王都アウロラ
プリシラ、機嫌直してください……。
「別に怒ってないもん」
いきなり精神攻撃で意識飛ばして御免なさい。
「……本当なら私に精神攻撃なんて効かないんだから!……効かないんだから!」
はい……。
「ふん!」
そっぽを向かれました。
皆から見れば、突然プリシラが横を向いただけでしょうけど。
今の会話は僕の頭の中の出来事、という訳です。
現在、皆で王都へ向けて馬車で移動中です。以前とは違いお屋敷を出る時には、エルフィスさんに心からの感謝を伝えてあります。
エルフィスさんともう少しゆっくりお話出来れば良かったのですけど、連日に渡って多忙を極めている身なので、落ち着いた頃にベルゼナウの街に立ち寄ってお話させて頂く予定です。
今の僕は移動魔法も使えますからね。
……それで。
何故プリシラが不機嫌なのか、ですが。
僕がマインドでプリシラの意識を飛ばしてからずっとこの調子です。
仮にも魔王と呼ばれた人が、あっさり精神攻撃で意識を失った事がよほとショックだったらしくて。
精神魔法は過去に失われた術式なので、精神魔法を使われる事が稀なケースです。
現在は稀どころか廃れてしまっているみたいですけど。
過去は幾分か使える人がいたらしく、その時はいずれも精神攻撃を無効化したとプリシラが言ってました。
でも僕のマインドは防げなかったようで、プリシラの弱点が完全無効化以外にも出来たという事ですね。
「違うもん! 私には精神魔法なんて効かないから!!」
ショックのせいか僕の頭の中に話しかけてくるプリシラが、見た目相応の子供のような口調になっています……。
後で血を上げますから、それで許して下さい。
「……し、仕方ないわね。どうしてもって言うなら貰ってあげてもいいわよ」
ようやくいつものプリシラに戻ったようです。
僕の血は有能でした。
「まぁ、実際油断していたのは事実だわ。冗談を抜きにしても、次に貴女の精神攻撃を受けても効かない筈よ」
その辺はやはり普通の人間とは違うのでしょうね。
完全無効化は兎も角、プリシラは一度受けた魔法に耐性がつくようです。
「のぅ、ミズファよ」
「はい?」
足を組み、窓際で頬杖をついているツバキさん。スカート短いので見えてます……。
「なんぞ、先ほどから魔王と密に内通しておらんか?」
ツバキさんがもの凄く核心をついてきました。
この人は何かを察知する才能が人より優れています。
まぁ、別に僕はバレても問題無いんですけど。
「駄目よ、この繋がりは私と貴女だけの物なの。絶対口外しないで頂戴」
何か制約があるようです。
仕方無いですね……。
「最近、プリシラが今何を考えているのか解るようになっただけですよ」
「ほぅ、で……魔王は何を考えておるのじゃ?」
「お花を摘みに行きたいそうです!」
「な……!?」
みるみる内にプリシラの顔が真っ赤になっていきます。
「なんじゃ、休憩なら間もなくじゃぞ。我慢せぬか」
「ち、違うわよ!!ミズファ、覚えて置きなさい!」
ふぅ、何とかバレずに済みました。
「お陰で私が恥をかいたじゃない!」
僕の頭の中に思い切り怒鳴りつけるプリシラ。
世の中、何かを得るには何かを捨てなければならないのです。
「そんな不可解な戯言は貴族以上の者には通らないわよ!」
異世界の言葉なのでまぁ、不可解なのは仕方無いですね。
そんなやりとりをしていると、馬車が休憩の為、一旦停止します。
僕は馬車から降り、大きく背伸びをして深呼吸。
うん、空気が美味しいです!
