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古代魔法具

【青の間】


「学長殿の特殊能力は久方ぶりに見るが、相も変わらず凶悪じゃな」

「褒めたって何も出ないからね!」


 腕を組みながらそっぽを向いとる学長殿。

 その様子は気高さがある、というよりは子供が大人ぶっておるように見える。

 なんぞと考えておると、学長殿は勘が鋭い故、直ぐに妾を睨みつけてきよった、おお怖いのぅ。

 そんな折、先ほどの戦いを思い返す妾。結局、妾は何もせずして終わりよった。


 学長殿は自らの姿見と相対すると、数分で業を煮やしおった。気の短い御仁じゃの。その後直ぐに妾を呼びつけ、血を寄越せと言うてきた。その意味を直ぐに理解したのじゃが、妾としてはもう少しの間、姿見の妾と一戦交えてみたかったの。


 学長殿は魔王と同一の存在故、血を吸収する事で、己が力に変える性質を持っておる。


「ほれ、妾の極上の血じゃ。堪能するがよい」

「ほんとは吸いたくないんだけど、さっさと終わらせる為仕方なくやるんだから、悪く思わないでよ?」

「思うておらん。さっさと吸わんか」


 学長殿は渋々といった風に、妾の首筋に口をつける。

 直ぐに全身を快楽に似た気持ちに支配され、声が出そうになる。

 妾は自分の指を口に加え、声を我慢したのじゃが……駄目じゃった。


「あっ……はぁ……んっ……あぁん」

「ちょっと! そんなに喘がないでよ恥ずかしいじゃない!!」

「ふざけた事……言うでないわ! あ、ん……わ、妾とて羞恥にどうにかなりそうじゃ!」


 まったく。

 心地よくて声が出るのを止められぬのじゃ、仕方なかろう!


「もういいわよ。ほんと、アンタの血は極上だから死ぬまで吸い続けたくなるわ」

「はふ……。 それは……ご遠慮願おう、かの」


 まだ吸血の余韻が覚めぬ妾には余り話す余裕がない。

 そんな妾を他所に、学長殿は悪態をつく。


「さて。じゃあさっさと終わらせましょ。いい加減そのでくの坊を見てると吐き気がするわ」


 そして学長殿は特殊能力を発動させる。


「全てを飲み込む力場に消えなさい!重力吸収(グラビティホール)!」


 姿見の近距離に人のこぶしと同程度の「黒い点」が出現した。

 姿見も能力を真似るが遅い、妾の姿見もろとも「黒い点」に吸い込まれて消えよった。

 学長殿が言うには、あの点の内側にすべてを吸い込む大きな力があるらしい。この能力には妾でも理解が及ばぬ。点に近づけば、成すすべなく体が棒になり吸い込まれる凶悪な能力じゃ。代わりに、妾のような極上の血が無ければ扱えぬらしいがの。


 吸収した血は何も、魔王のような能力にしか使えぬ訳ではないらしく、如何様にも用途があるそうじゃ。学長殿は元々れっきとした人間であり、その頃の能力を主に使用しておる。

