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記憶断片の銀色少女   作者: 澄雫
終章
93/107

目覚めと街の復興

「ミズファ」


 声が聞こえると、閉じていた瞼をゆっくりと開き、記憶の整理から現実に意識を戻します。

 座っていた棺の前に、プリシラが立っていました。

 片手を胸に当て、潤んだ瞳で僕を見つめています。


「お早うございます、プリシラ」


 声をかけると、プリシラの後ろから小さな子が走ってきます。サイドポニーとロングを合わせた、レイチェルさんに似た髪型に変わっていたアビスちゃんでした。とても可愛い紺のドレスを着ています。


「みずふぁ!!」


 僕の胸に抱き着いてきます。


「アビスちゃんもお早うございます。元気そうで何よりです。それと髪型変えたんですね。とっても可愛いです」

「うん!」


 プリシラも傍に近づいてくると、僕の顔を胸に抱きしめました。


「アビスがね、このメルにミズファが起きるって言ったのよ。だから迎えに行くって聞かなくて。本当に起きていて少し驚いたけれど、とても……とても嬉しいわ、お帰りなさいミズファ」

「そうだったんですか。流石アビスちゃんですね。うん、改めてただいまです」


 続いてアビスちゃんの頭をなでようとすると。


「んぅ!?」


 とっても胸を揉み揉みされました。


「みずふぁ、おっぱい少しおっきくなった」

「あ、だめですってアビスちゃ……あん!」


 起きたばかりで、同族化した体に馴染むまでに少し時間が掛かります。

 その間、なんていうか、妙に気持ち良くなりやすいというか……。


「アビス、止めなさい。ミズファが感じているわ」

「あの、はっきり言われると恥ずかしいので止めてください……」


 アビスちゃんが揉むのを止めると続いて顔を埋めてスリスリしています。まぁ、これくらいなら。でもちょっと気持ちいいです……。

 アビスちゃんから視界を上げると開いている棺が目に入り、皆が気になったので聞いてみます。


「所で、皆はもう起きてるんですか?」

「ええ、今は国の再建に向けて皆頑張ってくれているわ。それと、お城にはシルフィとウェイルも居るわよ」

「え、なんか僕、随分寝坊してたみたいですね。皆が起きてからどれ位経ってるんですか?」

「そうね。大体50クオルダ位かしら」

「……え」


 50年寝坊って。

 笑い話にもなりません。


「みずふぁ、起きてこないから皆しんぱいしてた」


 僕の胸の中から顔を上げてアビスちゃんが補足します。

 それはそうですよね。普通の人間を経験している皆からすれば、50年って尋常じゃない年月です。


「じゃあ、早く皆を安心させてあげないといけませんね。プリシラ、お願いできますか?」

「構わないわよ、けれど城に戻るには血を少し頂く事になるわ」

「うん、解りました」


 僕が首筋を露出しようとすると、プリシラの手で止められます。


「目覚めたばかりの貴女には、余り負担を掛けたく無いの。皆を迎えに来た時と同じように、アビスから頂くわ。じゃあ、アビス頼めるかしら」

「うん!」


 アビスちゃんが首筋をはだけさせると、プリシラがしゃがみ彼女を抱きしめて、首に口をつけます。


「……っ! ……ふぁ……んっ……」


 喘ぎと共に、アビスちゃんの顔が恍惚な表情に変わります。少女と幼女が抱き合っているだけなら微笑ましいですけど、血をあげる場面は別です。えちぃです……。

 あ、そっか。起きたばかりというのも理由ですけど、今の僕が血をあげたら、気持ち良すぎてどうなるか解った物では無いです。


「もう十分よ。アビス有難う」

「……はぁ、はぁ……うん……」


 僕は棺から立ち上がり、アビスちゃんの肩に手を置きます。

 プリシラは僕を見て頷くと、血術空間(ブラッドスペース)を展開し、三人揃って影へと沈んでいきます。

 そして再び影から出現すると、ブラドイリアの玉座の間に景色が変わりました。

 すると、その場に居た二人の人物が笑顔で駆け寄って来て、僕を抱きしめます。


「ミズファ!」

「ミズファちゃん!!」


 レイシアとエリーナです。

 僕を抱きしめるなり、頭に頬をスリスリしたり、どさくさに紛れて変な所触ったりと、いつも通りの二人でした。ある意味安心しましたが、百年越しのダブルチョップを見舞って置きます。


「二人とも、早速のセクハラ有難うございました」

「痛いです、ミズファ……」

「久しぶりのチョップも、なんかこれはこれでいいもんだねぇ……」


 エリーナが危険な発言をしましたが、無視します。それは取り合ってはいけない案件です。


「ともあれ、お早うございます二人とも」

「ええ。お早うございます、ミズファ」

「おはよー愛娘。中々起きて来ないから不安になってた所だよぉ」


 二人が笑顔を僕に向けてくれます。

 所々成長した女性的な雰囲気を感じますが、二人とも眠りにつく前のままの、可愛い少女の姿です。


「れいしあただいま、みるりあとえすてるはー?」

「アビス様、ミズファのお出迎えお疲れ様でした。二人はツバキさんのお手伝いをしに、北東にある【旧ティセナの街】跡に集結しているモンスターの討伐に向かっています」

「またでたのかー。こりないねー」

「ん? モンスターが現れたんですか?」


 二人の会話に疑問を持つ僕。プリシラがいるのに、そんな度胸のあるモンスターってレイス並みの中級以上でしょうか?


