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学院への入学

「アビス、これからは私をお姉様と呼びなさい」

「う?」


 時計は午後15時を指す頃。学院寮のカフェテラスでティータイムを楽しんでいると、唐突にプリシラがそう言いました。


「貴女のお姉さんになってあげるわ」

「おねーさんー?」

「そうよ。これから長い付き合いになりそうだし、貴女の力も何かと便利だから。もう国家指定級同士で争う必要は無いわ。ずっと傍にいなさい」

「うん、わかった!ぷりしらねーさま!」

「はぅ!」


 プリシラが胸を抑えてうずくまっています。アビスちゃんの言葉がクリティカルヒットした模様です。

 ミルリアちゃんは何故か恍惚な表情でそんな二人を見ています。


 プリシラがなんでこんな事を言い出したのかは解りませんけど、多分今朝の僕とシズカさんの会話を聞いていたのでしょう。アビスちゃんが辛い別れを経験している事が、シズカさんを失っていた時期のあるプリシラにとって、痛い程その気持ちが解るからだと思います。


 そんな午後のひと時ですが。

 今この場にいるのは僕、プリシラ、シズカさん、ミルリアちゃん、アビスちゃんだけです。

 レイシアは学院側のお茶会、エリーナとツバキさんはレイチェルさんの要請で、特別授業の先生をさせられています。


 僕は、更に小型化させた時計を見つつ。


「エリーナとツバキさんはそろそろ授業終る頃ですね。レイシアは学院側主催のお茶会に出席中なので、今日はこっちに来れなさそうですけど」


 エリーナとツバキさんの授業は希望者のみが受けられるのですが、炎姫と氷姫だという事は当然知れ渡っており、二人の可愛さも相まって、授業を行う教室は満員御礼になっているそうです。座席の後ろで立ちながら授業を受ける貴族のお嬢様達までいるらしく、付き人が学院側に席を用意しろと怒鳴りつけるトラブルまで出ていました。それくらい二人の授業は大人気なのです。


「いいですねぇ、学院生活。私も高校をちゃんと卒業したかったです」


 シズカさんが頬に手を当て、昔を懐かしいでいました。

 因みに、シズカさんを映す古代魔法具は僕が持っています。時計のようにちょっとの魔力を送り込めば古代魔法具は映す対象を認識し続けるので、事実上、シズカさんは常に自由に動き回れます。


