海底神殿
昼下がりの学院内カフェテラス。ここでいつもの皆と紅茶と焼き菓子を頂きながらお話し中です。
そんな中、赤くなってもじもじしている僕を皆がじーっと見てきます。
お酒に酔って、その……僕、いけない事しちゃったみたいで。そのお話です。
エリーナとツバキさんは昨日の騒動を話半分まで聞くと、殺気を放ちながら周囲に居た貴族とお話してくるとか言い出しました。慌ててなだめましたけど。
「はぁ、まったくもう……。お酒に弱い事を知らないまでも、なんであんな行動になるのよ……」
「そんな事言われても僕、記憶に無いのでぇ……」
「シルフィちゃんとウェイルくんが居なくて良かったねぇ。とてもじゃないけど、酔ったミズファちゃんなんて見せられないよ」
「あぅぅ……」
シルフィちゃんとウェイル君もレイス討伐における最大の功労者なのですが、本人達の辞退とレイチェルさんもまだ早いという意見が一致して、昨夜はお料理だけを寮で楽しんでいたそうです。
二人は朝から多忙な日々を送っており、最近は僕達とも中々時間を合わせられないのです。
学院に入学し僅か三か月で風姫、魔法剣士の称号を持つ二人は、一般の学生とはまったく別の授業を組まれているので、それも仕方無いのかもしれません。
「しかもじゃ……。土姫が貴族共から解放されなんだら、ミズファはその後如何なっておったのじゃろうな?」
「……」
それは想像してはいけないです、しないでぇ。
多分一人の時でも近くのグラス取って飲んだと思うので、ほんと……料理を食べ出した時点で僕は詰んでます。
「皆、もう許して下さい……次からは注意しますから。僕が一番恥ずかしいのに。皆寄ってたかって、酷いです、泣きますよ!」
「主様、申し訳……御座いません。でも……かわいい、です」
ミルリアちゃんが頬に手を当てて何か恍惚な表情で僕を見ています。
「貴女ねぇ……。もう貴女の体は貴女だけの物では無いのよ。万が一にも、穢れでもしたら。私ショックで棺に籠るかもしれないわ……」
「私としましても、ミズファには常日頃からレディとしての慎みをもう少し、持って頂きたいと思います。初めは大人しい子という印象があったのですけれど、行動の節々に時折、男性のような印象を受ける事が御座います」
あ、それは仕方ないんです……。でも、僕ちゃんと女の子してると思うんだけど……うーん。
因みに異世界から来た事は皆にバレてますけど、元々男だった事はプリシラしか知りません。
「主様は……唐突に走り出したり、路地裏に、座り出したりしますね」
「無邪気、と言う事かの。初めは妾も面妖な奴じゃと思うておった」
なんか、僕の駄目だし粗捜し大会になりました。
必死に生きてるだけなのに!
「もう、僕の事より!いい加減海底神殿の事です!」
「ミズファちゃん、そんなに聞き分けない子に育てた覚えはないよぉ」
「話を元に戻さないでーー!」
僕の叫びで周囲のテーブルにいる学生から驚いたように目を向けられました。
御免なさい……。
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僕達は学長室へとお邪魔しています。
レイチェルさんから支援を頂ける予定だったので、そのお話合いの為です。
ソファにミルリアちゃん以外が座ると、先ずはプリシラが話し始めます。
「さて、先に海底神殿がどのような場所か、おさらいからいきましょうか」
プリシラの説明によると。
先ず海底神殿の入り口へと繋がる転移魔法陣はベルドア王国、神都エウラス、エルフの国シャイアが交わる境界付近にあります。大陸の丁度中央にある形ですね。
転移魔方陣は四本の石柱に囲われ、少し台座になった足場の上に魔法陣があり、魔力を込めると作動する仕掛けになっています。つまり、魔術師がいなければ入れません。
転移した先の海底神殿はまさに海の中らしく、僕がちょっと楽しみにしている部分です。
見えない透明な防護壁のような物で海水から守られ、上を見ると魚が泳いでいるそうです。イメージが一番近いのは、水槽の内側と外側が逆になった様な感じでしょうか。ただし、広大な暗闇の中なので、ライトウィスプを沢山一点に集中しないと防護壁外の魚が見えないようですけどね。
聞いた話では相当昔に栄えていたようですが、現在は石造りの神殿が半壊しながら立ち並び、石柱が倒壊していたり、地面が地割れしていたりして廃墟状態なのだそうです。
そして、ひと際大きな神殿の中に地下へと続く階段があり、そこを下りると石壁と石畳のダンジョンになっているとか。ダンジョンは中級者程度の実力があれば、巣くっているモンスターにも勝てる程度らしいです。とはいえ、最低十人規模のパーティーが必須みたいですけど。
「後は、実際に見て貰った方が早いわね。転移魔方陣地帯の異質さも、聞くのと実際に見るのでは印象が全然違うわ」
「プリシラさんに同意。あの転移魔方陣地帯って何のつもりで作ったんだか訳解んないし。その先に古代魔法具があるにしても、人を寄せ付けない方法なら他にも色々あるでしょうに」
レイチェルさんが実際に見た観点だと、海底神殿は比較的攻略が楽な部類のダンジョンなのに、その転移魔方陣地帯だけは、世界にいくつも存在するダンジョンの中でも異質さが際立っているそうです。
そして、転移魔方陣はこのダンジョンにしか存在しないみたいです。
「話を聞く限り、古代の人の考えがさっぱり解りませんね」
「私が存在するより遥か以前に栄えていたのだもの。私にすら理解できない点が幾つも存在するわ」
海底神殿に自分の姿を映し出す古代魔法具が存在すると教えてくれたのはシズカさんです。
プリシラですら解らない様な事を、何故シズカさんは知っていたのでしょうか?
