茶軍への反撃
「皆様、サノスケ様の遠距離魔法は私が防ぎますので、少しずつ後退して下さい!」
ギリギリ水が途切れるアビスちゃんの能力範囲外に移動すると、緑軍の攻撃部隊中央付近に、サノスケ君の攻撃に合わせて、防御壁を忙しく切り替えながら指示を出しているエステルさんが見えます。
この移動を阻害している水は一定の場所から現れて、一定の場所で消えるようになっている為、緑軍の後退に合わせてアビスちゃんも移動してくれば、水から逃れる事はできません。
流れる水の方向、つまり後退すればすんなり移動は可能ですが、自軍陣地まで一気に押し込まれてしまうので、迅速な後退も出来ない訳です。加えて、こちらの魔法が届かない位置からの遠距離範囲魔法が飛んできます。かなり詰んでいる状況です。
けれど。
「範囲指定、【水上固定能力付与】+【水上移動能力付与】を合成、【レビテーションウィング】!!」
とっさに独自魔法を組み上げます。
僕の補助魔法がかかると、攻撃部隊全員が淡い青色のオーラに包まれ、足のくるぶし付近に透明な羽が現れます。
皆必死で防御壁を駆使しつつ後退しているので、まだ誰も僕の補助魔法に気づいていません。
声を張り上げて伝達します。
「皆さん! 高台に上るイメージで水の上に乗って下さい!」
「……!! ミズファ様!」
エステルさんは必死に防御壁を展開しながら、僕に気づきます。
「ミズファ様、水に乗るとはどういう意味でしょうか!」
「部隊全員に水に乗れる補助魔法を付与しました! 水上に立てるか試してください!」
「わ、解りました!」
エステルさんは足を上げると水の上に膝をのせます。スカートを抑えながらなので、なんか妙にセクシーです……。
そして、水に手を付けると沈まずに、そのまま水上に立ち上がりました。
「……凄い。もう魔法という常識では説明できません……」
他の学生達も次々に水上に上ると、一気に歓声が起こります。
「まだサノスケ君の魔法は飛んできていますから、気を抜かないでください!」
僕もスカートを抑えつつ水の上に飛び乗り、前線に走っていきます。
さぁ、反撃しますよ!!
走ってくる姿に気付いたのか、サノスケ君が対象を僕に絞ったようです。
構わず茶軍側に走りながら自己強化魔法を展開します。
「炎耐性強化、氷耐性強化、風耐性強化、土耐性強化、魔法耐性強化」
サノスケ君が何十個もの小石を高速で飛ばす初歩の土魔法【ストーンズキース】を使用してきますが、僕の耐性の方が上です。
僕は魔法が茶軍側に届く範囲で立ち止まります。次々に茶軍の学生達からも単体魔法が飛んできますが、効きません。
茶軍には悪いですが、防衛部隊の皆さんには全滅してもらいます。
僕の反撃ののろしに合わせて、美声が響き渡ります。
チラリと後方を見ると、エステルさんが目を瞑り、両手を胸の前で祈るように合わせて歌っていました。
直ぐに自身の内側から力が湧き出てくるのが解ります。……凄いです、これが天球へと響く独唱曲ですか。さっきは遠くから見ていたせいか、僕には付与されていなかったので、初めての経験です。
あの……でもエステルさん。
結界で威力が半減しているのに、力が湧き過ぎてこのまま魔法を展開したら人を殺してしまいそうなんですけど!
シャレにならないので、冷静に威力をすっごく抑えるイメージで魔法を展開する事にします……。
多分一般の学生だと、この歌の効果でようやく相手の防御壁にヒビを入れられるくらいなんだろうなぁ、と思いますが。
「範囲指定、疾風+【ブリザード】を合成、「鎌鼬」!!」
僕の魔法と合わせて、アビスちゃんが茶軍の奥から飛び出してきました。
皆の盾になるような形で、恐らく魔法防御壁の類を展開しています。
そして、後ろを振り返りながら「みんなにげてーーーーー!!」と声を張り上げています。
御免ねアビスちゃん。
茶軍防衛部隊の方向に、ほんの少し冷たい風が一瞬だけ吹き抜けていきます。
サノスケ君はとっさに防御壁を展開しますが間に合いません。学生達はそもそも何かを理解しておらず、アビスちゃんの行動に動揺していますが、時すでに遅しです。フラッグがパックリと真っ二つに切れて落ちました。
ここで茶軍の防衛部隊とサノスケ君が戦闘不能となります。
「ひどいよーみずふぁ!!」
アビスちゃんが泣いてます。
アビスちゃんは僕の魔法に耐えていました。凄いです、国家指定級。あと可愛いです。
「どうしますか、アビスちゃん。もう後が無いですよ? このまま大人しくしてくれれば何もしません」
僕は悪役のような台詞で少しずつアビスちゃんに近づき。
「みずふぁのばかーえっちー!!」
「んぅ!?」
何故か自分の体を抱きしめて抗議するアビスちゃん。
「僕何もしませんよ、なんでそうなるんですか!!」
「いいもん、私一人でもぼーえーできるもん!」
とってもご立腹です。
このままだと本気で嫌われそうです。
「アビスちゃん、これはただの行事で……」
そこで僕は言葉を切りました。
アビスちゃんの後ろからセレナさんが来たからです。警戒して少し後ろに下がりますが、でも……何かふらふらしています。
「せれな、どーしたの?赤ぐんの方にいってたんじゃないの?」
「アビスちゃん、御免なさい……」
そして、その場で気絶しました。……よく見るとセレナさんのフラッグがありません。
ギリギリまで逃げてきたけど駄目だった、そんな感じです。
そう思った瞬間、茶軍側の更に後方から炎が飛んできました!