「シズカさんも学院に入りますか?」

「私もですか?」

「プリシラもミルリアちゃんも学院生活に割と前向きですし、僕だって過去に卒業をしたのは小学校までです。折角ですから、一緒に卒業しましょう!」

「ふふ、そうですね。では生き返れたら学院のお世話になりましょうか」


 俄然、蘇生魔法の完成に向けてやる気が出てきます。


「みーずーふぁーちゃんー」


 声がした方へ振り向くと、完全に気力が無くなったエリーナがいました。


「エリーナ、お帰りなさい!」


 エリーナは席につかず、僕の後ろから抱き着いてきます。


「あー……疲れた心が癒されていくよぉー」

「いつもなら、戯けた炎姫に文句の一つも言うておる所じゃが……流石の妾もくたびれて、そんな気すらおきぬ」


 ちょっと遅れてツバキさんもやってきました。

 いつもならエリーナをチョップで撃退する所ですが、疲れているのが解かっているので今はされるがままです。


「ツバキさんもお疲れ様です! 二人とも相当参ってるみたいですね」

「そうなんだよぉ、聞いてよミズファちゃんー学長が人使い荒いんだよぉー……って隣になんかいるよ!?」


 エリーナがニコニコしながら様子を見ていたシズカさんに気付きました。

 シズカさんは席を立つとお辞儀をして。


「初めまして、ニジョウ・シズカです。ええと、職業はミズファさんに憑りつくお仕事をしています」


 そんなお仕事はありません。


「ニジョウ・シズカと申したか?」

「はい、そうです」

「ミズファが助けたいと言うておった名前がシズカと言う人物じゃったがまさか、本当に伝記の……か?」

「あ、読んでくださったんですね。有難うございます」

「同名の別人だと思うておったのじゃが……最早、驚きを飛び越えて妙な笑いしかでぬわ……」


 伝記の所持者であるツバキさんにとっては、それはもう言葉に言い表せないでしょうね。

 三百年も前に書かれた本の著者本人が目の前にいるんですから。


「この人が伝記の人だったんだねぇ。凄い美人さんだよぉ」

「私からだとエリーナさんが美人に見えますよ」

「え、照れちゃうなぁ。なんか同じ黒髪だし、他人な感じがしないよぉ」

「実際に会うのは初めてですけど、ずっと一緒に過ごしていましたからね」


 僕の中でエリーナをずっと見ていた訳ですからね。

 エリーナが僕の大事な時期を支えてくれた事も、シズカさんなら知っています。


「一緒に過ごしてた事についてはよく解んないけど、これから宜しくねぇ」

「はい、よろしくお願いします」

「伝記の御仁よ、妾も仲良うさせて貰っても構わんかの?」

「勿論ですよ、現在の氷姫、ツバキさん」


 そっか、三百年前も姫達っていたんですよね。

 常に称号は受け継がれていたんだと思うと、歴史を感じます。


 あ、因みにシズカさんはミルリアちゃんとアビスちゃんにはもう自己紹介は済ませてあります。

 シズカさんにとって、アビスちゃんはキョウカさんが生きていた証とも言えます。自己紹介後、アビスちゃんを撫でる仕草が凄く印象に残っています。


「主様、そろそろ……レイチェル様とお会いになる、時間です」


 ミルリアちゃんが秘書のごとく僕に時間を告げてくれます。


「あ、うん了解です!じゃあ、ちょっと行ってきます。夜ご飯はいつもの時間に皆で食べましょうね。少しの間アビスちゃんをお願いします」

「ええ、妹の面倒を見るのは姉の勤めよ。気にせず行ってらっしゃい」

「私にとってもアビスちゃんは大切な子ですからね。お願いされました」

「暫くここで甘いもの食べてるから大丈夫だよぉ」

「うむ。海龍は聞き分けよい子じゃからの。疲れておっても、なんら子守に支障は無い。行ってくるがよい」


 席を立つ僕とミルリアちゃんに合わせて、アビスちゃんも席を立ち近づいてきます。


「みずふぁ、みるりあ直ぐ帰ってくる?」

「うん、帰ったら一緒にご飯にしましょうね」

「うん!」


 アビスちゃんの頭をなでると、僕とミルリアちゃんはカフェテラスを出て学長室へと向かいます。

 正式に学院に入学する旨を伝える為です。

 レイシアとの約束でしたし、彼女には沢山の御恩があります。最初は乗り気じゃなかったですけど、レイシアが笑顔で傍に居てくれるなら、入学する事に意味があります。


 それとは別に。

 レイチェルさんには聞きたい事があったので、それも兼ねて。


 -------------


「細かい手続きはこっちでして置くから、二人は次のメルから早速指定した教室に通って」


 学長室を訪れた僕とミルリアちゃんは入学を承諾する旨を伝えた所、相変わらず淡々とそれに応えるレイチェルさん。学長専用の大きな机の上にある書類に目を通しながら、「後は……」と付け加えつつ。


「ミルリアは基本学科を受ける際はレイシアと同じ教室に行きなさい。知り合いは多い方がいいでしょ?土属性学科は特待生クラスになるから。お金の事は一切気にするんじゃないわよ」

「学長、様……ご厚意、感謝いたします」

「何言ってんの、呼んだのは私なんだから当然でしょ。あと、アンタが土姫なのは周知されてるから、貴族の令嬢から羨望受けて囲まれたり、男共から付き合い前提で近づかれたり、求婚食らったりするだろうけど、上手くやんなさいよ」

「ええ……」


 ミルリアちゃんが凄く嫌そうな顔をしました。僕も嫌です。


「仕方ないでしょアンタ可愛いし。何より、王都が学院に姫が揃ってるって国外にまで自慢してんのよ。もうひっきりなしに学院に問い合わせと入学希望が後を絶たなくて大忙しよ」


 眉間に指を当てながら「まったく……」と呟くレイチェルさん。学長さんなりに苦労してるんですね。


「で、ミズファ、アンタは特殊能力者クラスね。学院には数えるほどしか在学していない超エリートよ。とはいえ、クラスがあるって言っても基本特殊能力者の顔合わせ程度で何かを学ぶ訳じゃない。まぁ、お互いの交流と情報交換の場って所ね。特殊能力者は指定学科を受ける義務は無く、自分の意志で必要な物だけを選択して受けなさい、分かった?」

「え、それって僕通う必要なくないですか?」

「まぁ、世間的に学院の名を売る為に在籍して貰ってる面が大きいのは確かだから。その代わり学院側はアンタたち特殊能力者が必要だと思う物を提供するって訳。あと特殊能力者クラスで出席は取るからちゃんと顔は出しなさいよ」


 まぁ、僕の場合本当に魔法を学ぶ必要が無いので、自由に出来るのは助かります。

 そういえば公子も以前は特殊能力者クラスだったんでしょうか。まぁ、レイチェルさんの機嫌を損ねるので、余計な事は黙っておきます。


「大体は解りました。レイシアと一緒になるのは光属性学科ですか?」

「そうね、レイシアは比較的様々な属性学科に顔を出すから、彼女に付き合うなら授業中暇でしょうけど我慢しなさいよ。あぁ、それと特殊能力者には研究棟の一室を与えられるから、好きに使いなさい。必要な物があれば学院に申請して」

「あ、解りました」


 レイシアの為に学院に通うので、可能な限り彼女と一緒に行動したいですからね。それに、卒業という実感を得る為にも授業はちゃんと受けます。


「レイチェルさん、シズカさんの件ですけど」

「ん、彼女については知ってる。アンタが蘇生に成功したら特殊能力者クラスに通って貰うわ。後プリシラさんは誤認させて勝手にやるでしょうから、此方は特に何かする事はないから」

「はい」


どこまでか誤認能力悪用になるのかなぁ……。まぁあんな金髪美少女が学院に通って困る人なんていないでしょうけどね。


「できれば蘇生と合成魔法なんかを本に纏めといてくれると私としては大助かりなんだけど。てか、それって本来アンタがすべき事だからね」

「んー……まぁ気が向いたらという事で」

「はぁ……まぁいいわ。じゃあ二人とも、修業認定までの約7クオルの間、在籍頼んだわよ」


 僕とミルリアちゃんはそれに頷きます。

 その後、僕はミルリアちゃんを先に帰し、レイチェルさんにとある件について質問すると、凄く嫌な顔をされました。

 けれど、それは僕にとって必要な事だったので無理を押して答えて貰いました。

 程なく満足いく答えを貰うと、僕はお礼を言って退出します。

 これについてはまだ僕の内に留めて置きます。必要になったら、皆に打ち明けたいと思います。


 さて、学院に暫く通う事になりますが、正直に言えば霊峰に行ってみたい気持ちもあります。

 けどシズカさんからはプリシラと同じく、僕は人生を謳歌すべきだと、学院生活を優先するようにと言われてます。

 なら、その好意に甘えようかと思います。学院には行こうと思っていた図書館もありますし、得られる物は沢山ある筈です。数か月だけですし、その間はレイシアに付き合ってあげたいですからね。


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