二つのお願い
天球下弦が終わり、年が変わりました。
クリスマスの無い世界ですけど、新たな年を迎える節目を祝う風習はこの世界にもあります。
元旦に当たる「天球上弦一のクオルと一のメル」は全てのお仕事がお休みです。市場などでお買い物をする事も出来ません。昔からこの日は、何もせずに静かに暮らす事で心が清められ、新たな年を始めるにあたり、全ての精霊が幸のある祝福を授けてくれるとされています。
学院も勿論お休みですが、メイドさん達による寮の維持やカフェの運営等はお休みではありません。皆がお休みの中を働くメイドさん達に幸は無いの? と初めは思いましたけど、どうやらそうでも無いようです。
この日はメイドさんとすれ違う学生が皆「いつもありがとう」という感謝を伝えていました。貴族のお嬢様達ですらこの日はお礼を言ったり、可能な限りメイドさんを些細な用事で呼び付けない様にしています。
そして、全てのメイドさんに学院から特別褒章が与えられるそうです。要はボーナスでしょうか。
この日は一年の開始を祝うと共に、メイドさん感謝の日でした。
ですので。
いつも身の回りのお世話をしてくれている我らがメイド、ミルリアちゃんを僕の提案により皆で労う日になりました。時刻はお昼です。
相変わらず中庭のオープンカフェのテーブルを数席占拠している僕達の前には、沢山の料理が並べられています。全部ミルリアちゃんの為です。
「ミルリアちゃん、次は何が食べたいですか?」
「ミルリア、次は私が食べさせてあげるわよ」
「ミルリアさん、此方のお飲み物は如何ですか?」
「ミルリア姉様、ウェイルと一緒に肩を揉んで差し上げますわ!」
「みるりあ、んと……わたしあたまなでなでする?」
次々に捲し立てる僕達。
そして当のミルリアちゃんはと言うと。
口から魂が抜けて真っ白、という言い方が一番近い状態になっていました。
きっと、僕達の労いに天にも昇るような気持ち良さなんでしょうね。僕、ミルリアちゃん事なら何でも知ってますから!
「のぅ、みなの者……なんぞ、妾には土姫に拷問を課しておるように見えるのじゃが……」
「あたしも同じように思ってたとこだよぉ……」
可哀そうな表情で、ミルリアちゃんを囲む僕達を見ているエリーナとツバキさん。
「お世話をする事に幸せを感じているミルリアさんには、唐突な逆接待への耐性は無かったようですね」
「世界中を通して、そういうメルですからね。今頃、私の本国でも侍女達が労いを受けているでしょう。我慢ですよ、ミルリア様……」
シズカさんとエステルさんも、引きつった感じの笑顔で此方を見ていました。
「皆酷いです。僕の心からの感謝を籠めた労いが拷問だなんて」
ねーミルリアちゃん、と彼女に語りかけると。
「労い、ねぎらい、根ぎらい、根嫌い、根本的に嫌い、主様は……わたしがきらい」
凄い勢いで壊れていました。
「わーーー皆、労いストップして下さい!」
「ちょっと、ミルリアが何かぶつぶつ言いだしたわよ!」
「土魔法です、土魔法です!」
「ミルリア姉様、早まってはだめですのーーー!」
……その日。
中庭の地面に少し穴が開いてしまい、寮母さんとレイチェルさんにすっごく怒られました。
ええと……幸って何ですかね?
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こっぴどく怒られた元旦の次の日。僕達は一般寮側の食堂に来ています。
あの後、中庭に開いた穴の周囲は柵で囲まれ、明日以降に修復工事をするそうです。
「まったく、酷い目に合ったわよ……」
オープンカフェの様にテーブルを複数占拠しつつ、各自紅茶とケーキを頂いている中で、プリシラがご機嫌斜めです。
「あぅ……皆様、私の為に、申し訳、御座いません……」
ミルリアちゃんが皆にペコペコと頭を下げています。
「ミルリアのせいじゃ無いわよ。ミズファが悪いのだから」
「んぅ……」
謎の返事で答える僕。
僕は感謝の気持ちを返したかっただけなんですけど!
