学院生活と特殊能力者
「んぅ~眠い……」
学院に通う事になった当日、現在の時間は朝の9時。
二度寝の誘惑に負けそうになりながら起きた僕は、ぼーっとベッドの近くに立っています。
程なくしてコンコンと、扉をノックする音が聞こえます。
「ふぁーい」
謎の返事を返しながら、のそのそと入口に歩いていき、扉を開けます。
「お早うございます、ミズファ!」
満面の笑みのレイシアが立っていました。
「おふぁようございますー……」
「なんですか、ミズファ。朝からだらしないですよ。基本学科はもう、生徒が通い出している頃ですからね」
「んぅ~……まだ眠いです」
「もう……。着替えのお手伝いをして差し上げますから、早く支度して下さい」
僕はレイシアから回れ右、のように体を回転させられつつ、ドレッサーまで連行されます。
「朝はメルの行く末を決める大事な時間です。朝の備えが良ければ全て上手くいくと、先人が仰っています」
そう言いながらテキパキと僕の寝間着を脱がすレイシア。
「学院初通学のメルですから、しっかり身嗜みを整えませんと」
衣装棚をじーっと見つめて、やがて黒のドレスを取って戻ってきます。
「今日は黒で統一してみましょうか。下も黒のシルクガーターで」
そう言いながらガーターを付け、僕にドレスを着せてくれます。
ちょっと僕の顔が赤らみますが、そんな事は気にも留めず着替えさせてくれるレイシア。
あっという間に着替え完了です。
「可愛いですよミズファ。さ、髪を梳かしますからドレッサーに座って下さい」
僕は言われるままドレッサーに座ると、それとほぼ同時に部屋にノックの音が響きます。
僕の代わりにレイシアが扉を開けると、ミルリアちゃんが立っていました。
「あ、あの……お早うございます、レイシア様。ええと、主様の……お着替えを、って……もうお着替え、されています……」
既に着替えているのを確認すると、ショックを受けたように僕を見つめるミルリアちゃん。
「御免なさい、ミルリアさん。あまりにミズファがたらしない様子でしたので、我慢できずに」
「はぅ、私の……楽しみ、じゃなくて、お仕事が」
今何か不穏な言葉が聞こえましたが、聞かなかった事にします。
「あの、まだ髪は梳かしておりませんので、宜しければミルリアさんが梳かして差し上げてください」
「あの、代わりに……やります!]
シュンとしていたミルリアちゃんですが、レイシアが身を引くと直ぐにやる気を出しました。
僕に近寄ってくるミルリアちゃんに若干身の危険を感じますが、まぁいつもの事なので。
「お早うございますミルリアちゃん!」
「お早う、ございます主様。あの、早速……髪を梳かしますね」
「うん、お願いします」
鏡に映るミルリアちゃんが嬉しそうに梳かしてくれているので、僕もちょっと嬉しいです。
たまに髪を頬に充ててスリスリしてますが、見なかった事にします。
程なくして身嗜みが整った僕は、二人にお礼をしつつ。
「ミルリアちゃん、アビスちゃんはどうしていますか?」
「アビス様は……カフェテラスで、プリシラ様とシズカ様が……ご一緒です」
「プリシラはすっかりお姉さんですね」
「ふふ、プリシラ様ったら、アビス様を妹にしてから、頬が緩んでいるんですよ。それがとても微笑ましくて」
昔は二人で争っていたというんですから、世の中解らないですね。
因みにシズカさんを映す古代魔法具はプリシラが所持しています。
「じゃあ軽くカフェテラスで軽食を取ってから学院に向かいましょう」
「ええ。いよいよ……ミズファとの学院生活が始まるんですね。私……このメルをいつも夢に見ていたのです。ようやくその夢が叶いました」
本当に嬉しそうな笑顔で言うレイシア。
レイシアのお屋敷の研究棟で僕を誘ってくれたのが始まりでしたが、あの日からずっと、僕を待ち続けてくれていたんですよね。なんだか僕も感慨深いです。
カフェテラスでプリシラ達に挨拶をしつつ、食事をとって僕とレイシア、ミルリアちゃんは学院に向かいます。エリーナとツバキさんは相変わらず先生の仕事で別行動です。
プリシラはアビスちゃんが学院に通える許可が下りたら一緒に学院に来るそうです。