「その確認も含めて、必ず古代魔法具を見つけ出すわよ」
プリシラが強い意志を持った口調で僕の頭の中に語り掛けてきます。
うん、当然です。解らない事なんて、シズカさんを助けるっていう唯一つの目的に比べたら些細な問題です。
「ダンジョンの構造につきましては理解致しました。壁等も壊れやすそうですし、戦闘になりましたら、周囲を巻き込まない様、魔力を抑えて戦う必要が御座いますね」
「妾が一番難儀する技能じゃ……。いちいち凍らぬよう、仲間を攻撃対象から外す意識を持たねばならぬ」
それ当たり前の事なんですけど!
「あたしも炎を待機させて置くのは危険かなぁ。通路の広さとか見てみないと解んないねぇ」
「それほど狭い訳では無いけれど、レイシアの言う通り派手な戦いは控えた方が身の為ね。海水から護る結界が壊れでもしたら、水圧で潰れて死ぬわよ」
幻想的な景色がイメージとしてあるんですけど、現実に引き戻されるような発言でした。
「私の魔法も……余り、お役に立てそうに、無いですね」
申し訳なさそうに言うミルリアちゃん。
つまる所、こういう訳です。
今ここに居るのは各属性で最高位の魔力を持つ、頂点にいるような人たちです。
そんなのが狭い場所で魔法を撃ったらどうなるでしょうか。幾ら強くても、それは時と場合による、という大変解りやすい状況なのです。
「つまり、私達は役立たずだと言いたいのね?」
頭の中につっこみをいれてくるプリシラ。
自虐するの止めてください。あとプリシラは魔法じゃないです。
そんな僕の逆つっこみを無視して。
「そうそう。それと、深海なのだから当然暗いわよ。ライトウィスプについては、レイシアとミズファがいるから、問題は無いわね」
「ええ、お任せ下さい。補助的な役割こそ、私の真骨頂ですから」
レイシアが嬉しそうに答えます。
「補助なら僕、収納魔法で食料沢山持っていきますね!」
「うむ。兵糧が無くては戦など出来ぬ。かくも収納魔法とは便利な物じゃの」
「主様が……生命線。やはり我が主は、偉大な方です」
大体は示し合わせ出来たかな、と思った頃。
「皆順調に話してるけど、私も行くから食料多めに用意してよね」
「え?」
「言ったでしょ。支援するって」
唐突なレイチェルさんの同行宣言。
「ですが、学長まで学院を留守にしては支障をきたしませんか?」
レイシアが疑問を投げかけると。
「向う二メルダ分の仕事を終わらせてるから、アンタ達子供が心配するような事じゃ無いわよ。それに五姫やら、英雄やらを下らないミスで失うのも癪だし。古代魔法具も見てみたいし」
「僕はむしろ嬉しいです!皆がよければ是非一緒に来て欲しいです」
特に皆にも反対するような理由も無いようです。収納魔法もあるので荷物も食料も問題なし。レイチェルさんも同行する事になりました。
その後彼女は「仕方なくついて行ってあげるんだから!」と言っていました。
かわいいです。
二日後、海底神殿への転移魔方陣がある場所へ向かう事も決まりました。
今の内にご飯溜めておかないと!




