魔法大戦
さらに三日後。
いよいよ魔法大戦が今日開始されます。
生徒は学院には通わず、沢山用意された馬車で郊外に移動して、今は各軍ごとに分かれて陣地で待機中です。
僕は林の中が陣地となっている「緑軍」に所属しています。
ここのリーダーは数日前に即時決定しました。緑軍の生徒満場一致でシルフィちゃんです。
初めは「私にはそんな大きなお役目、無理ですわ!」と言っていましたが、今は馴れたように配置場所の指示を出したり、防御部隊、攻撃部隊、像防御部隊をテキパキと編制していました。
そして僕は現場の指揮権を持つ傭兵のような立場に就いています。
移動魔法が使えるので、臨機応変な指示が可能な為です。自軍の陣地内であれば、たいして魔力を消費せず動き回れますし、僕だけが移動対象ならまったく問題ありません。
そんな移動魔法ですが、魔法大戦開始前に身内からズルいと言われ、レイチェルさんにも他軍の陣地に飛ぶのは禁止と言われました。まぁ、そうですよね。
不可侵区域の各軍本陣に配備されているメイドさんに、紅茶の準備をお願いしつつ再度地図を確認。
地図の中央に遺跡跡があり、そこを円を描くように時計回りで、林(緑)、草原(黄)、平野(青)、林(赤)、平野(茶)という陣地構成です。
「ミズファお姉様!」
編成最終確認を終えたシルフィちゃんが緑軍本陣に戻ってきました。
「お帰りなさいシルフィちゃん。編成作業お疲れ様です!」
メイドさんから紅茶を受け取ると、シルフィちゃんへ差し出します。
「有難うございますわ、ミズファお姉様」
「うん、戦う前の一苦労ですからね」
「初めは不安でしたけれど、緑軍の皆様がお優しい方達で、私のお願いを快く聞いて下さるのですわ。本当に感謝ですの!」
まぁ、シルフィちゃんみたいな可愛い少女からお願いされたら、僕だって聞いてあげます。
「シルフィ様、斥候部隊の配備終了しました」
エステルさんも本陣に戻ってきました。彼女はシルフィちゃんの副リーダーです。
シルフィちゃんの手が回らない部分を補佐しています。
「お帰りなさいませ、エステル様!」
「エステルさんもお帰りなさい! 紅茶の用意できてますよ」
「有難うございます、ミズファ様」
魔法大戦開始まで後10分少々です。
リーダー達が集まったので、再度作戦の確認を行っておきます。
「作戦確認ですけど、先ずは監視の為斥候部隊を中央に向かわせ、隣の平野地帯にいる茶軍に侵攻しつつ、反対側の草原地帯の黄軍の動向を伺う、で合ってますよね?」
「合ってますわ、ミズファお姉様。黄軍にはプリシラ様がおりますの。単体で一部隊を薙ぎ払える程の強力な相手ですわ。十分な警戒が必要です」
「プリシラ様の抑えとして、始めの内はミズファ様には黄軍側にいて貰う予定ですよね」
「うん、そうですね。けどプリシラが単独でこっちに来る時は、大きく有利になったか、或いは大きく劣勢になった時の両極端の場合だと思います」
開幕いきなりこっちに単身で乗り込んでくる可能性もあり得ますけどね。相手はプリシラですから。
僕の考えが筒抜けである以上、常に黄軍の動きに気を付けなければいけないのです。
「後は像の警戒ですね。茶軍に侵攻する以上、狙われるのは黄軍からです。ミズファ様、黄軍の動向にご注意下さいね。茶軍からは一人も像に向かわせませんので」
「了解です、エステルさん!」
間もなく開始を知らせる合図が戦場を巡回している先生から通達されます。
「では僕も配置につきますね。シルフィちゃん、エステルさん茶軍側の侵攻頑張ってください!」
「お任せくださいまし、ミズファお姉様!」
「ミズファ様もご部武運をお祈りしています!」
シルフィちゃんとエステルさんが攻撃部隊に加わる為、学院成績上位者を連れて本陣から出ていきます。
時間は間もなく13時。
「影の扉!」
僕の足元に黒い影が出現し、その中に吸い込まれるように消えていきます。
影から出ると林の中へと景色が変わります。
既に配置についている防衛部隊が、僕の移動魔法を見て驚きの声をあげていました。
「皆さん、間もなく開始です! 初めての実戦形式の行事で緊張していると思いますけど、慣れればきっと楽しいと思います。失敗を恐れず気軽にいきましょう、それでは宜しくお願いします!」
僕はペコリ、と防衛部隊の皆さんにお辞儀をすると一斉に歓声をあげてくれました。
そして、時間は13時を回りました。
魔法大戦、開始です!!
