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木箱時計

「わぁ、とっても綺麗な部屋で……って何これ広っ」

「正直申しますと、私のお屋敷よりも素晴らしい作りです」

「え、レイシアのお屋敷はとっても素晴らしいですよ?」

「ふふ、有難うございます。ですが王族が使用される事もありますので、やはり寮はこれ位で普通なのでしょうね」

「普通の次元が違い過ぎます!」


 早速僕は自室になる予定の部屋をレイシアと共に見に来ています。

 これが……寮の一言で終われるような作りでは無いのです。

 内装は白で統一され、個室なのに約20畳以上の広さがあり、カーテンやベッドの天幕等にシルクが使われ、至る所まで清潔感で飾られています。

 それ以外には本棚と整理用の棚、小棚、衣装棚、ドレッサー、部屋の真ん中に丸いテーブルに椅子など。


 僕、寮のイメージは4畳~6畳にベッドとテーブルに勉強机なんですけど……何処ですかここは。


「貴女、それは家畜小屋の間違いではないかしら……?」


 この場に居ないプリシラが頭の中に疑問を投げかけてきます。

 仕方ないじゃないですか……。本来の記憶の断片ではそうなのです!


 寮の部屋割はしっかり学院側で決められているらしく、僕、レイシア、プリシラには個室が与えられました。安全を考慮して、貴族階級や王族にのみ与えられるのだそうです。以前は身分の隔たり無く、自由に部屋割を学生側で決めさせていたようですが、とある出来事があり、学院側が全て取り仕切っているそうです。


 とある出来事というのは、極まれに魔力のある子を暗殺者に育てて送り込んでくる事があるそうで、その犠牲になった貴族のご令嬢が居ました。身分の違いを考慮しない学院の欠点だと、一時騒動になったみたいです。そんな学院ですが、基本的に大らかな方針です。それ自体は僕も感心しますし、そうであって欲しいと思いますが、以前公国で生徒達が一斉に犠牲になりかけた件もあるので、警戒感が薄すぎると思います。とはいえ……相手は公国の時期王様だった訳ですから、無下にも出来なかったんでしょうけど。


 総合的に、この学院はどこか抜けている印象を受けます。

 学長さんは良い人過ぎて逆に問題ごとを増やすタイプでしょうか?


 因みに貴族階級でない学生は別の寮にいます。

 一般学生の寮は二階建てでエントランスを中心に左右に通路が伸びており、中庭を囲うようにコの字を描いています。そして、中庭から少し奥に行くと、豪邸のようなお屋敷があり、そこが貴族階級の寮になります。一般寮とは言いますけど、白亜の超豪邸と言ったのはその一般寮の事です。貴族階級の寮は更に奥に控えていて、最初に知った時は唖然としてしまいました。


