別れの時と永い眠り
同族化決行の日。
パタパタとブラドイリア城の中を駆けて行く僕。目的地はレイチェルさんのお部屋です。
レイチェルさんのお部屋は貴賓室なので、専用のお風呂があったり、常にメイドさんが傍付きしてくれるので好きな時にお茶を楽しめたり、学院の寮と同等以上のベッドで眠れるという、まさにお姫様の生活空間です。
そんな貴賓室の扉の前に着くと、僕は部屋の中に向けて声をかけます。
「レイチェールさ~ん。あーそびーましょー!」
僕の声に暫く何の反応も返ってきません。更に追加で呼びかけます。
「レイチェールさーん? お着換え中ですかー? 手伝いますよー」
やがて、部屋の中から走り寄ってくる音が聞こえると。バンッ! と扉が開け放たれます。
「ちょっとアンタ! 朝っぱらからやかましいわよ! なんなのよ!」
「えへへ、レイチェルさん、遊びましょう!」
「いきなりなんなのよ、アンタは。遊ぶって何よ……」
「駄目なら城下町をデートしませんか!」
「な……」
僕の事前的な約束無しの突発的なお誘いに、動揺しているレイチェルさん。
「そ、それなら……別にいいけど」
「本当ですか! じゃあ同族化儀式の時間までお願いします!」
「あ、アンタがどうしてもって言うから、仕方なく着いて行くだけなんだから!」
「あ、はいはい」
フンっ、とそっぽを向くレイチェルさん。一見すると不機嫌ですが、凄く嬉しそうです。
一度準備の為部屋の中に戻ると、10分程度でメイドさんと共に部屋から出てきました。直ぐに彼女の手を取って城の外へと向かいます。その間、レイチェルさんは頬を染めたまま無言でした。
あ、そうそう。
因みに僕は「二人でデート」とは一言も言ってません。
「騙したわね……」
城下町に出ると。先に待っていたシズカさんが手を振っています。
それを見たレイチェルさんが凄い勢いでクールダウンしていました。
「お二人とも、お早うございます」
「お早うございますシズカさん!」
「……はよ」
レイチェルさんだけ凄い投げやりでした。
「ふふ、ミズファさんとのデートは、クリスマス以来ですね」
「うん、今日はクリスマス以上に時間一杯まで遊びましょう!」
「……はぁ」
体全体から「あーもーどうでもいいんですけど」的なオーラを出しているレイチェルさんの顔を覗き込む僕。唐突に僕の顔が近くに来てびっくりしたのか、数歩後ろに下がりました。
「き、急に何すんのよ!」
「レイチェルさんの事ですから、なんでこの二人とデートしたいのか。もう解りますよね?」
その言葉にレイチェルさんが、はぁとため息。
「解ってるわよ。私は暫く会えなくなるし、そこの伝説の子は今日で会うの最後だからでしょ」
「うん、そうです。だから、沢山思い出を作って笑顔でお別れしたいのです!」
「そうですね。なんだか、私も蘇生を受けてからというもの、泣いてばかりいた気がしますから、最後くらいは笑顔でいたいですね」
そんなシズカさんの微笑みを見て、レイチェルさんが少しだけ前向きな姿勢を見せてくれました。
「まぁ、ここに来てからは色々立て込んでたし、個別で遊んでる暇なんて無かったのも事実だから。……解ったわよ」
「有難うございます!」
「そうと決まれば善は急げですね。先ずは何をしましょうか」
三人で並んで歩き出す僕達。
勿論僕が真ん中で、二人の腕に両手を通して歩いています。
本当ならこの二人ともずっと、ずっと一緒に居たいです。でも、それを考えると暗くなってしまうから。暗い気持ちは二人に対して悪いです。だから、全力で遊びます。僕の気持ちを汲み取ってくれて、プリシラ達皆が理解を示してくれたんですから。
そして、この地の昔からの特産品や、衣装や小物を見て回ったり、オープン型のカフェで三人で談笑して過ごしました。
楽しい時間はあっという間です。
時間は午後の15時。同族化の時間は夕暮れに差し掛かる16時と決めてあるので、僕達は名残惜しくも城へと戻っていきました。
途中僕もシズカさんも、笑顔のままでいるつもりが涙が止まらなくて、でも笑顔でいなくちゃいけなくて。レイチェルさんが珍しく僕達に気を使ってくれて、ハンカチを差し出してくれました。
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城にある玉座の間。そこに全員が集まっています。
これからいよいよ同族化が始まるからです。
「準備はいいかしら」
「いいわよ。さっさとやんなさい」
プリシラが手のひらに「閉じた目」を乗せてレイチェルさんの前に差し出します。
複数人同族化の為、先ずはブラッドアイを使用し、レイチェルさんの血を「目」の中に隔離するのです。
手のひらの「閉じた目」が開き、レイチェルさんがそれを見ると意識を失いました。
レイチェルさんの直ぐ後ろに待機していた僕が、意識を失い倒れそうになる彼女を支えると、ゆっくりと寝かせます。プリシラの持つ「目」は赤色に染まっていました。
「さて、じゃあ次は皆の体に直接レイチェルの血を分け与えるわよ。これが為されれば、暫くは永い眠りにつく事になるわ。準備はいいかしら?」
同族化の為に僕と共にここまで来た皆がそれぞれ頷きます。