どうやらそれがミルリアちゃんに対しては毒だったらしく、彼女の事は何でも知っていると自負した僕に発言権はありません。
「まぁ、いいわ。じゃあそろそろ、今後についてお話をしましょう」
プリシラの言葉で、その場の空気が変わります。
お話というのは、僕のお願いによるプリシラの同族化と、「プリシラからのお願い」です。
「先ず、レイシアとエステル。貴女達の返事は決まったかしら?」
僕の代わりに二人へと確認を取ってくれるプリシラ。
その問いに二人とも頷いて応えます。
「じゃあ答えを聞かせて頂戴」
「では、私から」
挙手をしつつ、レイシアが答えます。
「本当の事を申しますと、ミズファとのデート中に既に答えは出ておりました。お返事をこのメルまで保留としておりましたのは、お父様への別れと、移り変わっていくこの世界から目を逸らさず生きていく決心を固める期間を頂く為でした」
年が変わる前に、レイシアを連れて移動魔法でベルゼナウに帰った日があります。
レイシアのたっての願いで僕は彼女を故郷に置いて、そのまま一人で帰りました。その後、エルフィスさんとレイシアがどのような話を交わしたのかは解りません。後日迎えに行った時には、レイスを倒すと誓った時と同じ様な決意をレイシアから感じました。
「つまり、ミズファと共に永い時を生きる事を決めたのね?」
「ええ、ミズファの成そうとしている事、見ていこうとしている物を同じ目線で捉え、ずっと傍で彼女の支えになりたいと思っています」
次にエステルさんが続きます。
「私は皆様とお友達にして頂いてからメルも浅く、まだまだ友人として分け入った所までは至っていないと思っています。けれど、ミズファ様はデートの際、そんな私にも大事な人だと真っすぐな思いをぶつけてくれました。巫女姫だとか、メルが浅いだとかそんな事は一切関係無く、永い時を生きていく上で、私を必要だと言ってくれました。正直言いますと、もう本国の堅苦しい掟とか、姫とか嫌だったんです。必要だと言ってくれる人の傍に居たい、それが私の気持ちです」
胸に両手を当てながら、僕のお願いに対して答えるエステルさん。そして彼女は話を続けます。
エステルさんは数日前に、学院を通して国へ巫女姫の辞退を申し出ていました。これには全員が驚きを隠さず、不安の声をあげています。僕も当然心配で、エステルさんにそんな事をして大丈夫なのか問いかけました。
すると、彼女はエウラスの王女の真実を打ち明かしてくれました。
神の名の下に信託が下され王女となる神聖な国。けれど、第一巫女姫さんは私利私欲が過ぎるらしく、さらに嫉妬深い性格が拍車をかけて、歴史上類を見ない愚王なのだそうです。
そんな第一巫女姫さんは、優秀な特殊能力を展開できるエステルさんを快く思っていなかったそうで、今回の巫女姫辞退の申し出はすぐさま承認されたそうです。エステルさんはそれを逆手に取った形になりました。王女である第一巫女姫さんがその申し出を承認すれば、誰が反対しようとも翻りません。
その代わり第二巫女姫さんとは、とても仲が良いお友達だったと聞かせてくれました。エステルさんの辞退の申し出に痛く悲しんだそうですが、エステルさんが決めた事なら、と受け止めてくれたのだそうです。
レイシアはエルフィスさんとの親子の未来を。エステルさんは姫の地位と本国の友人を。
僕の為だけに大きな犠牲を払って、二人は傍に居てくれると答えてくれました。
その気持ちに感謝しかありません。勿論、エリーナ達皆にもです。
皆の気持ちをずっと大切にしていきます。
「だそうよ、ミズファ。貴女にも問うわ。皆からの気持ちをこの先も変わらず、永劫に受け止め続けていけると誓えるかしら?」
エステルさんのお話が終わると、プリシラが僕に決意の確認をしてきました。
本よりそのつもりです。僕の気持ちはずっとこの先も変わらず、皆と一緒にいたいです。
皆の事が好きだから。
「誓えます。レイシアとエステルさんの答えで、更に思いは固くなっています。僕は皆と一緒に永い時を生きて行くと、皆と幸せをずっと築いて行くと、誓います」
それは、まるで挙式で神父から問われた言葉への誓いのようでした。
でも、今の僕はそれでいいと思っています。皆を幸せにするという事は、そういう事なんだと思います。
その言葉にプリシラが笑顔で応えてくれます。
皆黙ったままですが、それぞれが笑顔だったり、涙を流していたり、沢山の思いが見て取れます。
「皆、決意と思いは一致したようね。私も気持ちは皆と一緒よ。けれど、貴女達が同族化する間は、どうか、シズカとの時間を過ごさせて頂戴……」
シズカさんが微笑みながらプリシラの手を取っています。
僕はそんな二人を見て、満面の笑みで語り掛けます。
「そんなの当然ですっ。プリシラと仲良くなれたのはシズカさんのお陰です。僕だって、シズカさんには返し切れない御恩があります。その御恩を僕達がいない間プリシラが埋めてくれるなら、むしろ感謝すべき事です」
「有難う、ミズファ。その言葉に甘えさせて頂くわ」
「私からもお礼を言わせてください。再びプリシラちゃんと生きていける事、本当に嬉しく思います。何度でも言います、本当に有難うございますミズファさん」
プリシラとシズカさんが笑顔で返してくれました。
僕はそんな二人をみて改めて考えます。
なぜ、プリシラと同族化するまでなのか。
プリシラと同族の存在になる上で、何故僕達はいなくなるのか。
その理由は……約百年間、世との関りを断たねばならないからです。
それはつまり、シズカさんとはもう会えなくなる事を意味しています。
その代わり、プリシラがずっとシズカさんと一緒にいてくれます。だから、安心して僕達はプリシラと同族化する事ができます。
「さて、貴女達が同族となった後のお話になるのだけれど」
そうプリシラが切り出します。
「ブラドイリアに私たちの国を作りましょう」
彼女がそんな「お願い」をしてきました。




