歌姫と学長室
頼んでいたハムサラダのサンドイッチが運ばれてきたのでそれを食べます。むぐむぐと食べていると、周囲からじーっと見つめられていました。皆の目が明らかに小動物を見る目です、食べづらいです。
妙な視線の中食べ終えると、エステルさんやレイシア達から様々なお話を聞かせて貰いました。
先ず、エステルさんという方ですが。
彼女は神都エウラスと呼ばれる国の第三巫女姫。他の国で言う第三王女のような立場です。
この国は特殊能力者を神の使いと定めており、特に多大な影響を及ぼせる特殊能力者は貴族と同等の待遇を受けられます。
そしてこの国は信託により、巫女姫に選ばれた女性が王様の立場に就くよう代々定められているそうです。
この国を治める巫女姫はとても不思議な人物で、歴史上例外無く特殊能力を持って生まれてきます。
その特殊能力というのは、天球へと響く独唱曲と呼ばれる「歌」です。
歌う事で及ぼす効果は代々の巫女姫や曲により様々で、エステルさんが特に評価を受けているのが広範囲を結界で覆う聖歌です。この歌はレイスの森の結界にも迫る非常に強固な物だそうで、最大範囲はベルゼナウの街を丸ごと結界に入れられるくらい、というトンデモ能力です。
その他、大人数の戦闘能力を向上させたりなど、歌を聴く事で高揚感を刺激し、身体能力に大きく働きかける事も可能だとか。
エステルさんは公子が就いていた中等部代表の任を学院から引き継がされたそうで、レイシアともよく学院行事を一緒に行っていたりします。因みに普段は腕章をつけていません。
お姫様の上に歌う、そして可愛いときたら人気が出ない訳がありません。
生徒たちの要望でひと月に一回、歌唱会を開いていて、レイシアも僕達と合流するまではかかさず聴きに出向いていたそうです。
ここまで聞かされた僕は言葉が出ません。もう女性として全てを備えたような人です。
ずっと聞いていたミルリアちゃんは怯えた猫のようです。プリシラっていう女王様と普段から生活しているので、そこまで畏まる必要は無いんですけどね。
「凄いですね、エステルさんって。僕も歌姫の美声、聴いてみたいです!」
「ふふ、有難うございます!折角ですから、次の歌唱会ミズファ様と五姫も一緒に如何ですか?」
「……え?」
一緒にってそれはつまり、一緒に歌うって事ですか?
「む、無理です!歌なんてガラじゃないと言うか、歌ったこと無いので!」
「慣れれば歌うのも気持ちのいい物ですよ。恥ずかしいのは最初だけです」
ミルリアちゃんは怯える猫から魂が抜けた猫になっています。
「エ、エステル様。私も歌には自信御座いませんので、丁重に辞退させて頂きます……」
「妾は舞なら構わぬが……歌には精通しておらぬ」
「あ、あの席の焼き菓子美味しそうだよぉ」
それぞれ断りを入れる中、エリーナは現実逃避していました。
「私エステル様と一緒に歌いたいですわ!」
ただ一人シルフィちゃんが前向きな姿勢、というか未来のアイドルが第一歩を踏んだような勢いです。
アイドルという言葉が脳裏に出てきた途端、シルフィちゃんとアビスちゃんがユニットを組んで歌う場面が脳内再生されました。
「貴女ねぇ……」
プリシラの声が頭の中に響きます。
アビスちゃんのアイドルドレスのイメージにつっこみがきたようです。
プリシラ、興味無い事には全然話しかけてこないのに、こういう時は反応早いですね。
「妙な光の下で短いスカートのアビスが踊ってるんだもの、当然でしょう! それと、大勢の人が何か光った棒を振ってる光景が怖かったわ。貴女の頭の中一体どうなっているのよ……」
そんな事を言われましても……。
元々居た世界では比較的普通の光景だと思います。たぶん……。
「乗り気なのはシルフィ様だけですか、残念です。いいです、シルフィ様と二人で歌いますから!」
頭の中でプリシラと会話していると、エステルさんがご機嫌斜めになってました。
仕方無いじゃないですか、無理なものは無理なんです!