ここまで、ずっと口数が減っていたアビスちゃんが僕に抱き着いてきます。本当は、シルフィちゃんとウェイル君の所で待っていて貰う予定でしたが、本人がプリシラとシズカさんの二人と一緒に待つと決めたので着いて来ていたのですが……。最初は元気に振舞っていた彼女は、国境を超えた辺りから段々元気が無くなり、喋らなくなりました。理由は聞かずとも解ります。
「アビスちゃん。ほんの少しだけですが、離れてしまう事を許してください」
「……」
「その代わりに、同族化が済んだら沢山遊びましょう」
「……うん」
「約束です」
アビスちゃんの頭を優しくなでる僕。
そして、次にシズカさんに話しかけます。
「シズカさん」
「はい、なんでしょうか」
彼女はいつも通りの微笑みです。本人は泣いてばかりと言ってましたけど、伝説の人はやっぱり心が強い人でした。
「今まで、本当に有難うございました。シズカさんが助けてくれたから、僕はこの世界で生きて行く事が出来ました。大好きなレイシア達にも出会えました」
黙って僕の言葉に耳を傾けてくれているシズカさんに続けてお礼を述べます。
「そして、大好きなシズカさんにも会えました。全然お返し出来て無いですけど、この御恩はずっと、ずっと忘れません」
僕はアビスちゃんの頭に手を乗せたまま、深くお辞儀します。
「私は、ミズファさんと出会えてから十分な程のお返しをして貰っています。例え話す事が出来なくても、プリシラちゃんと再度出会えただけでとても嬉しかった。それ所か、私を生き返らせてくれて、この世界で再び生きて行く機会をくれました。もう叶う事は無いと諦めていた、プリシラちゃんとの時間。こんなに大きな贈り物をくれて、有難うございました」
そう言ったシズカさんは、とっても可愛い笑顔でした。
だから、僕も満面の笑みでお返しします。
「僕が眠っている間、プリシラとアビスちゃんの事、宜しくお願いします」
「ええ、任されました。こんなに可愛い二人と一緒だなんて、両手に華とはまさにこの事ですね」
僕としてはシズカさん自身が華なので、それは適用されませんけど。
やがて、アビスちゃんも意を決したように僕から離れ、シズカさんに抱き着きます。
アビスちゃんは今にも泣きそうな表情でしたが、頑張って耐えていました。
「それじゃあ。そろそろ行きますね」
「ええ。安心して休んでいて下さい」
「……みずふぁ、いってらっしゃい」
二人に笑顔を向けた後。
プリシラに顔を向け、準備が出来た事を頷いて知らせると、彼女も頷き返します。
「それじゃあ、行くわよ」
プリシラが力を「目」に込めると、直ぐに僕の体の中に熱い何かが流れ込んできました。
周りの皆もそれを感じているようで、胸に手を当てています。
そして知ります。
この時点で、僕達は人間としての人生に、幕を下ろした事に。
やがて、「目」からレイチェルさんに血が返されると、プリシラは引き続き血術空間を使用します。
影の中に吸い込まれると視界が瞬時に変わり、辺りが暗闇の空間へと移りました。
「皆、暗いけれど落ち着いて。レイシア、ライトウィスプをお願いできるかしら」
「ええ、お任せ下さい」
レイシアが術式を展開し、ライトウィスプで辺りを照らすと。
そこは見たことの無い場所でした。
石柱が沢山立っていて、まるで神殿のような作りの丸い部屋に沢山の棺が置いてあります。
「ここは?」
「ここは、私が住んでいた場所よ。神都エウラスにあるダンジョンの一つで、誰一人として攻略出来た物がいない、霊峰と同等の危険な所」
そうプリシラが言います。そういえば事前に、眠る為に最適な場所に連れていくと言われていたんでした。
この部屋がそこなんですね。
「危険な場所ではあるけれど、十階層から成るこのダンジョンの地下八階以下にはモンスターは来れないわ。近付く事を、この私が許していないもの」
プリシラが言うには、このダンジョンには財宝の類は無いので、挑戦しに来る冒険者はほぼ皆無だそうです。金品になりそうな物はプリシラが常に血術空間に収めているのも理由にあります。
そしてこのダンジョンは強いモンスターがストッパーになっているので、ここまでわざわざ寝ている僕達に会いに来る酔狂な人は居ないと言う訳です。
それに、攻略出来たという証はプリシラに勝つ事なので、絶対無理でしょう。霊峰が攻略されていないのも火の鳥の存在があるからでしょうし。
そんな事を考えていると、突然眠くなってきました。
皆も同じように眠そうにしています。
「まだ抵抗できる程度の睡魔だと思うけれど、眠気がきたようね。皆、早速周囲にある棺に入って頂戴」
プリシラに促され、棺を開けると。中はとても綺麗で、柔らかそうな敷物も敷かれています。
それを見たら、今すぐにでも眠りたい衝動に襲われます。皆は既に、棺を閉めて眠るだけの状態にまでなっています。
「皆、これから約百クオルダのお別れとなるけれど、その間ブライドイリアはしっかり維持していくわ。そして、シズカとアビスの事も私が守っていく。安心して眠って頂戴」
その言葉を聞いた僕は、安心して棺の中に入ります。
プリシラが棺を閉める時、僕に笑顔を向けてくれました。
そして棺が閉められると、この場所に来た時と同じような暗闇に支配されます。
ゆっくり瞼を閉じると、意識がとても深い底に沈んでいくのが解ります。
こうして。
落ちていく意識の中、僕の同族化が果たされたのでした。