アビスちゃんは明日から僕の部屋への出入りが出来るようになりますし、一緒にいられる時間が増えます。シズカさんはアビスちゃんの通学許可と合わせて復活予定なんですけど、それまでに僕の魔力が全快しないかもしれません。
現在、僕はおバカな事をして減らした魔力を最大まで回復させている所だったりします……。
おバカな事、というのは。
以前試した即死魔法を再度使ってみたんです。すると、一応は成功しました。王都近くの街道にいたワイルドウルフ一匹に使用してみた所、コロンとひっくり返って死にました。多分心臓麻痺か何かです。
その後、僕もコロンとひっくり返って全魔力消費して意識を失いました。同伴していたミルリアちゃんがいなかったらやばかったです。
今なら即死魔法を使っても魔力を全部消費する事は無いと勝手に思い込んで、ドヤ顔で魔法を使いました。
ほんと僕、おバカ丸出しです……。
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「それではミズファ、また後で。出席を取りましたら、基本学科のある本館で私とミルリアちゃんは待っていますね」
「了解です、すぐに行きますね!」
「それでは我が主……後ほど」
僕達はそれぞれ目的の学科棟へと別れていきます。
先ずは出席を取る為、特殊能力学科兼、特殊能力者研究棟のある建物に向かう僕。
場所は見てすぐ解る場所にあります。
広大な敷地が広がる学院内で学科毎に建物が分かれてますけど、特殊能力学科のある建物だけは、一般学生寮のお屋敷みたいな作りで、とにかく目立ちます。
そしてその近くに特殊能力者が研究で使用している、これまた目立つ円柱型の塔が建てられているので、迷わず見つけられる訳です。窓を取り付けたら、元居た世界にあるビルのように見えるかもしれません。
特殊能力学科のお屋敷へと入ると中もやっぱり貴族のお屋敷みたいな作りでした。
キョロキョロと辺りを見回しつつ、出席は何処で取るんだろうと悩んでいた所、唐突に声がかかります。
「おや、君か? レイチェル学長の言っていた、レイスを倒した英雄というのは」
声がする方を向くと30代位の男の人が立っています。スポーツ刈りのような髪型で茶色の魔術師ローブを着ています。そこまではいいのですが……どう見てもマッチョの筋肉の塊です。なんでこんな体で魔術師ローブなんだろう……。
「ええと、はい……」
隠しても無駄なので正直に答えます。
学長さんには後でお話があります、お説教です。
「長くここで先生として働いているが、あの決戦のメルの夜は僕も驚いた物だ。あんな光の玉を見せられたら、驚かない人物など一人もいないだろう」
はっはっはっ、と笑う先生。
「そういえば挨拶がまだだったね。僕はこの特殊能力学科棟の責任者兼先生をしている、【コリンス】と言う。君は確か……」
「あ、僕はミズファと言います、宜しくお願いします」
ペコリ、とお辞儀する僕。
「そうそう、ミズファ君だったね。ま、取り合えず着いてきたまえ。この学科の皆を紹介しよう」
「あ、はい!」
歩き出す先生に着いていくと、応接室のような部屋へと通されました。中を見るとふかふかそうなソファと豪華な机が部屋の三か所にセットで置いてあり、部屋の一面は赤の絨毯が敷かれています。
そして、部屋の中心には場違いのように、移動式の黒板が置かれていました。
部屋の中には7人程学生らしき男女が見受けられます。
女性が五人、男性が二人のようです。
部屋に入った先生が手をパンパンと鳴らすと。
「皆、注目! 前にレイスを倒した英雄が入学してくると話したが、この子がそうだ。さ、皆に名乗ってやってくれ」
「あ、はい。ええと、ミズファと言います。修業までの7クオルと言う短い間ですが、どうぞ宜しくお願いします」
ペコリ、とお辞儀をする僕。
ここまで無言なのが凄く不安でしたが、間を置いてから部屋に歓声が起こりました。
すると、もの凄い速さで詰め寄ってきた男の子が興奮気味に話しかけてきます。