「それについては、私から説明するわ」


 血術空間(ブラッドスペース)を展開して血を全て使用したプリシラが、メイドさん達から血を分けて貰っていたようです。

 そのプリシラの後ろに、内股で座り込んで恍惚の表情をしたメイドさんが数人見えます。

 百年前のメイドさん達の子孫でしょうか。そう考えると、妙に感慨深いです。


「先ず。私が原因でこの国を覆っていた負のオーラが消えたの。その負のオーラは恐らく、私の手で死んでいったこの国の人々の怨念が集まった物。それがメルを追う毎に薄まるように消えていったわ」

「それって……もしかして」

「ええ。私の事、許してくれたのかもしれないわ。けれど、それは勝手な思い込みだと思うから、私は自分の償いを止めるつもりは一切無いわよ」

「うん、プリシラが思うなら、僕は何も言いません。でも何となくですけど、この国の人々が本当にプリシラの事許してくれたんじゃないかなって、僕も思います」

「有難う。貴女からのその言葉だけで、私の心が満ち足りているのが解る。久しぶりに貴女と会って、それをとても実感しているわ」


 そう言いつつ、プリシラが可愛い笑顔を僕に向けてくれます。


「僕が眠っている間、プリシラが頑張った証拠です!」

「そうね。今だけはそれを自慢して置こうかしら。でもね、ここからが本題なのよ」


 プリシラが言うには、負のオーラが薄まる時期を境に、低級のモンスターが国の中に表れ始めたそうです。この国には城と城下町以外に街は無いので被害は出ていませんが、これから国内各所の復興を行っていこうとしている矢先に、モンスターの徘徊を許す訳には行かないのです。


 プリシラは毎日、魔王たる殺意を国全体に巡らせているにも関わらず、モンスターの数が増えているとの事。仕方ないので、街の再建を目指す上で、障害になる場所に出現したモンスターを駆除する討伐隊を編成する事になりました。


 その編成のリーダーはツバキさん、ウェイル君、シルフィちゃんです。ミルリアちゃんとエステルさんとアビスちゃんは各所にあった街の復興の為、現地の調査とモンスターの生息状況を調べています。討伐隊の手が足りない時はそのお手伝いもしているそうです。


 そして、レイシアとエリーナは有事の際の要となりながら、プリシラと共に今後の方針を決める大臣の立場に就いています。


「今現在、この城までは一切モンスターを近寄らせてはいないわ。けれど、それも時間の問題かしらね。モンスターが何かに惹かれるようにこの国に集まっているのよ。ボス格が居ないにも関わらず、こんな組織だった行動は、歴史上類を見ない事ね」

「成程。大体解りました」


 プリシラがいるのに、逆に集まってくるモンスター達、ですか。

 一体この国に何が起きているんでしょうか。


「じゃあ、ミズファも復帰した事だし、約束を守って貰いましょうか」

「そうですね」

「ようやくメンツも揃ったねぇ。俄然、やる気出てきたよぉ」

「みずふぁの為にがんばる!」


 それぞれ今の会話で頷き合うと。

 四人が横一列に並び、胸に手を当て、僕の前に跪きます。

 少しタイミングが遅れたアビスちゃんも同じように跪いて見上げています。


「これより、私達は貴女の配下となります。ご指示を、我が王女よ」


 プリシラが凛とした声でそう言います。

 突然の事に惚けている僕の前に、跪いたままの四人。

 ここで、ようやく忘れていた事を思い出しました。


 僕、王女やるんでした……。


「あぅ、えっと……。取り合えず行きたい場所があります」

「仰せのままに」

「あの……」

「なんでしょうか」

「いつもどおりに喋ってください……」


 涙目で訴える僕。

 それを見た四人がすぐにクスクスと笑い出しました。


「やっぱり、貴女にはこうした対応は似合わないわね」

「おかしいです、ミズファったら」

「締まらない王女様だよねぇ。そこがミズファちゃんの良い所なんだけど」

「皆して僕を笑い者にして、酷いです!」

「みずふぁ、真っ赤になってる。かわいー」

「御免なさい、ミズファ。さ、言って頂戴。先ずはどうしたいのかしら?」


 プリシラの言葉に僕は真面目な顔に戻ります。


「うん。どうしても、何よりも先ず行って置きたい場所があります」


 僕の行きたい場所を話すと、「やっぱりね」という顔でプリシラが微笑んでいます。

 そして、プリシラが「こっちよ」と言うと四人が先導するように歩き出します。

 僕もその後ろに着いて行くのでした。


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