何やらシルフィちゃんとハイタッチしているエステルさん。この二人相性良いみたいですね。
僕としては、冗談抜きでその輪にアビスちゃんを入れてあげたいんですけど。
シルフィちゃんとは見た目の年頃が近いですから、良いお友達になれそうですし。
「良いのでは無いかしら。シルフィの忙しさも落ち着いてきているようだから、私は構わないわよ。心配せずともアビスなら、直ぐに学院の人気物になれるでしょうけど」
プリシラも賛成のようです。
アビスちゃんには沢山の友達を作って欲しいですからね。
やがて昼食休憩が終わると、先生が近寄ってきました。
レイチェルさんが僕を呼んでいるので学長室に行くように、との事です。
何の用事でしょうか。僕の方なら、わざわざ英雄とかいう話題を広めてる件についてお説教の用事がありますけど。
「どうやら、ここでお開きのようですね。それではミズファ様、五姫の皆様、ウェイル様また後程に」
「はい、またです!」
エステルさんはお辞儀をすると特殊能力学科棟へと戻っていきました。
あそこにはお話しできなかった女の子と男の子もいますし、早い内に交流を持っておかないといけないですね。
「じゃあ、僕もレイチェルさんの所へいってきます。エリーナ、ツバキさん午後も頑張ってくださいね」
「ほんとはもうミズファちゃんと離れたくないんだけどねぇ……」
「妾は学長殿を無下に出来ぬ故、我慢するしかないのぅ……」
「近いうちに慰労の意味も込めて、二人の部屋に遊びに行きますから」
僕の言葉に別の何かになったように切り替わる二人。
「やっぱお仕事してる間が華だよねぇ」
「うむ、稼げるうちに稼ぐ。労働とは良きことかな」
何か、二人して悟ったような会話をしながら去っていきました。
まぁ、元気になったので良しとします。
「ミズファお姉さま、今宵は私とウェイルもディナーをご一緒できそうですの」
「ミズファ姉ちゃん、久しぶりに一緒に食べようよ!」
「あ、本当ですか!良かったです是非一緒に食べましょう。それに、二人には紹介したい子もいますから」
「紹介したい子、ですの?」
「うん、シルフィちゃんと同じくらいのかわいい子です」
「それは楽しみですの!」
「友達増えるなら僕も楽しみ!」
にこーと笑顔のシルフィちゃんとウェイル君。
あぁ、癒されます。
二人は元気に挨拶をすると、それぞれに特別に用意された午後の授業を受けにいきました。
「さて、レイシア、ミルリアちゃん、いつ戻れるかわからないので、それぞれ受ける学科に向かって下さい」
「呼び出しでは仕方ありませんね。では、私は光属性の学科棟へ参りますね」
「では……私は土属性の、学科棟へ行ってきます」
「うん、じゃあまた後で!」
二人に挨拶をすると僕は本館の二階へと上がっていきます。
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「失礼します」
学長室を数回ノックした後挨拶し、入室する僕。
中に入ると、レイチェルさんと依然見たことのある人が数人ソファに座っていました。
僕が時間の概念を発表した場所に居た、魔法具の権威の方達です。
「来たわね、ミズファ。早速だけど、貴女が作成した時計の魔法具について、各国からの返答が出たわ」
「え……随分早いですね」
「都合が良い事に、丁度アンタが学院に通いだしたメルに合わせて、さっき学院にお偉いさん方が到着したのよ」
僕の為にわざわざ学院に出向いてくれた訳なので、権威の方々にお辞儀をしつつ。
それにしても驚くほど返答が早いです。
各国の王やそれに近しい人を交えたお話ならば、一年は音信不通になると思っていたんですけど。
「今回、ミズファ君が作り出した時計と時間の概念は莫大なメリットを生む。どの国でも、最重要で進めるべき議題という認識で動いていたからね。まぁ、少しは異端という意見も出たが、メリットが余りにも大きすぎる為、直ぐに異を唱える者は居なくなり話は円滑に行われた」
一人の権威の方がそう言うと、残りの方達も頷きました。
少しとはいえ、やっぱり妙な概念だと思う人はいたんですね。
「そうでしたか。ええと、それで結果はどうなったのでしょうか」
「勿論可決された。共通認識として、時間をこの世界全土に浸透させる。各国の街には君の提唱する時計台を設置し、小型の時計も可能な限り普及しやすい環境を作る事に、満場一致で合意したよ」
「ほ、本当ですか?」
「何よ、まだ信じられないの?数メル程度経ったら、この学院が世界に先駆けて時間を導入するわよ。勿論次のメルの全学院生合同集会で告知するから」
ふふん、と威張ったポーズで語るレイチェルさん。
なんで貴女が自慢げなんですか……。
「世界情勢は大きく動くだろう。だが君が懸念していた部分も鑑みて、時間に追われるような仕事運びはしない方向で話を進めている。そして暫くの間は体調管理を優先に、徐々に時間に慣れていく旨も理解しているつもりだ」
「はい。僕はきっかけを作っただけですから、今後は各国の皆様にお任せします。あの、時計と時間の概念を評価して頂いて、有難うございました!」
僕は再度お辞儀をすると権威の皆さんが立ち上がり、拍手してくれました。
その中、レイチェルさんは腰に両手を当てて立っています。
だからなんで貴女が自慢げなんですか……。
午後からの学科もレイシアやミルリアちゃんに付き合う予定なので、僕はそこで退出しました。
扉を閉めて廊下に出た後、僕の頬が緩みます。とうとうこの世界に時間の概念が加わるんですね。
今日の夕ご飯の席で皆に伝えようと思います!




