エステルと五姫
比較的急いだお陰で、基本学科の授業はまだ始まっていませんでした。
授業中に入室するのって凄く気まずいですよね。
何故か過去にそれを経験した記憶が残っているんですが、以前の僕は何をしたんですかね……。
で、一緒に歩いているエステルさんなんですけど。
学院本館に着くまで所か、本館に入ってからもエステルさんの人気は凄いです。
大体の人からエステルさんに向けて声がかかります。流石に何かおかしい気がしてきている僕。
「ええと、確かこのクラスだったかな」
中を覗くと、教壇と黒板がある場所から扇状に、生徒が座る長机が段差を上げながら広がっています。大よそ50~60人位は座れそうな広さでした。
中の様子を伺っていた僕に気付いたのか、ミルリアちゃんが出向いてくれます。
「主様、席を確保して置きましたので……此方へどうぞ」
「うん、有難うございますミルリアちゃん」
僕を席へと誘導しようとしていたミルリアちゃんですが、直ぐに僕の隣にいるエステルさんに気づくと。
「主様……お知り合いの方、でしょうか?」
「あ、ええとですね……」
ミルリアちゃんの疑問にどう答えようか少し迷っていると、エステルさんが一歩前に出てお辞儀します。
「初めまして。私はミズファ様と同じ、特殊能力学科に在籍しているエステルと申します。どうぞ、良しなに」
「あ……ええと、私はミルリアと、申します。あの、我が主の、メイド付を、しています」
慌ててお辞儀を返しつつ自己紹介するミルリアちゃん。
「ミルリア様って確か、長きに渡って空席になっていた土姫様、ですよね?」
「あぅ……恥かしながら、称号を頂いて、います」
「ミルリア様には以前からお会いしたかったんです。とっても可愛らしいお姿で、本当に五姫は美姫と評されている通りですね。ですが、何故その土姫様がメイドをなさっているんですか?」
話すのが苦手なミルリアちゃんが涙目で僕に助けを求めていました。
「話すと長くなるので省きますけど、色々あって僕のお世話をしてくれています」
「ミズファ様は五姫を従えてレイスを倒したと言われておりますが、やはり本当だったんですね」
違います。
面倒なので否定しないでおきますけど……。
僕の考えとは裏腹に、ミルリアちゃんはまさしくその通り、と言わんばかりにコクコクと頷いていました。
「ミズファ、ミルリアさんどうなされたのですか?」
中々此方に来ない事に疑問を持ったらしいレイシアが近づいてきました。
「レイシア様、お早うございます」
「……! エ、エステル様、お早うございます!」
レイシアが驚いたようにエステルさんへ挨拶を返しています。
「レイシア、お知り合いでしたか?」
「ええ。エステル様とは学院の行事で度々ご一緒する機会が多いのです。それより、何故ミズファはエステル様とご一緒に?」
「それは私がご一緒させて欲しいとお願いしたからですよ、レイシア様」
「そ、そうでしたか。そう言えばエステル様も特殊能力者ですから、ミズファと一緒に学科棟移動をなさっていてもおかしくありませんでしたね。……ってまさかエステル様も基本学科の授業を受けるのですか?」
レイシアの問いに目をキラキラさせるエステルさん。
「勿論、授業が目的ではありません。私はミズファ様や五姫の皆様とお友達になりたくて着いてきました」
「え!?」
何故か、驚きの声を上げているレイシア。
もしかしてエステルさんが移動中に言っていた、得られるものってそういう意味だったんですか。
「いいですよ。僕で良ければお友達になりましょう」
「私も……お断りする理由は、御座いません」
「ミズファ様、ミルリア様、有難うございます!」
「あ、あの……エステル様。それは今後のご活動に支障をきたしませんか?」
僕とミルリアちゃんとは違い、何かを疑問に思っている様子のレイシア。
活動ってなんでしょう?
「あぁ、その事ですか。私だって年頃の女の子なんですよ?親しいお友達が作れない事に、もう我慢できないんです。ですので、ミズファ様や五姫のような高名な方なら、周囲にも納得して貰えると思うんです」
話が見えません……。
「あの、エステルさんとレイシアが言ってる内容がよく解らないんですけど。友達が作れないとか、僕達なら納得とかってどういう事ですか?」
「あ、ミズファはご存じありませんでしたっけ。エステル様は【歌姫】の称号を持つ、神都エウラスの巫女姫なんです。学院は上流貴族や王族の方もいらっしゃるので、交友が国同士の案件に発展しかねない為、エステル様は本国からご友人を持つ事を禁止されています」
「……え」
まさかの本物のお姫様だったんですか!?
