眷属と綻んだ結界
ミズファと名残惜しくも別れた私は、本来の目的である結界修繕に出向いています。
つい、明日もお会いする約束をしてしまいましたけれど、何をお話ししましょう。
「屋敷に招いてまずはお茶会を開いて……その後はミズファに似合いそうなドレスを着せてみたり、一緒にお風呂……」
そこまで言うと一気に赤面してボンっと爆発する私。
べ、別にお友達との触れ合いなのですから、へ、変じゃないはずです!
何か……私が私でなくなってきている気がします。
ブンブンと頭を振りつつ気を取り直して。
「“光の精霊よ、御手に揺蕩う輝きをここに収束せしめよ”ライトウィスプ!」
掌の上に光の球体を出現させます。
この球体を肩の上に固定して準備完了です。辺りが明るくなりました。
「綻んだ結界は……正門のある南側の街道ですね。一番近い場所で助かりました」
意識を集中させると、結界の魔力が感じられない地点があります。
比較的街に近いようですね。
誰かが夜に通ろうとしたのでしょうか?
街道の中で綻ぶ理由があるとするなら、それしか考えられないのですが……。
……綻ぶ事自体がほぼあり得ないのですけれど。
夜に街道を通る、という事は眷属に魂を差し出すのと同意となります。
光属性に特出した術者、或いは熟練した宮廷魔術師級でなければ、レイスや眷属からとある攻撃を受けた場合、【何をされたのか解らない】まま死に至ります。
主であるレイスに比べて眷属は結界の影響が少ない為、森の中から街道を通る者へ攻撃する事が可能です。
「他に綻ぶ理由、何かあるでしょうか……」
因みに劣化する事はありません。魔法術式で作られた封印、結界は絶対不変のものです。壊されない限りは、ですけれど。
色々と可能性を考えながら歩いていると、目的の綻んだ街道近くまで着きました。
「人……?」
不気味で暗い森に両脇を挟まれた街道、その中心に人が立っています。
その人物は背中を向けて、一切微動だにしません。
「……」
私はとても小さな声で光の防御壁を自分の身に展開させます。
そしてそのまま少しずつ近づいていくと……。
ああぁぁぁぁアアアア!!!
不気味な叫び声と共に、ノーモーションで手を前に突き出しこちらに早歩きしてきました!!
ゾンビというモンスターがいますが、あれがとてもすごい速さで襲ってくる感じです。
「きゃ……!!」
沢山好ましい評価を頂いている私でも怖いです。私だって年頃の女の子ですし……。
その人物は私の数歩前で一気にかぶりつく姿勢に変わり、まさに襲われる瞬間。
……はじき飛び、苦痛にうめき声を上げています。
「やはり眷属でしたか……」
私が展開している光の防御壁はアンデット等ではその内側には入れません。
更に光に弱い者が触れると焼けただれます。
苦しんでいる眷属がなをも私を襲おうと立ち上がり、【魂喰らい】を展開してきました。
幽霊の手、という言い方が一番妥当と思われる「それ」を私へと一直線に伸ばしてきます。
「……っ!!」
それを横に身をひねって必死にかわします。
魂喰らいは光の防御壁どころか、防ぐすべが一切見つかっていません。
私も努力が足りませんね。
加えて「結界の外に出ている」眷属が相手ではいつもの余裕は私にもありません。
なので油断はしていないつもりでした。
嫌な方向から曲がってくる手を注意深く避けて反撃の隙を伺っていると…。
森から無数の手が伸びてきました。
「……っ!」
森からの手は真っすぐにしか伸ばせないようなので、私ならば避けることは容易です。
脅威にもなりません。
ですが、同時に自由に曲げてくる手があるならば話は別です。
幾度か直線に伸びた手を避けた直後、目の前の眷属の手が直角に曲がり、腕を掴んで私の動きを止めてきました。
「……っ! この手は物理的に触る事もできるのですか!?」
直後、体の中に手が侵入し心臓を目指し始めました。
それとともに全身から血の気が引いていくのが解りました。
走馬燈でしょうか。本当に幼い頃の、お母様との楽しかった記憶が浮かんできました。
私に残された命が僅かだと気づき……。
「“光遍く光源よ、白光を以て不浄なる物への断罪とせよ”光剣「天撃」!!!」