「さ、ミズファ。荷物を置いて、中庭のオープンカフェに集まりましょう。私も自室に戻り、荷物を置いてから迎えに来ますね」

「はい、直ぐに支度しますね!」


 レイシアが自室に戻ると僕は荷物を小棚の上に置き、皆に贈る予定の木箱時計を確認します。

 既に時計は完成し、王都に着くまでに一日の時間を大よそ図って、時間を合わせてあります。

 僕は工作とか得意では無いので、所々変な部分がありますが、次は自室用の置時計も作る予定なので、その時にもっとしっかり作成できるようにして置きます。


 着替えのドレスを衣装棚にかけて、寝間着等も収納し、小物等も荷物から取り出して小棚に収めます。

 うん、こんな感じでしょうか。

 後は木箱時計を小さなプレゼント箱に収めて準備万端です。


 程なくしてノックの音が響き、ドアを開けるとレイシアが迎えに来てくれました。

 その隣にはプリシラも居ます。


「貴女の部屋も同じ作りなのね。面白味は無いけれど、この寮その物は気に入ったわ」


 プリシラは僕の部屋の様子を伺いながら、宿泊に足る場所だと満足の様子です。


「私的には、あとはここから皆さんと学院に通えればいいのですが、シズカさんという方を助け出す為の一時的なものですよね……」

「レイシア、本当に御免なさい。でもシズカさんを復活させたら、学院に通うお願い、前向きに考えます」

「本当ですか!!」

「うん、レイシアには本当にお世話になっていますから。それに僕ももう14歳ですし、在席期間もそれ程長くないですよね?」

「そうですね。基礎と魔力の扱い方がマスターできれば、一クオルダ程度で卒院できる方もいらっしゃいます。講師とツバキさんがそうだと伺っています。ですけれど学生の希望があればその後は中級上級魔法を学べますし、講師の仕事、魔法具の研究、学院の先生、魔法の研究者などで、いつまでも在席する事は可能です」


 僕の返事でとても嬉しそうに話すレイシア。

 二年前にもお誘いがありましたが、結局保留にしたままでした。

 記憶の断片上でも以前の僕は15歳で学生だったようですから、また学校に通うのもいいかなって最近は考え直してたりします。


「ふぅん。なら、私も通おうかしら」

「え!?」


 唐突にプリシラも学院通いを決めているようです。


「驚く事無いじゃない。貴女の傍にいるって言ったでしょう、忘れたのかしら? まぁ、その前に。先ずは王への謁見や学長とのお話もあるし、海底神殿の攻略に向けて下準備等もあるわ。学院生活を考えるのはまだまだ先ね」


 レイシアのテンションが急に下がりますが直ぐに持ち直して。


「それでは、一般寮の皆様が持ちくたびれている事でしょうから、そろそろ中庭に参りましょう」


 レイシアの言葉に頷いて、僕たちは中庭へと向かいます。


 ------------------


 中庭にあるオープンカフェ。学院が運営している喫茶店のような物です。お店では無いですけどね。そのカフェのテーブルを二つ占拠し、皆で紅茶を頂いています。

 そこで今後の打ち合わせに入る前に贈り物を配る為、僕は席を立ちます。

 ……というか、まるで僕が切り出すのを待っていたかのように、皆静かでした。


「お話の前にすみません。実は皆に贈りたい物があるんです」

「あ、それってミズファちゃんがずっと作ってた物かなぁ?」

「うん、そうです。本当は秘密で作りたかったのですけど、こそこそ出来るような場所も無いので。新鮮味が薄いでしょうけど、沢山僕の気持ちを込めて作りました。良ければ受け取ってください」


 エリーナの質問に答えながら、皆へプレゼントを配ります。

 皆受け取る時の挙動が様々で、見ていて微笑ましく思いつつも、とっても嬉しくもあります。


 レイシアは受け取ってくれた後に満面の笑みで笑ってくれて、深々とお礼をしてくれました。エリーナは受け取るのと同時に、僕を思い切り抱きしめてくれました。ツバキさんは体を横に向けながら、手だけを僕に差し出し受け取ると、大事そうに胸にプレゼントを抱きしめていました。

 プリシラは赤面したまま中々受け取らず、もじもじしながら俯いてました。その初々しさと普段のギャップに驚きながらも、ようやく受け取ってくれると、今までに無い程の笑顔でお礼を言ってくれました。

 ミルリアちゃんは丁寧にお辞儀をした後に受け取り、涙を滲ませながら生涯の宝物にしますと言ってくれました。

 更にシルフィちゃんとウェイル君にもそれぞれ贈ると、二人とも唐突に泣いてしまいました。僕がおろおろしていると、ミルリアちゃんが二人を優しく泣き止ませてくれます。二人ともプレゼントを貰うのが初めてだそうで、感極まっての事だそうです。


 皆、本当に嬉しそうにしてくれて、僕の心がポカポカしています。なんでしょうか、この気持ち。

 シルフィちゃんとウェイル君が落ちくのを見計らい、僕は皆に時計について説明を始めます。


「皆さん、その木箱は以前から言っていた時計という魔法具です。この魔法具には「時間」という概念があり、時計の中央にある針が、それぞれ時間の進行を示しています」


 皆僕の説明を熱心に聞いてくれています。時間とは何か、三本の針と12時まである意味、一日を時間に割り当てると24時間になる事、時計が止まった時は魔力を込めれば長期間動き続ける事、そして時計の作り方等を説明しました。


 いくつか質問を受けてそれに回答していると、レイシアは今までの説明を全て本に記しているようです。

 後で自分で作るつもりでしょうか?


