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海龍アビス

 巨大なドラゴンの顔が海底神殿を見下ろしている状況。恐怖を抱くにはそれだけで十分でしょう。


 レイシアの足は震え、エリーナとツバキさんは身動きが一切出来ず、ミルリアちゃんはペタンと座り込んで呆然としています。

 プリシラとレイチェルさんは辛うじて普段と変わらぬ状態を保っていますが、それでも表情に余裕はありません。プリシラと同等以上の力を持ち、更に相手は有利な土俵上にいるのですから、それは当然の事とも言えます。


 さっきまでの和やかなムードとは一変して、いつ死ぬかも解らない絶望の淵に立たされた状態になっています。


 僕を除いて。


 僕は至っていつも通りです。けれど大きな龍に睨まれているのですから、それは確かに怖いです。でもそれで死ぬなんて一切思っていないですし、まるで他人事のようです。それもそうでしょう、このアビスと呼ばれる龍は「僕に対して敵意が無い」のですから。


 意を決したようにプリシラが僕達を庇う様に前に歩き出し、魔王としての殺気を放って龍を睨みつけています。


「……アビス。久しぶりね?」


 プリシラの語りかけに暫く無言が続きます。

 すると、何処から響いてくるのか解らない声が海底神殿に流れてきます。


「……ブラドイリアか。強大な魔力が幾つも深海に出現したかと思えば、貴様も紛れていたか」

「だとしたら、どうだと言うのかしら」

「……」


 プリシラに余裕が無いです。ここが地上なら、普段通りの強気の姿勢だったのかもしれませんが。

 相手は海底神殿の防護壁を壊すだけで決着がつく程優位にいる、恐らくそう考えているのでしょう。

 その考えが正解だと言わんばかりに、頭の中にプリシラの声が響きます。


「ミズファ。聞こえているでしょう?私が時間を稼いであげるから、早く皆を連れて地上に戻りなさい」


 僕は彼女の提案には直ぐに従わず、逆にお願いします。


 プリシラ、ちょっと僕にあの龍とお話しさせてくれませんか?


「な……貴女、状況が解っていないの!?」


 解ってます。けどあの龍、僕がここに居る間は何もしてこないと思いますよ。


 僕に死の危険が迫っている「予感」は一切しませんから。

 この予感については、流石のプリシラでも読めていないようです。


「……貴女が妙に強気になる時って、何故か状況が好転している場合が多いわね。解ったわ、好きになさい」


 僕との会話を終わらせたプリシラは殺気を放つのを止め、怯えている皆の所へ戻って行きます。

 レイシアが恐怖に耐えられなくなった様子で、プリシラの胸に隠れるようにすがりついています。


 僕が代わりに皆を守るように前に出て、龍を見上げます。


「あの、こんにちは。アビスさん、でしたっけ」

「……」

「お願いがあります。皆を威圧するの止めてくれませんか?」

「……銀色の貴様。名は何と言う?」

「あ、そうでしたね。此方からお願いするのですから、先に名乗るべきですよね。名前はミズファと言います」


 僕はペコリ、とお辞儀します。


「ミズファ、か。良かろう……貴様の言う通りにしよう」


 素直に僕の言う事を聞いてくれました。


 すると金縛りにかかったように動けずにいたエリーナとツバキさんは、疲れたようにその場に座り込み、緊張の糸が切れたミルリアちゃんは泣き出し、レイシアも同じくプリシラの胸の中で泣き出しました。


 皆、世界に名だたる姫の称号を持っていますが、まだまだ幼さの残る普通の女の子なんです。

 自分たちより強大な相手が目の前にいれば誰だって怖いでしょうし、泣きもします。


 レイチェルさんは直ぐに姫達に駆け寄って、皆に優しく語り掛けています。学長さんは伊達じゃないですね。


「アビスさん、お願いを聞いてくれて有難うございます」


 僕の感謝の言葉に無言のアビスさんでしたが、間を置いてから僕に質問してきました。


「ミズファよ。貴様は……一体なんなのだ?」

「なんだ、と言われましても。この通り普通の人間です」

「……」


 さっきから身動き一つせず、僕を見下ろしているアビスさん。

 無言が多いですが、何かこちらの出方を伺っている様にも思えます。

 長い沈黙が暫く続いた後。


「……私は、初めて恐怖している」


 そうアビスさんが言います。


「これが恐怖、という感情だと理解する事にすら、理解に苦しんだ」

「僕にはそうは見えませんけど、アビスさんが大きいからでしょうか」

「ミズファよ。貴様は……私を瞬時に殺せるような、それに類する何か……強大な力を持っているな?」


 これには僕が逆に無言になります。


 完全無効化インヴァリッドスキル。アビスさんはただ僕を見ただけで、この能力に気づいたようです。


「……私は網に掛かった魚のようだな。理由は解らぬが、この水を遮断している結界を壊すより先に私が死ぬ場面が浮かぶ。どの様な行動を起こしても同じだ。戦わずして負けるなど、今まで一度足りとて無かった事だ。得体の知れぬ力で私を誘き出し、討伐を図るとは……」


 アビスさんの話を聞いて、危険を予感として感じない理由が解りました。

 理由は簡単です。


 僕の方が強いからです。


 今まで怯えていたのは姫達だけでは無く、アビスさんもまた同じだったようです。


「そんなつもりは僕にはありません。アビスさんを怖がらせる為にここに来た訳では無いからです」

「……違うのか?私の討伐が目的で無いとしたら、こんな場所に何の用だと言うのだ」

「大事な人を助ける為です」

「……」


 これだけでは当然アビスさんには理解出来ないでしょう。未だに警戒だけは解いていない様子です。


「……貴様ら人間が作り上げたこの壊れた玩具の中に用がある、と言う事は解った」

「それだけ解って貰えれば十分です!なので、来て貰った所本当に申し訳無いんですけど、お帰り頂けると助かります」

「……」


 またしばしの無言。

 すると唐突に笑い声が響き渡ります。


「たかが人間一人に、いい様に命令されるとは……。しかも、私の事など眼中にも無いと」

「あ、いえ。そういう訳では無くて……」

「興味が沸いた。少し待っていろ」


 アビスさんがそう言うと。

 防護壁の内側に大きな顔をめり込ませてきました!

