夜の通学路とレイシア
皆と一緒に寮へと帰る途中。
「ねぇ、ミズファちゃん。ツリーに立ち寄らなくていいのぉ? 確か仕上げがあるって言ってたんじゃないかなぁ」
ツリーを見る事無く、寮へと繋がる通学路に向かう僕にエリーナが声をかけます。
「うん、実はもう仕上げは終わってるんです。それと、周囲を見てください!」
「周囲? あ、何かが長椅子とかに括り付けられてるよぉ」
通学路の道の両脇に等間隔で並ぶ植木と、木のベンチに取り付けられている小瓶に気づくと、一般学科勢の皆が物珍しそうに見ています。
「これは……中に入っているのは宝石ですよね?」
レイシアがベンチに括られている小瓶を手に取り中身を見ています。
「うん、そうです。特殊能力学科の皆さんにお願いして、この通学路と正門までの道に小瓶を取り付けて貰いました」
隣で、「わたしもさぎょー頑張ったよー」と笑顔でアビスちゃんが言うと、レイシアが頭をなでています。
「主、様。高価な宝石を……このような、所に晒して置くなど、いつ盗まれるかも……解りません。その上で、一体これで……何を、されるのでしょうか」
ミルリアちゃんが最もな心配をしてくれています。ここにある宝石は全て、レイシア達と学院の貴族の皆さんの努力の結晶です。盗むなんて絶対に許されません。
「そこは抜かりないですよ! プリシラの誤認能力の真価が今まさに発揮されている所なんです。そして何をするかは、夜までお楽しみです」
「まったく……。普段私に誤認能力を多用するなと言っておきながらこれだもの。まぁ、今回は必要だと私も感じたのだから、別に構わないけれど」
「プリシラにしか出来ない事なので、本当に助かっています、有難うございますっ」
プリシラの持つ誤認能力により、小瓶に入っている宝石が僕たち以外にはただの小石にしか見えないようになっています。それだけでは取り外そうとする悪戯が防げないので、更に小瓶が取り付けられている状態に疑問を感じない、という状態になっています。ほんと、プリシラの能力は尋常ではありません。
「なる程の。道理で先程から宝石に見向きもせず、みなが通り過ぎておると思うておった。それが魔王の力であれば、納得もいく」
「ある意味、不思議な光景ですね。金品が沢山周辺に放置されていても、誰もそれを気にも留めないというのは」
ツバキさんとレイシアが僕と同じく、プリシラのとんでもない力に改めて驚嘆しているようです。
「因みに、僕の察知系統の魔力が込められているので、盗まれても何処にあるか解りますよ。万が一盗む事が出来ても、持ち去った人を地の果てまでも追いかけて、その場で正座させますからね……」
僕が珍しく殺気を出すと、皆が真顔になって数歩下がります。周囲を歩く学生さんも「ひっ!?」っていう声と共に走って行ってしまいました。
更にアビスちゃんとシルフィちゃんが泣きそうになったので、慌ててフォローを入れる僕。なんか、ほんと御免なさい……。
そしてその後は日が暮れるまで解散し、夜前に寮の前に集合という約束をしました。そして僕は、当初の予定だった皆とのデートをこの夜から開始しようと思っています。
日中の街で買い物とかするのもいいですけど、最初のお相手のレイシアとは、夜のイルミネーションを二人で楽しみたいです。彼女とは夜に初めて出会い、街灯の魔法具の下で仲良くなりました。当時のままのレイシアと僕に戻りたい、そんな気持ちを、イルミネーションのデートに込めてあります。
そして。
このデートで皆にお願いをするつもりです。
僕と一緒に、「プリシラと同じ存在になってほしい」と。
寿命では死ぬ事のない存在に。
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辺りの日が落ち、夜へと移り変わる18時頃。チラチラと降る小雪の中、皆と一緒にツリーへと出かけていきます。
ツリーよりも早い段階で宝石が動作するように細工していた通学路では、光が時間差で点いては消える、点滅を始めていました。行きかう学生の皆さんから、一際大きな歓声が聞こえてきています。
「……綺麗」
エステルさんがずっとイルミネーション化した通学路の植木を眺めています。
他の皆も一時歩くのを止めて点滅するイルミネーションを見入っていました。
「本当に奇麗ですの。実際に見て、ようやく点滅の意味が理解できましたわ」
「明りにこんな使い方があったのですね。私には魔法具を点滅させるという考えは浮かびませんでした。ミズファは本当に素晴らしい方です。クリスマスにかける思いがとても伝わってきます」
僕は感心しているレイシアの手を握ると、唐突に正門の方へと歩いていきます。
「え、ミズファ?」
「皆、レイシアとデートしてきます。先にツリーに行ってて下さい!」
僕の言葉に、各々仕方ないとばかりに通学路の先へと進んでいきました。
皆にも前持って説明して、順番を決めてあるからです。
「さぁ、レイシア。僕と一緒に夜のデートをして下さい!」
「ミズファ……。ええ、私の為に夜の時間を選んで下さったのですね」
「初めて会った時はこうして、レイシアが僕の手を引いてくれましたよね。だから今は僕が手を引いて歩く番です」
「あの時のミズファは、とても怯えた子猫のようでした。いつの間にか、立場が逆になってしまいましたね」
「今でもレイシアが手を引いてくれると、とっても暖かい気持ちになります。それはこれからもずっと変わりませんよ!」
レイシアの手を取り歩きながら、ベルゼナウの街で初めて出会ったあの頃を話に華を咲かせます。
やがて正門に辿り着くと、夜のツリーを見学に来た一般の皆さんが、通学路のイルミネーションに驚愕しています。誰しもが一度その場で足を止め、点滅する光に魅力され、見入っていました。
「皆さん、喜んで下さっていますね」
「うん。でもね、クリスマスをしたいって思った一番の理由は、レイシアや皆に喜んで欲しかったからです。沢山の人に楽しんで貰えるのは勿論嬉しいですけど、何より大事なのはレイシア達ですからね」
「こんなに素敵な贈り物を頂けて、私はとっても嬉しいですよ。このメルの夜はずっと忘れません」
レイシアを連れて、改めて正門からツリーへ向けてゆっくりと歩いて行きます。
先に進むにつれて、イルミネーションの光が、雪降る夜の道を鮮やかに彩っていました。
「本当に……素敵な光ですね。遠目に見えるツリーも、既に素晴らしい景観なのが解ります。この不思議な高揚感も、より一層クリスマスを惹き立てているのですよね」
「明日、次のメルは寮でパーティーも行いますから、楽しい時は暫く続きます!」
「ふふ。ミズファも楽しみのようですね」
「うん、だって大切なレイシアや皆と過ごすクリスマスなんです、提案した僕が楽しまないと!」
段々ツリーが近づくにつれて、レイシアとこれまでの事、そしてこれからの事をお話ししました。
そして、これからの事で一番大事なお話を切り出します。それはレイシアの人生を大きく変えてしまう程の、「お願い」です。
直ぐに答えを出せるような内容ではありません。
だって、永遠とも言えるような時間を一緒に過ごしていきましょう、と言っているに等しいのです。
その言葉だけだと、まるで魔女か何かの様ですね。実際、割と的を得ている気がします。
レイシアは暫く俯いて、考え込んでいました。