「あ、あの僕お姫様だなんて知らなくて、ご……御免なさい」
「あわ、わわわ……」
僕とミルリアちゃんが狼狽しています。
「あ、そんなに畏まらないで下さい! 私は第三巫女姫ですから大した発言権も無いですし、学院への在籍など、比較的自由な行動が許されています。それに談笑程度でしたら何方とでも可能です」
「そんな事、いわれましてもぉ……」
「あわわわ……」
お互いの手を合わせて怯える僕とミルリアちゃん。
「もう、ミズファ様! それにミルリア様も。お願いですから普段通りに接して下さい!」
「あ、はい」
「あぅ……」
怒られました。
「改めて、このような私ですが、皆様どうかお友達になって下さい。決して皆様の枷にならぬよう努力しますから!」
「……」
友達が作れない、というのは本当に辛い事だと思います。女の子なら特にです。
僕には国に関する事は判りませんし、同情して良いものなのかも解りません。
だけど。
「ミズファ。私はミズファが決めるのでしたら何も言いません。けれど私個人としましては、お友達にして頂けるのでしたら大変名誉な事です。私もエステル様の美声に魅了された一人ですから」
「レイシア様まで特別な扱いは止めて下さい。私の歌を気に入って頂けたのは嬉しいですけど」
エステルさんは人柄もいい人みたいですし、お友達は沢山居た方が良いに決まっています。
なら、悩む事なんて無いじゃないですか。
「此方からお願いします。エステルさん、僕とお友達になってくれますか?」
「あ、あの……私も、その、お願いします」
僕とミルリアちゃんのお願いに、とっても可愛い笑顔で応えてくれるエステルさん。
「本当にありがとうございます!ようやく、私にもお友達ができました」
「エステル様、それでは私も遠慮なく、今まで以上のご交友を深めさせて頂きますね。どうぞ、宜しくお願い致します」
「此方こそ、光姫様。改めて宜しくお願いします!」
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基本学科の授業を受け終えると時間はお昼を指していました。
先生が昼食休憩を促すと、生徒達は学院本館備え付けのカフェへと向かっていきます。寮のカフェよりも食事に特化した作りになっていて、多分こういうのを学食っていうのだと思います。
そこで僕達も昼食を取る事になりました。
お昼はエリーナとツバキさんも合流しており、なんと今日はシルフィちゃんとウェイル君も一緒です。
エリーナとツバキさんが二人を連れて来てくれたのです。
「まさか、ミズファお姉様達と学院で昼食をご一緒できるなんて、夢のようですわ。そして、あの歌姫エステル様と仲良くさせて頂けるなんて、身に余る名誉ですの!」
久しぶりに会ったシルフィちゃんが嬉しそうに言います。
隣ではウェイル君が大盛りのスパゲティと格闘中です。
「風姫シルフィ様。貴女の魔力は学院の歴史上で最高と言われていて、その能力を高く評価され、過行くメルを大変忙しく過ごしているとお聞きしています。そしてそちらのウェイル様も、特例として学院に剣術指南を通わせる程の逸材で、次代の騎士団を率いるとまで噂されてますよね」
暫く会わない内に二人の評価がとんでもない事になっています。
プリシラが世界に名を轟かせる、と言っていましたがまさにその通りのようです。
「勿体ないお言葉ですわ、エステル様。ほら、ウェイルもちゃんとお礼言いなさい!」
「いいんですよ、シルフィ様。普段通りに接して下さい。堅苦しいのは私も嫌いなんです」
「解りましたわエステル様!」
その後、エステルさんに頭をなでられご満悦のシルフィちゃん。
隣ではウェイル君がおかわりしたスパゲティと格闘中です。
「ミズファちゃんがエステルちゃんと仲良くなってるのは、流石のあたしも驚いたよぉ」
昼食を三人分くらい食べ終えたエリーナが僕に抱き着きながらそう言います。
「ミズファは人を惹きつける謎の魅力を持っておるからの。一国の姫君とて例外では無いという事じゃな」
ツバキさんが食後の倭国茶を啜りつつエリーナに続きます。ていうかこのカフェ、倭国のお茶とかも置いてるんですね。
「修業されてからも後輩の為に尽力して下さるエリーナ様、ツバキ様。お二とはこうしてお話しさせて頂くのは初めてですね」
「そうだねぇ。特殊能力者自体とも中々接点無いからなぁ。皆研究棟に籠ってるから」
「ミズファの手前、妾も仲良うせねばなるまい。宜しく頼むぞ、エステル殿」
「ん、私も宜しくねぇエステルちゃん」
「有難うございます、エリーナ様、ツバキ様!」
そういえば、本当の意味で五姫が揃ってるんですね。最近は称号のような意味合いで五姫と呼ばれてますけど。
そんな姫達や僕と仲良くなりたいと言い出したエステルさん。
まだまだ解らない事も多いですし、歌姫と呼ばれる所以なんかも気になります。
それと、彼女はどんな特殊能力者なのか。
昼食休憩はまだまだあります、失礼にならない程度に色々質問してみましょうか。




