同族化とレイチェル
見た事の無い場所。そこに三人の女の子が視えます。
上から見下ろしているので、三人で何を話しているのかは解りません。
どうやら空に浮いているようです。不可思議な感覚に戸惑う僕。
これは夢の中でしょうか?
……ううん、違う。
きっとこの光景は……。
突然、意識が引っ張られていく感じがします。
段々、三人の女の子から離れていく。「目覚める」為に。
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「……」
意識が奥底から浮かんでくる。
初めてこの世界で目覚めた時と同じような感覚。
「……ん」
ゆっくりと瞼を開ける。視界は真っ暗だ。
ここは「棺の中」なのだし、それは当然かな。
眠っている間に夢を見ていたけど、大半を忘れた。
けど、はっきりと覚えている事があります。それは夢ではなく未来の映像。
何故かは解らないけど、現実になると確信出来る未来を視ていました。
元々居た世界からこの世界に移った事で、生まれてくる可能性がなくなった筈の【僕の子供】が、この世界に来る未来が見えました。とても可愛い幼い女の子でした。
その子がいつ来るかは解らないし、そもそも存在していない僕の子供になる筈だった命が、どうやってこの世界に来れるのか。
……頭がまだボーっとするので、考えが上手く纏まりません。
取り合えず。
この世界に来るのなら、待っていましょう。
いつか……必ず会える筈ですから。
ボーっとしつつも、意識が大分はっきりしてきたので棺を開け、体を起こします。
周囲を見ると、そこもまた暗い空間。
暗い理由もこの場所も、僕には解ります。
ここは神都エウラスにある、ダンジョンの最下層。
プリシラが住んでいたとされるダンジョンで、石柱が並ぶ神殿のような作りの空間が10階層に渡って構成されています。
「ライトウィスプ」
辺りを照らすと、円状の広大な部屋に沢山の石柱が等間隔で立ち、天井を支えています。
周囲には古代人の残した石碑も幾つか建てられています。
視界を近くに戻すと、僕が眠っていた棺と同じ物が沢山あり、どの棺も既に開いています。
「皆もう起きてるんですね」
どうやら最後まで寝ていたのは僕だけのようです。
相変わらず寝起きが悪いのはいつまで経っても同じですね。
棺から出ようとすると。すこし体に違和感を感じます。
ずっと同じ態勢で寝ていたので当然かな、とも思ったのですが。
「んぅ?」
棺に入る前に比べて、手に当たる胸の位置が明らかに違います。視界を自分の体に下すと。
僕の胸、少し成長していました。
同族化はこの棺の中で眠っている内に起こります。つまり、同族化手前で僕の体は最後の成長を果たしたようでした。歳は14、5歳程度のままなので、年齢に比べて少し大きいような気がします。
成長した分、皆より起きるのが遅れたのかな?
胸に触っていると妙な気持ちになってしまいました。赤面しつつ棺から外に出ます。
棺の外に立つと、銀の髪がお尻の後ろまで伸びていました。同族化が始まると共に、そこで伸びるのが止まったようです。胸は大きくなったのに、背は余り伸びた感じはしません。
……僕あまり身長高くないのに、なんで胸だけ?
コホンと咳払い。
一先ず……。
棺を閉めてその上に座りつつ。
僕は少しボーっとする頭で考え事をし始めました。
プリシラと同族化を果たした今、僕は皆と手を取り合って、ゆっくりこの世界で生きていく事になります。第一の人生が元々いた世界で、同族化するまでが第二の人生なら、これからは第三の人生という事になるでしょう。
「んぅ、まだボーっとする」
意識ははっきりしているけど、起き抜けで記憶の混濁がまだ残っているみたいです。
記憶の整理を兼ねて。
皆で同族化する事を決めた辺りから、第二の人生の節目となる永い眠りにつくまで。
その合間の出来事を、僕は瞼を閉じながら少しずつ思い出していました。
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魔法学院修業の日。
僕と仲間達だけの修業式が執り行われました。
シルフィちゃんとウェイル君は後二年この学院に在籍するので、在校生に回ります。
レイシアも後一年あったのですが、同族化の為に僕達と一緒にレイチェルさんの許可の下、修業となりました。
何故僕達だけで修業式なのか、と言いますと。
列席する人物が国に関わる程の重要人物ばかりなので、早く言うと隔離されました。
以前魔法大戦の集会で使われた大きな建物。その中心に僕達は横一列で席に座っており、その後ろにはそうそうたる人物達が並んでいます。
その顔ぶれは王族貴族ばかりです。隔離されて当然でした。
ベルゼナウ北方領エルフィス伯、王都のベルドア王、倭国ムラクモのコウガ王とシラハ元帥、国が落ち着き正式に王となった、セイルヴァル公国のベルステン王。ここまでは大変お世話になった方々です。