「時間に合わせて行動していると、まるで時計に囚われているような錯覚を起こすかもしれませんけど、基本的に待ち合わせに使ったり、何かを計ったりする時には非常に便利な魔法具です」

「成程。これで日の高さを目安にしていた待ち合わせは正確になり、「待つ」という無駄を完全に省略できるわね」


 プリシラは一度の説明で完全に理解したようです。


「あたし思うんだけど。これって世界を揺るがす程の凄い魔法具なんじゃないのかなぁ?」

「うむ。時間が広まる事で、冒険者同士の交流の円滑さ、行商の取引など、世界経済が相当有益に運ぶじゃろう」

「皆様もやはりそう思われますよね。ミズファ、貴女が作り出した時間という概念を持つ魔法具は一度、学院に提出して見る事を薦めます」


 皆と時間を共有できればそれで良かったんですけど、なんか話が大きくなってます。

 それに時間を作ったのは僕じゃないんですけどね。


「ええと、そんなに大きな話にしたい訳じゃなくて。ただ僕は皆と待ち合わせをし易くしたかっただけで……」

「お言葉ですが……主様。主様の才能は……このような場所で、燻ぶらせておくべき物では、無いと思います」

「ミルリアの言う通りよ。貴女は自ら生んだ魔法具に自信を持ちなさい。絶対に世界は貴女を異端等と称したりしないわ。長く世界を見てきたこの私、プリシラが保証してあげる」


 それって、異端だといわれても誤認させる気まんまんなんじゃ。

 と、考えているとそんな事をしなくても平気だと太鼓判を押されます。


「ミズファお姉さま、私はまだ時間については完全に把握はできておりませんけど、時計の使い方は覚えましたの!本当に素晴らしい魔法具を下さり、有難うございますわ」

「僕もー!学院の友達にも教えてあげたい位だし、絶対色々楽になるよ。ミズファ姉ちゃんありがとー!」


 姉弟からも好評を頂きました。

 うー……どうしよう、広めようとするのを止めて貰うべき?というか、そんな凄い物を作った実感が無いので罪悪感の方が強いんですけど。

 例えて言うなら、すでに存在している物をまだ知らない人に素知らぬ顔で売りつけるみたいな。


「貴女ねぇ、元の世界がどうであれ、今貴女が居るのはこの世界よ! いい加減物事の区別は付けなさい。この世界で生み出したのだから、生みの親は貴女なの。解ったかしら?」


 頭の中でプリシラに怒られました。

 プリシラがそこまで言うなら。でもシズカさんは伝記以外残してないのは何故なんでしょうか。この世界に介入するのは良くないと思ったのでは?


「あの子はああ見えて面倒臭がりなのよ。炎姫が似たような感じかしらね」


 あ、納得しました。凄く納得しました。

 なら別に良いでしょうか、学院に時計の魔法具を提出しても。


「ええ。自信を持って学院に持ち込みなさい。前にも言ったはずよ、貴女はシズカに与えられた生を謳歌しなさいと」


 そのプリシラの言葉でようやく目が覚めます。

 世界が便利になるなら、世界が喜んでくれるなら。そうしたら僕だって当然嬉しいに決まってます。

 僕は魔法具を学院に公開する事を決め、その旨を皆にも話します。


 僕の時計騒動で時間を取ってしまったので、ひと先ずは明日学長に会い、それから王城に向かうという段取りで皆と一致しました。シルフィちゃんとウェイル君は学長に会った後、一旦お別れとなります。


 そういえば学院には世界で一番の情報が揃う図書館があるんでしたっけ。

 面倒ごとを片付けたら、海底神殿について調べてみましょう。


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