三つの扉
皆から引き出して欲しい品を聞き、収納魔法で瞬時に地面へと出現させると、ミルリアちゃんが直ぐに飲食出来るように支度をしながら、各自にテキパキと配っています。
床にはシルク製の高級な敷物が敷かれていて、手触りがとっても良いです。
お屋敷で使う極端に大きい物や微妙な大きさのサイズしか無かった為、外で食事が多い僕達に合わせてプリシラが洋服店に特別に作らせていました。
「それで、次の魔法陣の先なんだけど」
レイチェルさんが野菜のサンドイッチを一口食べた後に話題を切り出します。
両膝をくの字に曲げて、お淑やかに座って食べています。
「むぐむぐ?」
「食べるか話すかどっちかにしなさいよ!」
はい、良い子は食べながら喋ってはいけません。
僕はおにぎりと格闘中でした。
この世界、何故か元々居た世界と似たような食事が多いです。
僕の予想では、シズカさんみたいにこの世界に転移させられた誰かが持ち込んだ知識なんじゃないかなぁって思ってます。
僕が時計を持ち込んだようにね。
「で、次の魔法陣の先も、誰かが犠牲になる可能性が高いのよ。その対処も考えておかないと」
「それに関しては恐らく大丈夫よ。ミズファが全て片づけてくれるわ」
レイチェルさんの懸念に、プリシラが紅茶のカップを優雅に手に持ちながら答えています。
「そういえばアンタが帰って来れたのって自力なんだっけ?」
「うん、まぁ自力と言えば自力です」
プリシラから紅茶を分けて貰いつつ僕が答えます。
隣では正座をしながら一生懸命おにぎりと格闘しているアビスちゃんがいて、その様子をミルリアちゃんが可愛い小動物を見るような目でずっと観察しています。因みにミルリアちゃんのひざ元にはドーナツがあり、彼女の大好物なのだそうです。
「今のミズファちゃんって何が出来て、何が出来ないのかいまいち解りにくいんだよねぇ。重魔法を修行中だった頃はあたしにも成長が実感出来てたのに、なんか寂しいよぉ……」
ハンカチをわざとらしく目に当てながら何かを演出するエリーナ。
エリーナもレイチェルさんと同じようにお淑やかに座りつつ、開店と同時に並ばなければ買えない王都有名店のケーキと、プリシラの紅茶がひざ元に置かれています。
「まだ母親気分なのかお主は……。妾としては、国家指定級を従える程度まで成長しておって、仕えがいがあるがの。まぁ、何処か寂しい気持ちを感じるのも確かなのじゃが」
正座で湯呑を両手で持ち、倭国のお茶をすすりつつ、ツバキさんがエリーナにつっこみを入れています。
目の前には串に刺した三色団子まで完備されていて、まさに和風美少女です。
「一番置いて行かれている気持ちが強いのは、私では無いでしょうか?そもそも……ミズファが強くなったのは、私の為で……その……」
赤面しながら俯くレイシア。彼女もレイチェルさんと同じくサンドイッチです。ハンカチに挟んで器用に食べています。
言われてみると、公子の時以外は大体、皆が見ていない場所で魔法を使ってる気がします。僕だってレイス討伐後から遊んでいた訳では無く、しっかりと日々魔法修行を続けています。
なにせ魔法の練習相手は五姫と魔王たるプリシラです、これで強くならない訳がありません。とはいえ、様々な「奥の手」は僕の頭の中で作られる物なので、誰かに見せる必要が無いのです。プリシラには筒抜けですが。
「僕が強くなれたのは、成長していく過程を支えてくれた皆さんのお陰です。僕の感謝の気持ちはまだまだ返せていませんけど、いつかちゃんとお返しして、皆さんからの気持ちに応えたいなって思います」
僕の言葉に空気が変わりました。
と言うか、皆赤面して僕を見つめています。何事ですか?
「貴女……皆の気持ちに応えるって、それはつまり全員を、その……」
プリシラの顔が凄く赤いです。何故?
僕はただ、皆さんが成長を見守ってくれたご恩に応えたいと言ったつもりなんですが。
「あたしは出来るなら独占したいけど、まぁ無理だと解ってたし別にここにいる皆ならいいかなぁ……」
「う、うむ。なんじゃ、妾……その。構わぬぞ。存外、ここの者とは上手くやっていけそうじゃしの。異論は……無いのじゃ」
……?
何を言ってるのかさっぱり解らないんですけど!