眷属の頭上から無数の光を帯びた剣が降り落ち、周囲に光が溢れます。
一本一本に不浄を浄化する力と、見たままの殺傷能力を秘めた私が撃てる最高の魔法術式の一つです。
瞬く間に眷属が剣に突き刺さりながら、光の中へと溶け、消えていきました。
講師からは無闇な使用を禁じられておりましたけれど、もうなりふり構っていられませんでしたから。
体に触られた時点で生きた心地がしませんでした。
魂のみを捕らえる事を目的としているものと侮っていました……。
まだ体の震えが止まりません……。あと泣きそうです。
術式が完成した時、あの手は私の心臓に触っていましたもの。
森からはまだ手が伸びてきていますが、問題なくかわし、綻びが出来ている個所を調べます。
「これは……」
結界が【内側】から壊れた形跡がありました。
眷属でもレイスでもこんな事はできません。
一体ここで何があったのでしょうか……。
一先ず現状を把握できただけでも良しとしましょう。
私は魔力を結界に注ぎ、結界創始者の残した本通りに修復してこの場を去りました。
------------------------------------
「ん……」
ゆっくりと瞼を開けます。
眠気でぼーっとしつつも、目をこすりながら起き上がり。
「ん~……」
腕を伸ばして大きく背伸び。
程なく辺りを見回すと、そこは建物の間にある路地裏。
どこだっけここ。
あ、そうだった。昨日の夜に眠気の限界がきてここで寝たんだったよ。
まだ寝ぼけてるね。
「えーと……。うん、約束の時間まではまだ少しありそうかな?」
空を見上げると、体感では9時前後かな。朝といえる程度の時間だと思います。
布切れのような服の裾を直しながら立ち上がり。
「どうしようかな」
やるべき事、考えなくちゃいけない事は山ほどあるけれど。
やっぱり先ずはご飯だよね。
一日を超えたらさっそくお腹が鳴ってるし。
でも、今置かれている状況でどうやったらご飯が食べられるんだろう。
うぅ、ひもじい……。
最初はこの街の兵士にすがるように助けを求めたけれど、全然取り合ってくれませんでした。
その理由の大半は、夜に森から来たせいなのは理解してます。
でもこの奴隷みたいな服じゃなかったら、ご飯くらいは貰えたんじゃ!?
それにこの服じゃ人前で歩き回る事も出来ないし、そもそも恥ずかしい。
僕の最大の敵は今着ている奴隷のような服だったのだ!
空腹のせいか、思考がねじ曲がってきていた。
「……レイシアが来るまで待ってよう」
待ち合わせ場所で静かにしている事にしました。
------------------------
ぼーっと座って待っている事一時間くらい。
この待ち合わせにしている裏通りは、明るい内でもそれほど人の通りは多くないようです。
何か犯罪とかやりやすそうな場所だからちょっぴり不安だったけど、特に変な事は無く。
空腹に耐えられずへたり込んでいると、通りの向こうから馬車が近づいてきます。
わ……馬車を実際に見るのなんて初めてだよ。
見るからに貴族御用達の豪華な馬車。
それが僕の前で止まりました。
馬車の扉が開くと、中から黒のタキシードを着た、いかにも出来る老執事風の男の人が出てきます。
その後ろから飛び出してきたのは待ち望んだレイシアでした。
「ミズファ!」
レイシアが心配そうに声をかけて僕に近寄ってきます。
「……おはよう御座います、レイシア」
「お早う御座います、ミズファ。あの、大丈夫でしょうか?何やら体調が宜しく無いようですが」
「あ、うん。あのね、実はお願いがあるのです……」
「ど、どうなさったのですか!?」
「あのね」
「ええ」
「ご飯をください……」
「……」
しばしの沈黙。
あ、これまずいんじゃ……。
「あ、あのレイシア?ご、御免なさい、変なこと言って」
俯き、わなわなと震えるレイシア。
「ええと、レイ……」
「……ミズファ!!」
泣きながら抱きつかれます。
「レイシア?」
「……いつから食事をなさっていないのですか」
「ええと、多分昨日から?かな。」
「……こうしては居られません。さぁ、馬車に乗って下さい!」
涙を拭いながら僕の手を引くと、レイシアは急いで馬車へと駆け寄りました。