そしてエステルさんの為に、神都エウラスの第一巫女姫さんも列席しています。見た所二十歳位でしょうか。シズカさんのような巫女服に近い服装を着ていて、青い髪の美人さんです。けど、ここにいるのを嫌そうにしていました。元々は第三巫女姫であり、強力な特殊能力者であるエステルさんを国名のもと無下に出来ず、形式上仕方無く来てやった、といった感じです。
更にエルフの国シャイアから、とても綺麗な金色の髪の女性か列席しています。
外見は18歳前後ですが、エルフなので年齢はまるで想像できません。白色の薄い生地のローブを着ています。
僕達は一度も会った事の無い人なので列席の理由が解りませんでしたが、ミルリアちゃんの修業祝いと共に、ハーフエルフの姉弟に会う為でした。エルフの国はそれ程他国との積極的な交流が無く、他国情勢の認知が大分遅れる為、シルフィちゃんとウェイル君の事を知ったのはつい最近の事だそうです。そして間もなくその二人の姉が学院修業となると聞き、慌てて駆け付けました。直接お話を聞いた限り、とても良い人みたいです。
修業式の前にシルフィちゃんとウェイル君に会うと、そのエルフの女性も二人の資質の高さにやはり驚いた様子でした。今まで姉弟の存在を知らずにいたその女性は、今後国が全面的に姉弟を援助すると約束し、その気があればいつでも母親を連れてシャイアに帰ってきなさい、と二人の頭をなでていました。
そんな豪華な顔ぶれの中、修業式は続いていきます。代表者のレイシアが修業の挨拶を行い、
レイチェルさんが証書授与の為、一人ずつ呼び出します。
各自お辞儀と共に証書が手渡され、いよいよ僕の番になりました。
「特殊能力学科在籍者、ミズファ」
「はい!」
席を立ち壇の上に上がると、レイチェルさんが泣きそうな顔をしていました。
僕達の修業を心から喜んでくれているようでした。僕も泣きそうになります。
そして、授与の前に、レイチェルさんが僕に一言贈ってくれました。
「アンタ達がいなくなると学院の宣伝に支障出るわね……はぁ、次からどうしようかしら」
僕の感動返してくれませんか?
「まぁ、いいわ。ミズファ、七クオルの間よく頑張ってくれたわ。なんだかんだで、本も一冊書いてくれたみたいだしね。アンタの本、早速重要書物として認定されたわよ」
「書いたのはいいんですけど、僕以外に本の内容実践できませんからね。けど、今後実践できる人が現れないとも限らないので、一応は残す事にしました。学院生活とっても楽しかったので、そのお返しです」
「アンタみたいなのがポンポン現れたらむしろ困るわよ。その中に悪者がいたら一瞬で世界が滅ぶからね。そういった意味でも、学院の奥で保管する事にしたのよ」
「有難うございます!」
レイチェルさんが改めて証書持って、読み上げ僕へ差し出します。
お辞儀をして受け取り、もう一度礼をして壇から下りました。
王族の皆さんから拍手を頂きます。こういった事は恥ずかしいですけど、僕もこれで元々いた世界で言う卒業を経験する事ができました。席に戻ると、僕と似たような形で卒業したシズカさんが凄く泣いています。隣にいるプリシラがハンカチで涙を拭ってあげていました。
つつがなく式は終了し、最後に僕達は列席した方々へお辞儀をして、短くも楽しかった学院生活に幕を下ろしました。
その後、特殊能力学科の皆も含めて、寮の中庭を貸切って盛大なパーティーを行いました。それぞれ進む道があるので、最後に盛り上げてお別れしましょう、という形のお別れ会ですね。クリスマスの後から正式な交際をしているサノスケ君とセレナさんは、二人で王都の宮廷魔術師を目指すそうです。
クリス君はこのパーティーでミシャさんに求婚し、受け入れられるという微笑ましい場面もありました。特殊能力者同士のカップルが二組。将来、僕が会う事になる二組の子孫はどんな子達なのか、今から楽しみです。
そして、ブラドイリアへ向けて出発する日。
沢山の人達にお見送りして貰いました。中にはお世話になった寮母さん等も見受けられます。それと何故か沢山のメイドさんから別れを惜しまれました。中には着いて行くと言ってた子までいてびっくりです。そんなに気に入られてたんですね、僕達。
ブラドイリアへと出発するメンバーにはレイチェルさんも含まれます。
理由は勿論、同族化の為です。彼女は居なくてはならない人なのです。
程なくして出発した馬車の客室で揺られながら。
以前同族化の質問をレイチェルさんにした所、とても嫌な顔をされたのを思い出します。
彼女は元々人間だと聞いています。
けれど、プリシラと同族となった経緯があります。その経緯とはなんだったのか。どうして同族になったのか。その質問に、彼女は渋々ながらも答えてくれました。
それは、まだプリシラが魔王として君臨していた頃。
プリシラは破壊の衝動に身を任せて、一つの国を半壊させていました。
これ以上の破壊を許せば完全に国は消滅する、そんな折。
王都ベルドアは緊急的に、世界に名を轟かせる冒険者を集めました。
プリシラを国家指定級と定め、討伐が決行されたのです。
これ以上の破壊を止める為、プリシラに挑んだ冒険者の一行。
その一人がレイチェルさんでした。




