〜地獄の記憶〜
かなり残酷な描写がありますので、苦手な方は飛ばされても構いません。
しかし、彼の成長には必要だと考えました。
「これがこうなって、後は … 文明機器の【えいしゃき】みたいなエミッション出せるイーターとかいないかな? いたら、便利そうなんだけど」
メモを取っているのはある本。
旧世界、人が作った文明機器の情報が載ってある図鑑のようなものだ。
都市からの行商から買ったんだ。高かったけど、おかげで知識は増えたし、レイジュも時々、怖いのに【ほらーえいが】の解説とか読んでいるみたい。
ページの色が読んでいないところと違うから。
今日、店は休み。服ができた後はお遊戯会の練習があって、レイジュへの注文はしばらく無くなる。僕も休みにして、いつもなら妹を労う。今もそうしたいけど、そうもいかない。
目を休めて、思い出す。昨日体験させられた軽い地獄を。
「シーエ。調子はどうだい?」
「メイヤーさん。すいません、もう大丈夫ですよ。あの、訓練の方は?」
そう訊くと、彼女の顔が硬くなった気がした。頭痛を気にしているからだと、思ったんだ。
「続けるよ。あたしの家においで。
恨んでくれても、構わない」
「頭痛は、僕の不手際です。メイヤーさんを恨みなんてしませんよ」
起こることを知らずに、呑気に言い放っていた。
彼女の家に着いて、軍師盤を手渡され、頭と指に巻く。文字が見える。
シャンレイが知っていて、少し習った。帰ったら、詳しく教えてもらおう。なんて想いは ー ー
〈CONNECTION ACCEPT
MEMORY OPEN “FAILURE WAR”〉
耳を潰す爆音に消し飛んだ。
「いたぞ、彼奴だ!」
指を指される。どこも怪我していないのに、肌が焼けそうになった。
足を必死に動かす。背を完全にむけたら、敵の動きが分からなくなるので振り返って、相手を観察する。
二人。基本的に戦場では、二人一組が基本だとシャンレイとアズサさんに聞いた。なら、恐らく軍だ。
武器は、目を凝らして見る。
一人は剣。もう一人は、重そうな槍。遠距離がいないなら、距離を取れば勝ちだ!
更に距離を稼ごうとしたら、足が何故か止まった。
「しゃちょー、こわいよ … いたいよ … 」
下から聞こえる小さな声。ミリアちゃんぐらいの子が、傷だらけで立っていた。
僕のコートの裾を掴んで、目は涙をいっぱい溜めているけど、怖がっているけど、諦めている子の顔じゃない。信じてくれている。
それに少し安心していると、口が勝手に囁いた。
「大丈夫よ、エリシア。逃げ遅れたのね? まっすぐ走って、この前一緒に行った、ベリー畑を左に曲がりなさい。メイが待ってるわ。こんなときに、イジワルしないわよ。さ、速く!!」
明るく輝いて強く揺れた桜色の子犬の尻尾を、手が力一杯押した。けど、
「戦場で余所見か。余裕だなぁっ」
嘲るような声が耳を塞いで、慌てて地面を蹴る。距離とあの腕からして、攻撃が届くまであと少し。
指が届いた。叫んだ。走り出したその子は、兵士にぶつかって転ぶ。兵士は下がって、もう一度狙いを定める。腹を空かせた猛禽類の眼で。
覆いかぶさって、横から逃がそうとする。向こうの狙いは、こっちだ。あの子は、大丈夫だろう。
「フェノミナの喰い方は知ってるだろ? 口からじゃない。体に触れた該当物を喰う、というか吸収する。そして、何故か味はする。
すまんなぁ、俺のは距離なんだ。」
悪気が全く見えない声。悦びが確かに読み取れた。
もう一度走り出そうとすると、剣で脚を奪われる感覚。熱さはあえて無視する。手だけでも走った方向に伸ばして、距離、つまりあの子とここを結ぶ線を断って、彼の食事を済まさせようとする。
その腕は、重い足に踏みにじられ。
目の前、わざわざ連れてこられたあの子が、地面に落ちた腕と混ざった。
ぬるいスライムみたいなものが、頭にかかっている。頭を下げると、ボタボタボトリと灰白色のナニカが降ってきた。
一緒に上から降ってきた、赤いスープが口に入る。鉄の味なんかしない、しょっぱいだけだ。
自分の腕を見る。変に熱いから。あれ、やけに視界の移動が遅い。
肘から先が消えていた。
髪をつかまれて、少し先の地面を見させられる。目を閉じることは、不思議と浮かばなかった。
赤いだけ … じゃない。長い桜色の草が生えている。
誰かの声が、頭を鳴らした。
[きれいよね、エリシアのその髪。いつでも春みたいな気分にさせてくれて、好きよ。
ほんと!? ありがとう、しゃちょー。じゃあ、えりしあねぇ、切らないでおく!〕
さっきから、僕の口から出ている声と同じ声と、さっきの女の子の声。
続きは、かき消された。
「あははっ、これでお前の会社の犠牲者ゼロは破られたなぁ!?
ウチの申し出を断ったせいだ、バーカ!
ムカつくんだよ、自分達だけ守ろうとして!嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ!!
お前らがほのぼのとしている間に、ウチのは何人死んだ!?
なんで、お前のは生きている!?
なんで、ウチにはお前みたいな優秀な軍師がいないんだ!?
くそ、くそっ、全部お前らがわるいんだろ!?そうだよな、なぁ!!」
今は、煩いとしか思えなかった。
口がいつの間にか紡いでいた。
「リンク オーダー、ライアット。
燃料には寿命。目の前の敵に繋げなさい」
僕の目の前に、文字が浮かぶ。
〈TRUE?〉
本当?って聞いてくれているんだ。
今言ったのは、きっと、こっちにもダメージがくる軍師盤の使い方。
燃料にそんなことを言ったのは、それ以外犠牲に出来そうなものはないから。
どれぐらいのが飛ぶか分からない。
けど、たとえ夢でも彼のしたことは許されない。
「TRUE」
たった一言呟くと、心臓が軋むような気がして、悲鳴をあげる。
それと同時に。遠くへ吹き飛ばされ、あの子と同じ目に遭った彼へ、口が笑みを向ける感覚がした。