「君があの光の玉を作った英雄か! 一体あれはどういう原理なんだ! いや、そもそもあれは魔法なのか!? それに君は時間という概念を作ったようだがその発想は何処から来たんだ!」
男の子は茶髪で学院が公式的に採用している学院服を着ています。ブレザーと騎士のような服装を合わせた、中々かっこいい服装です。
そこを制するように次は女の子が話しかけてきます。
此方はレースが沢山ついた赤のドレスを着ていて、金髪の髪型をゆるめにウェーブさせています。
「ちょっと、初めて会う方に質問攻めなんて失礼よ。ミズファ様、こんな恥知らずは放っておいて、女性陣の輪へどうぞ」
「お、おい待ちたまえ!」
見た所、二人とも美男美女に相応しいそれなりの顔立ちです。
今まで姫達の様な美少女に囲まれ過ぎていて感覚が狂ってしまっているのか、「それなりの」、とか考えてしまいました。
「あ、あの説明は後で必ずしますから」
僕は笑って答えると、男の子が赤面しながらコクリ、と頷きました。
ちょっと可愛い反応です。
僕は女の子に手を引かれて連れていかれると、女性陣に占拠されたソファへと促されました。
先に座っていた残りの四名の女の子も、皆可愛らしい子達です。
「おいおい人数が少ないんだから、男女仲良くしてくれよ、【エステル】」
「承知しています先生。けど、まだ入学したばかりのミズファ様に一方的に質問攻めなんて、失礼です」
ジトっと先ほどの男の子に冷たい視線を向けるエステルさん。
「君は同じ特殊能力者として気にならないのか! あんな極大な光の玉は過去の歴史を紐解いても存在しないんだぞ!」
「当然気になりますが、【クリス】君は先ず、段取りという物を覚えた方が宜しいのでは?」
「ぐぬ……」
エステルさんと、クリス君と呼ばれたこの二人、余り仲良くない感じですね。
離れたソファに座っている、もう一人の男の子は倭国の人っぽいです。彼もクリス君と同じ学院服です。本を読んでおり、たまに此方を見ています。僕に興味はあるようですけど、余り積極的では無いみたいです。
その後、先生が出席を取ると直ぐにその場はお開きになりました。
クリス君が光の玉についてどうしても教えてほしかったようなので、説明すると。
当然のように「あり得ない!」と言われました。まぁ、その反応は予想してましたが。
もう少し皆とお話ししたい気持ちはあるんですが、レイシアとミルリアちゃんを待たせているので、直ぐにその場を抜けてきました。付き合い悪くて御免なさい……。
基本学科を受ける為本館へと歩いていると、誰かが着いてきています。
振り向くとエステルさんでした。
「あれ、エステルさんも本館に用事ですか?」
「ええと、ミズファ様がどんな研究をされているのか気になって。何故基本学科のある方へ向かわれているんですか?」
「あ、ちゃんと説明していませんでしたね。僕もそこで授業を受けるつもりなんです」
「え? 特殊能力者でしたらまったく必要ない知識では」
うーん、そっか。やっぱり僕の行動おかしいんですね。まぁ、隠しても仕方ないですし、正直に話しましょう。
「僕は修業という実感を得るために授業を受けたいだけです。それと、知り合いを基本学科で待たせているんです」
「まさか、ミズファ様のお知り合いとは、五姫ですか?」
「あ、うんそうです」
「あの、私もご一緒してもいいでしょうか!」
「え?」
僕としては別に断る理由は無いんですが、エステルさん必要の無い授業を受けて時間を無駄にしてしまうんじゃないでしょうか。
「構いませんけど、本当に授業を受けるんですか?」
「授業よりも得られる物がありそうですのでお構いなく!」
「はぁ、じゃあ行きましょうか」
何か興奮しているエステルさんを連れて基本学科へと向かう僕。
途中、学科棟を移動している学生から「エステル様ー!」と黄色い声がかかり、周囲に寄って来たりしています。エステルさんは気さくに周囲へ挨拶を返しながら歩いていました。
この人気ぶりを見ていると、特殊能力者は伊達じゃ無いようですね。人柄もいいみたいですし。
何故か僕にも黄色い声援がかかりますが、「かわいいー!」という理由のようです。
恥ずかしくなって俯きながら歩く僕なのでした。