「んー、ずっと馬車に乗ってると体が痛くなってくるよぉ」
「講師は基本的に、歩くほうが好きな方ですよね」
「馬車は便利なのはいいんだけど、窮屈に感じてねぇ。流石に遠くに出向く際には乗るけど」
皆思い思いに休憩へと入っていきます。
僕は近くの原っぱに座り、皆に贈る小さな時計の組み立てを再開します。
王都に行く事が決まった日から約一週間後に手紙が来ました。
それまでに試作品の時計が完成したので動かした所、特に異常も無く、三本の針は正常に時を刻みました。この世界の一日は僕が元居た世界とそれほど変わらないような気がするので、12時で作ってあります。
現在はエルフィスさんに用意して貰った小さな木箱を時計に作り替える作業中です。針を動かす魔法具自体の量産は慣れれば割と楽でした。重魔法で魔力を練る作業その物を加速させているのだから当然ですけど。時間はかかりますが、秒、分、時の概念を理解さえすれば、魔力がある人なら誰でも針を動かす事は可能です。……が、宝石自体が高価な代物なので、誰でも気軽に時計を作れるという訳では無いです。
それとエルフィスさんから貰ったこの木箱なんですけど、手のひらサイズでとっても可愛いんですよ! 完成も間もなくなので、この分なら王都に着いた後、数日位で皆に贈れそうです。
因みに手紙の内容ですけど、レイスの森の功績と僕の作った光の玉について賛辞が書かれていました。
そしてプリシラの予想通り、学院への入学を薦める内容のお手紙です。
一度僕とミルリアちゃんに会いたい、と学長さんの直筆でした。
そして手紙の返事如何に関わらず、王都滞在中は学院にある寮を使用して良いとの旨も書いてあり、この寮は貴族のご令嬢方が使用するのでお屋敷並みに豪華なのだそうです。
因みに魔力があれば身分は関係ないので、学院に在籍している者なら誰でも使用できます。
お金はエルフィスさんに貰っているので僕は宿でもいいんですけど、プリシラが嫌がるので仕方無いです。それに僕もレイシアが一般の宿に泊まるのは良くないと思いますしね。
「主様、何か……お手伝い出来る事は、御座いますか」
僕が馬車を降りると直ぐに後ろを着いて来ていたミルリアちゃん。
どうやら、僕の作業を見ているだけなのを気に病んでいるようです。
「これは、どうしても僕自身で作らないと駄目なんです。新しい時計を作る時には沢山手伝って貰いますね!」
「解りました。それでは……馬車でお飲み物を、ご用意しますので……準備ができましたら、お呼び致します」
「はい、いつも有難うございます、ミルリアちゃん」
僕の感謝の気持ちにミルリアちゃんが頬を染めて俯きます。
「私は、主様の物です。我が主が喜んで、頂けるなら……それが私の喜びです」
ぺこり、と僕に一礼してミルリアちゃんが馬車に戻っていきます。
さて、僕ももうひと頑張りです。
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途中の街でグラドール家と親睦のある貴族のお屋敷で一泊を挟み。
僕達は王都アウロラに到着しました。
到着するなり、大規模な都市だということが直ぐに解ります。
公国の城も凄かったですが、王都の城は更に一回り位大きいです。
先ず城の周囲が公国以上に高台になっていて、居住区から徐々に段差が上がっていき、王城の外郭は見上げるような位置にあるのです。
第一層が一般居住区、第二層が裕福層が住む高級居住区、第三層が貴族街区、第四層が城の外郭となります。
これ、お城行くの大変だろうなぁ、という印象です。そして居住区が広大過ぎて、今いる場所の反対側がどうなっているのか解りません。更には商業区という括りがなく、市場が居住区のあちこちにあります。要は都会なのです。
「あー、なんか久しぶりに帰ってきたなぁ。あたしとしては余り気乗りしないんだけどねぇ」
「エリーナって都会っ子なんでしたね、そういえば」
「んー……そうでもないよぉ。出身は田舎も田舎だよ」
「そうなんですか?」
「……まぁいいじゃない。それよりも、第二層にひと際大きな建物が見えるでしょ?あれが魔法学院だよぉ」