「アビスちゃん!!」
「きゃあ!!」
辛うじてアビスちゃんが転がりながら炎を回避します。
「随分苦戦してたみたいだね、愛娘」
後方から姿を現したのは、炎姫モードのエリーナでした。
そして攻撃部隊らしき団体も控えています。
「え、なんでエリーナがここに? ミルリアちゃんは?」
「茶軍の像前にいるよ。これから止めを刺しに行くところなの。言って置くけど、あたしとミルリアちゃんでは実戦経験の差が歴然なんだよ、ミズファちゃん」
「酷いなぁ、エリーナ」
「当然でしょ? デート権の為だもん」
エリーナと僕が会話をしていると、視界の隅にいたアビスちゃんがゆっくり立ち上がり、自分を中心に水を螺旋のように操りだしました。
「えりーなひどいよ!! 私、本気だすからね!」
「怒った顔も可愛いね、アビスちゃん」
「すぐにやっつけて、デートけんは私がもらうから!」
「海底神殿ではとても敵わないと思ったけど、今のアビスちゃんならあたしでも何とかなりそうかな」
アビスちゃんとエリーナが一触即発です。
アビスちゃんが言っていましたが、人化の法を使用している間は全力を出せないようです。
もし出せてたらプリシラ以上にまずい事になってたと思います……。
あの、所で僕もいるんだけど。
「流石は炎姫といった所か……。セレナ嬢に怪我は無いようだが、俺が先生の所まで送ってくる」
サノスケ君がセレナさんをお姫様抱っこしつつ本陣の方に歩いていきました。
そして数歩の所で振り返り。
「あぁ……それとミズファ嬢」
「はい?」
「確かにヤバいな、あんたの能力」
「信じてもらえましたか?」
「……あぁ」
そう言うと再び歩いて行きました。
僕はアビスちゃんとエリーナを放っておいて、エステルさんの所まで戻ります。
攻撃部隊の皆さんから黄色い声援で迎え入れて頂きました。
シルフィちゃんも駆け寄ってきます。
「ミズファ様、素晴らしいご活躍でした!」
「ミズファお姉様、流石ですの!!」
「有難うございます! 今の内に後退して部隊を立て直しましょう。赤軍はミルリアちゃんとアビスちゃんが頑張って引き付けてくれると思うので、暫くは緑軍まで攻めて来ないと思います。僕は黄軍側が気になりますから直ぐに戻ります」
「解りましたわ。攻撃部隊の皆様、一度林の中まで後退しますわよ!」
かなり酷いですけど、赤軍と茶軍の潰し合いを有効に活用させて貰います。
赤軍リーダーのエリーナをここで仕留めておけば後々楽にはなりますが、流石に倒すまでに時間がかかりそうです。その間に黄軍に像を壊されては意味がありません。
先に像へ移動し、無事なのを確認してから持ち場へと戻ります。
自軍陣地ギリギリの位置に移動すると、既に防衛部隊と黄軍が戦っていました。多少部隊の人数が減っていましたが、僕が戻るまで防御壁で耐えていてくれたようです。相手を確認するとミシャさんの姿が見えました。
「皆さん、遅れて御免なさい! あと、防衛ありがとうございます!」
林から出て、防衛部隊の皆さんに近づきながらお礼を言いつつ、僕も迎え撃つ準備をします。
ミシャさんは確か、僕の使う重魔法のような能力でしたね。落ち着いて防御すれば大丈夫な筈です。
……と、思ったのですが、ミシャさんの木霊する力ある言葉の能力がかかっている風属性魔法と合わせて、光魔法が同時に飛んできました!
属性が合わずに一部の防衛部隊のフラッグが折られます。なるほど、これで数を減らされたんですね。
サノスケ君の攻撃を凌いでいたエステルさんみたいに、防御壁を切り替える暇もありません。
光属性の魔法と言う事は……いました。レイシアです。
ミシャさんの少し後ろで術式を組んでいます。
僕の方にこの二人が来ていると言う事は、プリシラはツバキさんの方でしょうか。
ならむしろ好都合です、レイシアには悪いですけど、プリシラを相手にする時間を省略してリーダーの旗を狙えます。けど、それが罠の可能性もあります。
赤軍が攻めてくるまで時間がありますし、黄軍の数を減らしながら様子を見た方がいいかもしれませんね。まぁ、悠長な事をしていると挟み撃ちにされますけど。
僕は防衛部隊に魔法耐性強化の補助かけつつ、攻撃魔法を展開し始めました。




