たちには、正義も何もなかった。
数の多さと、理不尽な神への怒りがあった。
そして、その記憶が薄れていっていることに、怖くなるのだ。
彼らは、一生、赦してくれないだろうに。
〔訓練上の都合で。では、また。〕
唐突に、頭から去る声。後ろを向いて、今の仲間達の顔を見る。ちょっとしたお呪いだ。こいつらが、どうか生きて還れるように。
「てめぇら、交渉は決裂だ!!奪い取れ!!」
一本道を、盗賊達は走り出す。
後に、歴史に名を刻む役者の大半は揃った。
それを支えてきた、名を忘れられてしまう人々も。
不思議なことに、持ち主が関わった、歴史の波に洗われて忘れられてしまう者全てを憶えている本がある。
小さな、何気ない、当たり前のはずの会話や、それを手にした者の想いを記す。
一説には、呪いだと言われる。
ある者は、願いだと言う。
シーエ・リーフィスの日記を。
のろい と まじない。
両方とも、漢字は同じ、呪い、なんですよね。