 こんな不可解な力で魔法系統の学長をしておるのじゃから、学院過程を修業した今の妾でも訳が分からぬ。


「さて、戻るわよツバキ。ま、久しぶりの能力使ったし、肩慣らしにはなったかしら」


 背伸びをしながら学長殿は来た道へと戻っていく。

 妾は血をくれてやるだけであったので、幾分か不満があるがの。


 -----------------


 皆が扉の奥へと向かってから一時間位でしょうか。

 眠りから覚めてぼーっとしている僕。

 まだ眠いので目を閉じて二度寝します。


「みずふぁ、かわいいー」

「んぅー……」


 何か頬をつんつんされているような感覚があります。

 まだ僕は寝ていたいので反対側に体をむけます。

 すると、今度は僕の胸に顔をうずめて添い寝しつつ「えへへ」という声が聞こえてきます。

 でも眠いので放置です。


「みずふぁといると落ち着く。キョウカとおんなじ」


 アビスちゃんがご機嫌なので、僕はされるがままなのです。


「アビス様、ただいま帰りました」

「れいしあ、お帰りなさい」

「ミズファは睡眠中なのですね」

「うん!」


 二度寝を決め込もうと思いましたがレイシア達が戻ってきたようです。

 アビスちゃんも離れたので起きた方がいいかな、と思った所。

 仄かに甘い女の子の香りが目の前に広がります。というか、抱きつかれてます。

 あと、背中に柔らかい感触があります。エリーナで間違い無いでしょう。僕は挟み撃ちにされました。


「ふふ、ミズファの寝顔可愛いです」

「むー私も正面がいいよぉ!」

「順番です、もうしばしお待ちください」

「むー早くねぇ」


 レイシアが僕の胸に顔をうずめてスリスリしていました。セクハラです。

 アビスちゃんは許されますが、レイシアは駄目です。


「ていっ」

「あぅ!」


 僕は軽くレイシアの頭にチョップして目を開けます。


「痛いですミズファ……」

「何してるんですか、もう」

「えーまだ私の番回ってきて無いのに起きちゃったよぉ! ……かくなる上は」


 エリーナが無理やり僕の体を正面に向け、上に覆いかぶさるようにしています。


「もう我慢できないからこのまま、あぅ!」


 最後まで喋る前に、頭にダブルチョップを見舞ってエリーナを黙らせました。


「何をしているのかしら、貴女達……」


 プリシラ組も戻ってきたようです。


「我が主がピンチ、だったようです。エリーナ様を……排除しますか?」

「ミルリアちゃんまで酷いよぉ。今回はレイシアちゃんの方があたしより美味しい事してるのにぃ……」


 黙らせなかったら何を言おうとしてたのか怪しい人が責任逃れをしています。


「アンタら、そういうのは学院戻ってからにしなさいよね!」


 レイチェルさん達も戻ったようです。ていうか、神聖な学び舎で何をさせようとしてるんですか!


「セクハラ魔さん達はさておき。皆お帰りなさい!」


 僕の切り捨て発言にレイシアとエリーナが崩れ落ちています。


「私の方は余裕だったわよ。ミルリアのお陰でね」

「まぁ、こっちも問題なかったわ。ツバキが居たから瞬殺よ」


 ミルリアちゃんとツバキさんが頬を赤らめてもじもじしてますが、何があったんでしょう。


「レイシアとエリーナはどうだったんですか?」

「此方は、私が講師の足を引っ張る形でした。講師だけで戦った方が良かったかもしれませんが、やはり、自分を超えられるかどうかを試さずにはいられませんでしたから」

「自分を超える?」


 レイシアの言葉に疑問をもつ僕ですが、エリーナが補足してくれます。


「あたし達とまったく同じ姿をした偽物が扉の先にある鏡から出てきたんだよぉ」

「ええ。此方も同じだったわ。不愉快極まる相手だったわね」

「プリシラさんに同意ね。次見たらこのダンジョンごと無に還すから!」


 自分の偽物、ちょっと見てみたかったです。皆が言うには、力量とか動作とか全部一緒だったそうです。それ、仮に僕が扉に向かうことになってたら、かなり不味い状況になってたんじゃ……。


「で、どうするのじゃ。どうやら次に進めるようじゃぞ」


 ツバキさんの見ている方向に目を向けると、三つの台座の中央に魔法陣が出現しています。


「直ぐに行きましょう。多分、目的の物はこの先にある気がします」


 久しぶりに直感が働きました。間違いないでしょう。僕の求めた物はこの魔方陣の先にあります。


 ----------------


 僕達は魔法陣で転移すると。

 何か宝物庫のように、沢山の魔法具のような物が乱雑に周囲に積み重なっている部屋へと移動しました。

 最初は宝の山だーって僕は喜びそうになったんですが、何に使うか、どんな事が起きるか解らない古代魔法具はただの危険物でしかありません。


 部屋は長方形のように奥行きがあり、古代魔法具は通路の脇に積み重なっています。

 先に進むと徐々に乱雑さが消え、台座の上に飾られている魔法具のよう物などが出てきました。

 この部屋にある謎のアイテム群は、僕たちの知る魔法具とはまるで違う為、「ような物」としています。


「何に使うんだろうねぇ。このよく解かんない置物」


 エリーナが台座に飾られている品々を見ていきながら、不思議そうにしています。


「エリーナ、触っちゃ駄目だからね! 下手に触って動作させると面倒よ」

「ん、流石にそれ位は解ってるよぉ」


 極端ですけど、古代魔法具に触っただけで周囲の人が突然死んだりとか、そういう突拍子もない出来事が起きる危険性があるんです。

 どういう技術で作られて、何を目的として量産したんでしょうか。

 というか、なんで古代魔法具を半ば封印したような形で、海底神殿の奥に押し込めてあるんでしょうか。


「技術については私にすら解らないわね。ただ、目的については大体解るわ」


 それは何ですか?