僕は馬車の窓から身を乗り出して見ると、まるで王都に来た人へアピールをするかの如く、高い位置の真ん中にその学院はありました。
「まるで王都のシンボルみたいですね。なんといいますか、色々凄すぎて萎縮してしまいます……」
「ミズファお姉さま、私も初めて王都を見た際には学院も含めて様々な大きさに驚いてしまい、恥ずかしながらつい泣いてしまいましたのよ。レイシアお姉さまが居て下さらなかったら、きっと私達姉弟は心細さで途方に暮れておりましたわ」
「うん、僕達だけだったら絶対辛かったー」
「既に僕も王都の空気に飲まれてるので気持ちが解ります……」
今まで別の馬車に乗っていて、今は同じ馬車に乗っているシルフィちゃんとウェイル君が初めて王都に来た当時を教えてくれました。
僕も一人だったら絶対道に迷っり、心細さで路地裏で体育座りする自信があるので、二人に対して大いに同意します。
緩やかな坂道を登り始めると第二層へと入り、居住区の街並みは徐々に高級なお屋敷に取ってかわって行きます。
そして、第二層の真ん中に建てられている魔法学院の前に、馬車は止まりました。
「着いたー!」
ウェイル君が一番乗り、と言わんばかりに馬車から飛び出し、ぴょんぴょん跳ねています。
魔法学院の入り口を近くで見ると歴史を感じさせる、大聖堂のような外観をしていました。
「ウェイル、往来の前で……はしゃいでは、いけません」
「はーい!」
ミルリアちゃんは王都が初めてにも関わらず周囲に気負う事無く、いつも通り平然としています。
王都に関して言えば、妹と弟の方が先輩ですが、流石は姉の貫禄です。
大聖堂のような正門をくぐると、広大なキャンパスが広がります。
実際に授業を受ける建物は、教会を大きくしたような作りになっていました。
「さ、ミズファ。先ずは寮へ向かいましょう。寮は学院敷地内の離れに建てられています」
「あ、はい。でも直ぐに学長さんに会いに行かなくていいんですか?」
「学長は先ず、長旅の疲れを癒してからお会いになられる方です。私も此方へ初めて訪れた際、直ぐに学長にお会いせねばと思っていたのですが、先生方に先ずは寮へと通されました」
「私とウェイルもですわ、ミズファお姉さま」
「そうだったんですか、解りました!」
以前エリーナとツバキさんから、学長はとても良い人だと聞いていました。
きっと学院生全員のお母さんみたいな方なんでしょうね。
「じゃあ寮で一旦休もっかぁ。皆こっちだよぉ」
エリーナが先導するように歩いていき、それに一行が続いていきます。
敷地内は石畳の通路が各方面へと繋がっており、その上を歩いていけば自ずと辿り着けるようになっています。要は通学路ですね。
「私は蝙蝠で大体寮の作りは解るけれど、内装を含めて実際に見るまで安心は出来ないわね」
「ふん、寮はその辺の貴族共の屋敷より数段まともじゃ。安心するがよい」
まだ半疑のプリシラに面白くもなさそうに答えるツバキさん。
僕は寝泊りできれば何でもいいんだけど。
「私を誰だと思ってるのよ……安物の部屋なんかで眠れる訳無いじゃないの」
プリシラが直接僕の頭に話しかけてきます。
思ったんですけど、それって野宿とか絶対無理ですよね。
「それは……勿論嫌だけれど、今後の旅を考えれば何れ宿無しは経験する事になるでしょうし、その際は我慢するわ。シズカを探して旅をしていた頃は、誤認能力でその辺のお屋敷を使わせて貰っていたのだけれど。……あ、これは別に悪用じゃないわ、最低限レディーとして仕方無くよ!」
はい。誤認している以上、誰も悪い事をされているなんて解りませんし。
一先ず僕も許します。
程なくして寮へと着きます。
ツバキさんの言う通り、貴族のお屋敷に負けない豪華な作りの建物になっていました。
一言でいえば、白亜の超豪邸です。大じゃないです、超です。
寮母さんらしき人とレイシア達が話をすると、僕たちは中へと通されました。
先ずはしっかりと疲れを取って、王都に慣れないといけませんね。
特に僕は王様にも会わないといけないですから。
うぅ、嫌だなぁ。