 これには姫達も驚きを隠せず、悲鳴を上げています。


 顔が一部遺跡の中に入り込むと、アビスさんの体全体が光りだし、消えました。

 代わりに小さな光の玉が此方に近寄ってきます。

 防護壁は壊れていません。


 僕の目の前に光の玉が降りてくると。

 ポンッという軽快な音ともに、光の中から小さな女の子が出てきました。


 ……どう見ても幼女です。


「この姿になるのひさしぶりだー」


 目の前の幼女が可愛らしい声で喋りだします。

 幼女の見た目は8才前後。僕が元居た世界で色々なお話に出てくる「乙姫」のような格好をしています。

 髪型は長い黒髪を輪に結って、かんざしのような装飾で留めています。


「……」


 余りの事に僕も言葉が出ません。

 プリシラに至っては唖然とした顔で固まっています。


「みずふぁ、お手て出して」

「……え」

「はやくー」

「あ、はい」


 幼女が手をせがむので目の前に出してあげると。

 小さな両手で握手してきました。


「なかよしなかよし」

「……」


 幼女は、にぱーと笑顔で僕の手をにぎにぎしています。

 なにこのかわいい生き物。


「あの、つかぬの事をお聞きしますが」

「ん?」

「何方ですか?」

「あびすちゃん!」

「……」


 プリシラと言い、アビスちゃん?と言い、国家指定級は揃って少女なんですか?


「驚いたわ……。貴方、いえ貴女は本当にアビスなのね?」


 プリシラが目の前のアビスちゃんをまだ信じられないような顔で見つめています。


「うん!でもほんとーの姿はさっきの龍だよ。これは「人化の法」だよ」

「人化の法ですって?」

「うん。火の鳥もできると思うよ?」


 それがなんで少女なんですか……というつっこみは内に秘める事にしました。

 この姿になった理由を聞いて見る事にします。


「あの、アビスちゃんは何故その姿に?」

「仲よくなりたいから!」


 まだ僕の手を握ったままのアビスちゃんは、その場でピョンピョン飛びながら答えます。


 ……抱きしめていいですかね?今の僕なら犯罪になりませんよね?このまま持って帰ってもいいですよね?


 興奮している僕の横にいつの間にか来ていたプリシラから無言のチョップを貰いました。痛いです。


「アビス。それはつまり、私達の仲間に入りたいと言う事かしら」

「うん!このへんてこな場所に用事があるってほんとーなのか、わたしをだましてないか、近くで見てる!」


 その後、アビスちゃんの話を聞くと。

 自分の支配する領域に、配下のモンスターが絶滅し兼ねない程の魔力が急に沢山現れたので、確認しに来たのだそうです。そしたら僕に鉢合わせた、と。

 アビスちゃんは僕を見て勝てる見込みが無いと悟り、「誘き出された」と勘違いしたそうです。

 その上で、まだ自分を騙しているのではないかと疑っている訳で、僕の真意を確かめつつ仲良くなりたいとの事。


 これを幼女の姿で一生懸命説明するので、ただの微笑ましいエピソードになってしまっています。

 姫達もすっかり緊張から解放されて、アビスちゃんの頭をなでなでしています。


「歴史に残るような出来事を遺跡に入るなり体験するなんて、流石の私にもこれは予想できなかったわ……」


 レイチェルさんは眉間に指をあてて難しい顔をしています。


「さっきまで……凄く怖かったのに、今の海龍さんは……全然怖くありません。と言うより、可愛いです」

「正直申しまして、生きた心地がしませんでした。ミズファとようやく冒険できたばかりですし、助かって本当に良かったです」


 泣き出してしまった二人ですが、今は落ち着いています。


「もうミズファちゃんって、この世に敵なんて居ないんじゃないのかなぁ。仲間にプリシラちゃんも居て、あの海龍アビスまで引き込むなんてねぇ」

「妾が言うのもなんじゃが、もはやミズファは人の器を超えておる。火の鳥すらも首を垂れそうじゃの」


 エリーナとツバキさんから褒められてますけど、これ全部シズカさんの力なんですよねぇ……。

 と、弱気になるとプリシラから早速睨まれました。


「火の鳥つよいよ?海の上でねー戦ったことあるんだけど、いたみわけしたもん」


 海ってアビスちゃんの支配領域ですよね?痛み分けに持ち込む火の鳥さん何者なんですか。

 霊峰には今の所用事は無いですし、触らぬ神に祟りなしと言う事で、近寄らない様にしましょう。


 とまぁ、とんだハプニングがありましたけど。

 アビスちゃんを仲間にした(誘拐した)僕達は地下のダンジョンへと進むのでした。



 って、騙して無いですからね!?

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