信頼
左側の扉の先は一本道の通路が暫く続き、僕達はやがて約25m四方の部屋へと着きます。
部屋の中央には赤、青、白の色違いの石の台座が三つあり、四角の形をしています。その台座の上には小さな魔方陣が描かれています。
そして部屋の三方に扉が一つずつあり、合計するとまた3つありますが、魔法陣らしき物はありません。その代わり台座と同じ色がついています。
先ずは僕が台座の魔法陣に触ってみると。
「反応が無いですね。今回も唐突な転移はしないみたいです」
見た所、また魔力を込めるタイプのようです。
んー……何をするにも魔力ですか。入口の時点で解っていた事ではあるんですけど。
「魔法陣区域を突破してから、魔術師居ないと先に進めないですよね、これ?」
「最低でも明かりになる物も必要だし、長時間探索する事を考えるなら、ライトウィスプを持つ魔術師が必須になるわね。何れにしても、魔術師が居ないとまともな攻略が出来ないのは、何処のダンジョンも同じよ。特に回復魔法を使う魔術師の有無ね」
僕達余り怪我をしないので、回復魔法には数度しかお世話になった事がありません。
ちょっとの切り傷とかスリ傷程度に魔力を使うような事もないですしね。
「この中で回復魔法が使える人はエリーナとついでに僕かな?回復魔法を使える人って、やっぱり冒険者のような人達には必要なんですね」
「ええ、モンスターと戦う必要のある方々は生傷が絶えませんもの。怪我を治せる魔術師は大変貴重で、冒険者の方々の中では引く手数多と聞いております。上級になりますと、複数人を一瞬で重症から万全の状態に戻す事も可能なのだそうです。ただし、その分攻撃系の属性は殆ど扱えず、回復魔法を使う魔術師は身を守るすべが大分限られています。つまり、炎属性の姫であり、優れた回復魔法を使う講師がどれ程の才女であるかは、ご説明不要ですね」
僕の魔法の先生であり、僕が強くなる為の土台となる、大事な時期を支えてくれた人はやっぱり凄い人です。そんなエリーナはいつも変な人だけど、それは周囲から特別に見られるのを嫌うからです。でもやっぱり変な人だけど。
「急にあたしを褒める場面になってて照れるんだけどぉ……」
「エリーナはこれで黙っていればお淑やかな黒髪美少女なのに」
「えぇ、ミズファちゃん、そんな……あたしもっと照れちゃうよぉ」
間違って口に出して喋ってしまいました。
まぁ、エリーナなので別にいいですね。
僕に抱き着こうとしているエリーナにチョップを食らわせながら、台座を見ると。
いつの間にか、魔法陣に各台座と同じ色がついていて、点滅しています。更に驚いたのは、その点滅と同時に、僕とアビスちゃんを除く全員の右手の甲が台座と同じ色でぼんやりと発光していました。
「成程ね……そう言う事か」
レイチェルさんは自分の手と魔法陣の点滅を見てようやく理解した、といった感じです。
「皆、聞いて。最初の転移魔法陣区域に、停止していた魔法陣があったの覚えてるでしょ?どうもあれが今回の仕掛けに関与してるみたいね」
「成程ね、貴女が言いたい事が解ったわレイチェル。自分の手の色と同じ魔法陣に魔力を注げ、と言うのでしょう?」
「そうよ。そして気になるのは、その色毎に開く筈の扉を開ける場合、いくつ開けるのか。或いは停止していた魔法陣みたいに同じタイミングで魔力を込めて、一斉に開ける必要があるのか、ね」
ここで皆が考え出します。ミスをすれば命に関わるので慎重です。
そしてしばらく考察を重ねていると、最初に決心したのはツバキさんでした。
「学長殿、恐らく全ての扉に意味があると妾は思うとる。この手の光はなんぞ、越えねばならん試練に思えてならぬ。故に、一斉に魔力を込める方を推すのじゃ」
「ツバキ様に同意、です。私に異論、ございません」
「不思議と、私もツバキさんと同じ気持ちでおりました。次に進む為には、全ての扉に意味がある、と」
「最近みんな意見が合うねぇ。あたしも同じ気持ちだよぉ。それに……そろそろ愛娘にいい所を見せる頃合いだからね」
皆、扉の先に超えるべき何かが「いる」と感じているようです。
エリーナの顔から緩さが消え、本気モードに入りました。
「って皆言ってるけど、私達もそれでいい?プリシラさん」
「構わないわ。なんなら……その試練とやら、全ての扉を私一人で叩き潰してきてもいいのよ?」
「ちょっと、私の分取らないでよ!たまには体動かさないと肩がこって仕方ないんだから」
魔王のオーラを出しながら妖美に笑うプリシラ。
レイチェルさんも強大なオーラを出しながら、口元に笑みを浮かべています。
大丈夫かな、僕心配です。
このダンジョンが崩壊しないか。
皆、示し合わせが済んだように台座に手をかざすと。
重い音が響き、三つの扉が開きます。
「さて、それじゃあちょっとここで待っててね、愛娘」
「妾、魔力の加減が余りで出来ぬでの。ダンジョンを氷漬けにしてしもうたら堪忍じゃ」
「ミズファ。今度は私達がお役に立つ番です。ここでゆっくりと休んで、魔力を回復して下さいね」
「我が主の手を……煩わせるまでも、ありません。ゆるりと、お待ちください」
僕は重魔法で展開させたライトウィスプをツバキさんとミルリアちゃんに固定しつつ。
「うん、皆頑張ってくださいね!」
僕は笑顔で見送ると、それぞれ扉の奥に消えていきました。
「じゃ、私達も行ってくるから、アンタはちゃんと休んでなさいよ!」
「この周囲は安全のようだし、貴女も眠れる時は眠っておきなさい」
「うん、了解です。二人とも気を付けてくださいね!」
少し遅れて二人も扉の先へと歩いていきます。
プリシラの言う通り、今来た道からもこの部屋の何処からも危険な予感は一切しません。
これなら眠っても問題ないですね。皆に感謝です。
僕は収納魔法からシルクの敷物を取り出して、アビスちゃんをその上に寝かせます。
僕もその隣で、彼女を抱きかかえるようにして横になりました。
すると……何やらアビスちゃんは寝言を言っているようです。
「ん……置いて、いかないで……ここにいて……【キョウカ】……」
アビスちゃんの過去の夢でしょうか?
寝言で呟いたのは人の名前のようですが、僕にはアビスちゃんとの関連性が全く想像できません。
今のアビスちゃんは本来の姿では無いので、人間との接点が無いように思います。
そういえば、アビスちゃんは今の姿になるのは久しぶりだと言っていました。少なくとも過去に人として過ごした時期がある訳です。その時期にキョウカという人と過ごしていたのでしょうか?
人の姿で過ごした時期に何をしていたのかを知れば、一人を怖がる理由も解るとは思うのですが……。
マインド。
この魔法を起きている時にアビスちゃんに使えば、過去を垣間見ることが出来るかもしれません。
とはいえ無粋の極みですし、まだアビスちゃんとはもっと仲良くなる必要があります。
アビスちゃんが苦しんでいるなら、僕はその枷をなくしてあげたいです。
僕達が出会ったのは、偶然ではない気がしますから。プリシラのように。
一先ず。
今は眠っておきましょう、皆が作ってくれた大切な時間です。
僕は皆を心から信頼しているので、微塵も心配していません。
アビスちゃんを少しでも不安にさせないよう、優しく抱きしめながら、僕は夢へと意識を沈めていきました。