「世界支配の為よ。争いはるか昔から絶えず起きていた。けれど恐らく、何かの節目に危険性のある古代魔法具を各地のダンジョンに封印したのではないかしら。平和な世界を夢見てね」


 頭に語りかけてくるレイシアの説に僕も考えてみます。

 危険な古代魔法具を使って争っていたら、統治する世界その物が無くなってしまいかねないでしょう。

 誰もいない世界を支配して何になります?それに気づいた古代人達は争いをやめ、危険物を封印したのでは。


 僕はこの世界の歴史に詳しくありませんが、史実では突然平和になったような時期があるようです。

 なので、割と封印説はあり得るのではと思います。


「ねぇみずふぁ。探してるものってここにあるの?」


 僕と手を繋いで歩いていたアビスちゃんが見上げながら聞いてきます。


「うん、間違いないです。この何処かに目的の物があります」


 けど、この膨大な古代魔法具の中の何処にあるのか。そもそも、投影機の魔法具がどんな形をしているかも解りません。


「わたし、多分見つけられるよ?どんな物なの?」

「え、本当ですか?」


 アビスちゃんの話を聞くと、鑑定と察知魔法を合わせたような特殊能力を持っていました。

 能力範囲も広いようで、停止した魔法陣の場所もそれで見つけてくれたそうです。

 アビスちゃんの頭をなでながら、改めてお礼を言うと、僕は「魂を映し出し会話が出来る魔法具」、という物を探してほしいとアビスちゃんに説明します。


「うん、わかった!」


 そういうとアビスちゃんは目を瞑り俯きました。どうやら意識を集中しているようです。

 数分の沈黙ののち顔を上げると、奥へと駆けていきます。

 僕たちはアビスちゃんを追うと、高級そうな魔法具が飾られている小部屋へと着きました。

 部屋の中は飾り棚が段差のように積み重なっており、棚その物が全て金で出来ているようです。

 金の棚に飾られている古代魔法具の一つを、アビスちゃんがジーっと見つめており、やがて手に取ると僕の所へ持ってきました。


「これだと思う」


 アビスちゃんから差し出された古代魔法具を見た僕は、驚きました。


「携帯……?」


 いえ、僕がいた世界で普及し始めていた「スマホ」です。もと居た世界の物と同じではありませんが、形状は似ています。

 なんで遥か昔にこんな物が……と僕は一瞬思いましたが、考えを改めました。

 シズカさんは僕より300年前の世界に転移させられています。なら、もっと前に転移させられた人がいても不思議ではありません。


 だとしても、これでどうやってシズカさんと会話をするのでしょうか。


「なんかね、このまほーぐの前にみずふぁが立つと、ぴかーって光って、魂が出てくるみたい」


 僕が疑問に思ったタイミングで、アビスちゃんが鑑定の能力で説明してくれました。

 もしかして、古代人と転移した人の合作?だとしても脅威すぎる技術です。

 確かに、携帯やスマホは「会話する」事もできますし、「映す」事ができます。


 これで古代人が連絡を取り合っていたなら、なんというか、もうどっちが異世界だか解んないですね。


「ミズファ。見つかったのね?」


 プリシラが直接聞いてきました。


「うん、間違いないです。僕もこの古代魔法具で合っていると思います」

「そう」


 プリシラは目をつむって感慨深そうに顔を上げています。

 そして、間を置いてから。


「さぁ、帰りましょう。その古代魔法具については帰還後、落ち着いてからにしましょう」

「うん、プリシラが言うなら僕はいいですよ。皆、帰りましょう!」


 皆が頷き、来た道を引き返してゆきます。


「みずふぁ……わたしも……う……」


 悲しそうに僕を見上げ、言葉を詰まらせるアビスちゃん。

 僕は優しく頭をなでてあげます。


「アビスちゃん、僕と一緒に来てくれませんか?そして、僕の傍にずっと居てください」

「……うん!!」


 凄く嬉しそうに僕に抱き着くアビスちゃん。僕の真意を確かめるという目的は、もう達成されているようでした。

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