こういう時、いつもなら頭の中にプリシラからつっこみが来る筈なのに来ません。
「主様が第一、ですけど……仕えるべきは、皆様。私に異論は、御座いません」
「あの茶会の席でミズファを傷つけた代償でしょうか……。 でも、こんなに沢山の素敵なお友達ができましたのも事実です。プリシラ様の事も……ミズファの次に……」
レイシアの発言を聞くに、お友達の話ですかね?レイシアは僕とプリシラを交互に見ています。
僕は周囲の空気に頭の中がクエスチョンマークです。そんな中、「ごちそうさまー……」という声が隣から聞こえたのでそちらを見ると、おにぎりを食べ終えたアビスちゃんが眠そうにしています。
「みずふぁ、わたし食べたらねむくなった……」
「うん。膝枕してあげますから、少し寝ててもいいですよ」
「うん!」
僕は寝転がるアビスちゃんの頭を膝に乗せて、頭をなでてあげます。すぐにアビスちゃんの寝息が聞こえてきました。
何か妙な視線を感じるので皆を見回すと、凄く溜息をつかれました。なんで?
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食事後、僕達は大広間の中央に出現した魔法陣の先へと進みました。
すると、今までとは空気が変わり、石壁に紫に光る苔がびっしりと張り付いていて、周囲が薄暗い明るさになっています。それでもライトウィスプが無いとまともに先が見えませんけど。
ここもどうやら一本道の通路になっているようです。
その通路を進むと50m四方の広間に出て、正面に三つの扉があります。扉の中央には魔法陣の文様が浮かんでおり、どうやら地上にあった入口のように魔力を送り込む仕組みのようです。
「もしかして、転移魔法陣の区域を抜けたって事でしょうか?」
転移しても自力で戻れる僕が扉と魔法陣に触って確かめてみましたが、無反応でした。
「かもしれないわね。正解以外の扉の先を進むとどうなるのか解らないけれど」
つまり正解は三分の一です。今までの膨大な魔方陣と比べると、極端過ぎる程ハズレが減りました。
僕の魔力残量は万全の状態の約半分と言った所なので、魔法を使わずに済むならそれに越した事は無いんですけど。
「貴女の魔力、それほど回復していないようね」
「僕の魔力って結構膨大なので、万全に戻すなら数日は休まないと駄目ですね」
「いつの間にそこまで……。この私ですら、もはや貴女の魔力の高さを推し量る事が出来ないのよ……まったく腹立たしいわ」
「流石は特殊能力者ってとこね。ここの用事が片づいたら、縄で縛ってでも学院に入れるから覚悟しなさいよね!」
なにそれ怖いです。
「それで、どう致します?余りミズファにばかり負担をかけるのは宜しく無いようですし」
「そうじゃの。流石に海龍が現れるような不測の事態はもう無いであろうが、ミズファの魔力は温存して置きたい所じゃ」
「うん、あたしもそう思う。これ位ならあたし達だけで十分だよぉ」
「でしたら……ここは、私にお任せ下さい」
ミルリアちゃんは深々と頭を下げながらそう言うと、扉の前まで移動します。
「ミルリアちゃん、何するんですか?」
「地面に振動を与えて……扉の先を調べます」
そしてミルリアちゃんは両手を前にかざして、目を閉じます。すると、微震が起き始めました。この程度なら魔法の展開は必要なく、術式を組まずとも出来ます。
ツバキさんも術式を組まずに水を出したり冷やしたり出来ますし、エリーナもちょっとした火を出したり自分を温める程度なら、術式を組まずに出来ます。
ただしそれらは、姫の称号を持つ彼女達にしか出来ない芸当ですけどね。
「右側の扉は……通路が途中で、途切れています。その通路の地面が、空洞になって、いるようです。恐らく……地面が割れて、落ちます」
うわぁ、こわぁ……典型的な殺しに来るトラップです。
「中央の扉は……何か広い場所に、出るようですが……何かが沢山歩いている、振動がします。一つ一つの振動が……相当大きい何か、だと思われます。広い場所の先は無く……そこで終わって、いるようです」
モンスタートラップでしょうか。
相当大きい何かが沢山、まぁ僕達なら多分余裕だと思いますけど、無駄な戦闘をしに行く必要はありません。
「左側の扉は……通路が暫く、続くようです。その後、広い場所に出るようですが……特に振動で解る事は、ありません」
つまり、その広い場所が次の場所へ進む何かがある、と考えて良さそうです。
「決まりましたね、左の扉から進みましょう。ミルリアちゃん有難うございます!」
僕は満面の笑みでミルリアちゃんをなでなでしてあげます。
「はぅ……お役に、立てたなら……光栄です。主様のなでなで……久しぶり、です。嬉しいです」
「あ、御免なさい。僕でよければ頻繁になでなでしてあげますね」
ミルリアちゃんが顔を赤らめながらコクコクと頷いています。
「妾もいい加減、良い所を見せねばならぬな……」
なにかツバキさんが妙にやる気を出していました。
他の皆も同じようです。ちょっと怖いです。
左の扉を開くとミルリアちゃんの言う通り、暫く通路が続くようです。
皆がいてくれて、本当に良かったです。
魔法陣を突破できる者はいないと言う自信?なのか、随分簡略化された第二関門でした。
ほんと、何の為に作ったんでしょうかね。あ、そうそうアビスちゃんは可愛い寝顔でまだ僕の背中で寝ています。軽すぎて背負っている事を忘れてしまいそうです。暫く寝かせてあげましょう。




