経緯と方法
プリシラを討伐する為に集められた冒険者。
歴史上では偉大な勇者として名前が「遺って」います。
結果から言うと、魔王に勝てる一般人なんていませんでした。
世界を駆け巡り、強力なモンスターを相手にして生き残って来た冒険者達が、Sランクと呼ばれる最高位の称号を持っていたとして。
プリシラを相手にする場合はそのSランクの称号が更に数百個位必要でしょう。例えとして、蟻が沢山の経験を積んでウサギ並みに強くなったとして、殺傷兵器で固めた戦車に勝てますか?
一切の手加減も慈悲も無い当時のプリシラとまともに戦うなら、蟻からゾウ程度まではのし上がる強さが無いと駄目なのです。
冒険者側は名だたるメンバーが百人近くも集まったので、勝つつもりでいました。ギルドで上位を占める有名な者達が集まったからです。数人だけなら危険そうな依頼は避けるのが常ですが、今回ばかりは流石に大丈夫だろうと、依頼を受けに来た誰しもが思いました。
当時の国家指定級は海龍アビスと火の鳥だけでしたし、まだ人の目にプリシラの存在が認知されていませんでしたから、そう思うのも仕方無いかもしれません。いくら新たに国家指定級と認定されても、この面子なら、と。
そして。
沢山の冒険者と共に戦ったレイチェルさんは言いました。プリシラを初めて見た瞬間に、もう負けていたと。
レイチェルさんは出会った途端、プリシラの見目麗しき姿に目を奪われました。
それは男の冒険者なら、なを更です。皆が惚けていると、周囲は肉塊に変わっていきました。
一瞬で血の海に変わってからようやく異常に気付き、戦闘態勢を取りますが一方的に冒険者の数が減っていき、当時のギルドランク一位である、レイチェルさん以外皆死にました。
レイチェルさんは必死に戦いました。彼女は当時の五姫を超え、現存しているどの特殊能力者よりも強いと言わしめた程の絶対強者でした。
それでも当時のプリシラには届きませんでした。やがて半死半生に追い込まれ、倒れます。
もはや抵抗も出来なくなったその時。
プリシラはそこで攻撃を止めます。そしてレイチェルさんに言いました。
「血の入れ物にしては、中々興味深い力を使うわね、お前。下部として使える程度の能力であると認めてあげる」
プリシラは自分の手に傷をつけると、直ぐに血が滴り落ちます。
そしてレイチェルさんは口を無理やり開けられ、「血を飲まされました」。
その瞬間、体中からこの世ならざる何かに作り替えられていく感覚に襲われました。
そして理解します。自分はもう人間じゃ無いと。
レイチェルさんは古代血術で出現した影に収納され、そこで意識が途切れます。
次に目を覚ましたのは、約百年後の棺の中でした。
その後。
一つの国は滅びましたが、異世界から現れたシズカさんの手によってプリシラは敗北し、魔王騒動に終止符が打たれました。この辺りの出来事はプリシラ本人から直接聞いています。
レイチェルさんが棺で目覚めてから更に百年後。
再びプリシラと出会ったレイチェルさんは驚愕します。
別の何かだと思う程にプリシラが豹変していたからです。
プリシラは消えてしまったシズカさんを求めて、世界を旅していました。
そこに居るのはもう魔王の存在では無く、虚ろに彷徨う一人の少女です。
今なら容易くプリシラを殺す事も出来たかもしれない。けど、そうはしませんでした。
余りに目の前の少女が不憫に思えたからです。
人としての生を無理やり奪った憎い相手ではありましたが、放って置く事にしました。
同族化によって寿命で死ぬ事が無くなり、自分のすべき事が明確になった事で充実したメルを過ごせていた、という理由もあります。
プリシラは虚ろながらも、一生懸命謝ってくれたそうです。
これも放って置く理由の一つになり、やがて二人は打ち解けていく事になりました。
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そしてレイチェルさんは引き続き、同族化について教えてくれました。
プリシラの血を飲む事で体に変化が起き始めますが、この感覚は血を飲んだ者にしか解りません。
同族化を果たすと自然と知りえなかった事が解るようになります。
一つは古代血術の存在。二つ目は同族化のルールです。
同族化は、単純にプリシラの血を飲めばいい訳ではありません。
同族となるには「血を飲まされた人」の血を飲まなければいけないのです。早く言うと伝染でしょうか。
血を飲むと段々睡魔に襲われて、眠るように意識を失います。
眠っている間は人の目に触れてはいけないらしく、見られた瞬間に意識が戻り、異形化するそうです。
その為、レイチェルさんが目覚めた場所が最も好ましいと教えられました。
ここまでが、学長室で聞かせてくれた内容です。
そして、仲間皆で同族化を決めた日。一つ問題がある事に気づきました。
一人だけがレイチェルさんの血を飲むと、その次の人が同族化するには、飲んだ人が目覚めるまで百年程待つ事になります。
なので複数人を一気に同族化させる為に、仲間全員が血を同時に飲む必要がある訳ですが……。
レイチェルさんの体を血だらけにして皆で啜るなんて真似、出来る訳が無いです。人間やめるにしても、心までやめるつもりは無いです。
そこで、プリシラに案を貰いました。
以前カイル公子が使用していた、「ブラッドアイ」を使用するのです。
これを使用すると一時的にレイチェルさんの血を「目」の中に隔離出来るので、プリシラの力で少しずつ仲間に血を分け与える、という方法が可能になります。
「ブラッドアイ」を使用している間はレイチェルさんの意識が無くなるので、体への負担なども考慮し、ブラドイリアに着いてから行う事にしています。
そしてもう一つ。
血を飲んだら、迅速に「人の目につかないようにする」必要があります。数日程度なら別に問題ないですが、可能な限り早めの方が良いそうです。
これに関してもプリシラの力で解決できます。
プリシラに血術空間の中に収納して貰うのです。
レイチェルさんも以前、プリシラと戦った時にされた事です。そういえばカイル公子からお嬢様達を助けた時もこの方法でした。
これって移動魔法に代用出来るんじゃないですか? と、プリシラに聞いてみた所。
元々住んでいたダンジョンで引き出すなら、移動魔法の代わりにはなるらしいです。
けど、それ以外の場所で収納した人間を引き出す場合は、吸った血をほぼ全て消費するそうです。
要は全力で移動魔法を使用して、全魔力を消費するような感じですね。プリシラ自身の収納も一応は可能です。実際、目の前で影に吸い込まれて行くのを見ていますからね。この場合も、元々住んでいたダンジョンになら一切の血を消費せず、血術空間を介して直ぐに戻る事が可能との事です。
そんな訳で。
同族化する段取りも決まり、ブラドイリアへ向けて馬車に揺られているのでした。
目の前にプリシラがいるのですが、馬車の中だと何故かいつも僕の首筋を見ています。
落ち着かないので、ちょっとプリシラに質問してみることにします。既に僕の頭の中を読んで、「あんまり気乗りしないわね」みたいな顔をしていますが。
「プリシラの国は本当に瓦礫ばかりなんですか?」
「そうよ。国境を越えたら城がある場所まで、広大な更地になっているわ」
「当時のプリシラは、そこまで破壊に拘ったんですか?」
「自分を抑えられなくなっていたのよ。物を壊すのが愉快で、人を殺すのが楽しくて、ね……」
長期間ブラドイリアを離れていたプリシラは、里帰りとは程遠い憂鬱な表情をしていました。