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林の中から20分程黄軍側の草原地帯を監視していますが、今の所向こうから侵攻してくる気配はないです。その間、こちら側の像の心配はありません。僕が監視している林を通らなければならない為、奇襲は不可能だからです。
もしかすると、青軍との交戦に手間取っているかもしれません。
黄軍はツバキさんのいる青軍と隣接している為、開幕するなりツバキさんが足元を凍結させ、カティアさんに術式を妨害されて一部隊全滅、という事もあり得ます。僕ばかりに気を取られていられない訳です。ツバキさんの全体攻撃は禁止されていますが、移動を阻害する範囲攻撃は禁止されていませんからね。
因みに全体攻撃が禁止されていなかったら、開幕1分程で全学院生徒のフラッグが凍結破壊され、青軍の勝利です……。威力が半減していようとも、ツバキさんにとっては小さな旗を砕く事なんて造作もない事です。
反対の茶軍側から爆発音が聞こえます。戦闘に入ったようですね。
「防衛部隊の皆さん、引き続き黄軍側の草原監視をお願いします。僕は少し他の区域の様子を見てきます」
そう言い残し影の中に消えると、遺跡跡近くの自軍ぎりぎりの場所まで移動します。
斥候部隊からの報告によれば、赤軍が中央の様子を伺っていたとの事。
中央に侵攻してくる軍は暫くは無いと思いますが、赤軍はエリーナとシズカさんがいる凶悪な軍です、十分警戒が必要でしょう。
次に念の為、像の様子を見に行ってみます。
像の前には、学院成績優秀者一人と三人程の生徒に防衛について貰っています。
特に問題無いという報告を貰い、次は茶軍との戦闘が見える位置に移動します。
遠目に見ていると、力は均衡しているようでした。
此方側は副リーダーのエステルさんが主に中心として戦っています。シルフィちゃんは後方から風魔法で援護をしている形ですね。
シルフィちゃんの強さならガンガン前線に出ても良いのではないかと思えますが、相手には精神攻撃能力を持ったセレナさん、歩く魔法具サノスケ君、国家指定級のアビスちゃんがいます。そしてリーダーのミルリアちゃんも、ツバキさんクラスの全体攻撃が出来る子なので、うかつに前線に出ようものなら、範囲系土魔法で一気にやられてしまう可能性があります。
それに、姉を恐れるシルフィちゃんの気持ちも汲み取ってあげないとです。
攻撃部隊は二人にお任せしているのでそろそろ持ち場に帰ろうとした所、どうやら戦況が動いたようです。茶軍側がサノスケ君を前線に送り込んできました。
「あ、ちょっとまずいかも。こっちに来ちゃったかぁ」
サノスケ君は四属性の中級の範囲魔法まで使いこなす、エリートの魔術師です。
五姫のような上級は扱えませんが、彼の特殊能力により、上級魔法に近しい威力を常に出し続けられます。
しかも威力増加系、極大系の魔法具を身に着ければ四精霊の祝福と効果が重複してとんでもない事になります。
とは言えあくまで魔術師の一般常識範囲内から見てなので、僕のような巨大な光の玉は無理ですけどね。
サノスケ君が範囲系魔法を使って茶軍の防御部隊の合間から攻撃すると、緑軍が少しずつフラッグが折られていきます。サノスケ君の魔法が極大化されているので攻撃範囲が広く、一方的になっているのです。
エステルさんが歌の能力で仲間の能力を高めつつ、即興で防御壁部隊を編成しますが、サノスケ君は四属性を次々に切り替えて使用してくるので、一つの属性しか防御出来ない学生が餌食になっていきます。
これは……僕出張った方がいいかな?
ここでセレナさんとかアビスちゃんに何かされたらやばいです。
僕の心配が的中したように、茶軍と緑軍の境界線から水が流れ出しました。
徐々に水かさをあげていき、緑軍の方に押し寄せていきます。
水は膝の上まで来ていて、とても歩ける状態ではありません。
「これって……アビスちゃんの能力だ」
どうやら、緑軍の一部隊が収まる範囲のみに水を流しているようです。アビスちゃんなら戦場全体に津波のごとく流せるでしょうけど、禁止行為に該当してしまうので、極力範囲を抑えているようです。
かなり危険なパターンに追い込まれています。
此方の攻撃部隊は膝上まである水で動きにくい上に、属性防御し辛いサノスケ君の範囲魔法で次々にフラッグが折られています。
もう見ていられません、移動魔法でシルフィちゃんの元へ急遽向かいます。
「シルフィちゃん!」
「ミズファお姉様!」
「前線が押されてるみたいですね」
「御免なさいですの、こちら側こサノスケ様が来るのは想定外でしたわ。シズカ様の抑えに向かわれるとばかり……。ここまで水は来ていませんから私は平気ですけど、エステル様が!」
「うん、直ぐに僕が助けに行ってきます。シルフィちゃんは近づいてくる水とサノスケ君に合わせて後退して下さい」
「承知しましたわ!」
黄軍の方も気になりますが、ここで茶軍に押し負けたら元も子もないです。
ミルリアちゃんが頑張ってるみたいですね。
でも僕達だって負けませんよ!




