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次なる目標

 朝食後、何の脈絡も無いエリーナのセクハラをチョップで撃退し、部屋へと戻ろうとしていると。

 プリシラが頭の中に直接声をかけてきました。

 落ち着いてきたからそろそろ僕とお話がしたいそうです。


 ミルリアちゃんには他の皆の所へ付いて貰って自室には一人で戻り、豪華な丸いテーブルの席へと座ってプリシラを待ちます。

 レイス討伐後からの忙しさでプリシラと行動する事が少なくなっていたので、ちょっと嬉しいです。

 僕は皆と隔てなく沢山お話ししたい欲張りさんなのです。


 程なくして部屋をノックする音が響き、頭の中で入室を促すとプリシラが入ってきました。


「朝食間もなく失礼な事だけれど、お邪魔するわね」

「いいえ、僕もプリシラとお話したかったので!」

「その気になれば貴女の頭の中に話しかける事もできるのだけれど、たまに口に出して喋る事があるのよ。それがお仕事中の人前だったりしたら私、恥ずかしさで死んでしまうわ」


 なにそれ可愛いです。


「恥ずかしいからやめて頂戴……」


 頭の中を覗かれました。

 カムバックプライバシー、というか恥ずかしいなら頭の中覗くのやめればいいと思います!


 プリシラも席へと座ると、真面目な顔で僕をジっと見つめます。


「ミズファ、聞かせて頂戴。レイスに捕らわれた後に何があったのか。そして……シズカの事を」


 僕はいつか聞かれるだろうと思っていたので、一息ついてゆっくりと話し始めました。

 捕らわれた後に、シズカさんに出会った事。シズカさんから強大な力を譲り受けた事。シズカさんが居なくなった理由。そして、まだ生きている事。


 途中からプリシラは大粒の涙を流しながら聞いていました。

 彼女の気持ちは痛い程に伝わってきます。

 300年です。300年プリシラはシズカさんを待ち続けました。人間の寿命は短いです、もう戻る事は無いと解っていてもシズカさんを待ちました。プリシラはどれだけの時が過ぎようと、心のどこかでまた会える気がしていたのだそうです。


 そして僕が現れました。

 実質、シズカさんその者だと言ってもいい僕はプリシラの元へ「帰った」事になります。

 プリシラの心中は、僕と初めて接触するまでは複雑な心境だったでしょう。

 最初は興味を惹かれる程度にしか思わなかったとか。


 僕の血を欲する時は、「僕自身」を受け入れてはくれましたけど。

 けど彼女にとって、僕を受け入れるという事は、シズカさんはもう存在しない事実を認めてしまう事と同じだったのです。

 シズカさんが自身の代わりに僕を引き合わせてくれた、そう考えていたからです。

 実際にその考えは間違ってはいませんでした。


 程なくして僕は話し終えると、彼女はまだ暫く泣き続けました。

 続けて僕はプリシラに謝ります。


「シズカさんの体が無くなったのも、事実上僕に責任があります。謝っても許して貰える事じゃないですけど、本当に……御免なさい」


 しばしの無言の後、やがてプリシラは泣くのを止めました。

 そして僕を見つめて。


「どうして貴女のせいなのかしら? レイスが元凶なのは当然として、悪いのはシズカじゃないの。貴女はただ、シズカから与えられた命を使い、存分に生を謳歌なさい。貴女にはその権利があるのよ」

「プリシラ……」


 そうしてプリシラは席を立ち、胸を反らしつつ腕を組み、威厳に満ちたポーズ取ると。


「シズカ、聞こえているのでしょう? 久しぶりね。居なくなって清々していた所だけれど、次はミズファを毒牙にかけていたのね? ミズファの中はどうかしら、とっても居心地が良さそうね。何かミズファを助けたつもりになっているようだけれど、おあいにく様。ミズファは貴女の力が無くても、いずれ私と出会っていたわ、余り調子に乗らない事ね。私は今後もずっとミズファといちゃいちゃしていくけれど、貴女が復活してもそれは変わらないわよ? 私を抱きしめるつもりだったそうね。ミズファに取られた私を直に見て、せいぜい悔しがりなさい」


 一気にまくし立てるプリシラ。

 僕は唖然と彼女見つめています。


「ふぅ、気分が晴れたわ」

「プリシラ?」

「大丈夫よ、私は無理していないわ。それにミズファ、今の私は貴女しか目に映っていないもの。あのおバカが復活したら今度こそ私の実力でコテンパンにして、私付きのメイドにして、一生こき使ってやるんだから!」


 プイっとそっぽを向くプリシラ。

 僕には解っています、シズカさんが再び戻ってくる可能性が生まれた事をどれだけプリシラが嬉しく思っているか。

 僕もゆっくりと席を立ち、次に向けての意思を示します。


「次の僕の目標は、シズカさんを現世に復活させる事です。プリシラにもお手伝いをお願いしてもいいですか?」

「まぁ、シズカが望んだのなら、力を貸してやらない事もないわ。ミズファと私に手間を取らせた報いも、後でキッチリ払って貰わないといけないわね。……さて、次に向かう場所が決まった所で」


 プリシラが部屋の入口に歩いて行き、おもむろにドアを開けます。


「貴女達にも当然、手伝って貰うわよ。嫌とは言わないわよね? ミズファを長期、私が独占してしまう事になるもの」


 ドアの外にはレイシアを始めとした、仲間全員が揃っていました。


「み、皆いつからそこにいたんですか!」

「シズカさんという方のお話からずっと。ミルリアさんが一人にして欲しい、とミズファから言われたとお聞きして。心配で様子を伺いに参りましたら、結局皆揃ってしまいまして……」


 レイシアが代表して恥ずかしそうに話してくれます。


「ミズファちゃんもプリシラちゃんも水臭いよぉ。二人だけでこそこそするの禁止!」


 それにミズファちゃんはあたしの娘なんだからねぇ、と付け加えながら僕に抱き着いてきます。


「ふん、魔王がミズファを拉致して何か企んでおる故、妾がミズファをいつでも助け出せるよう監視しておかねばならぬじゃろう」

「我が主が向かわれる場所は……私の場所です。我が主、何なりと……申し付け下さい」

「皆さん……」


 正直に言えば、シズカさんを助ける為に、このお屋敷にいつまでも滞在する訳には行かない所でした。

 流石に黙って居なくなるつもりはありませんでしたけど、皆とはここでお別れになると思っていたのです。


「ミズファ。レイスは倒されましたからこのお屋敷に滞在する理由も無いのでしょう、いつかは出ていかれる事は解かっていました。……以前、お屋敷を出ていかれた際は、とても悲しくて。私はずっと涙が止まりませんでした。もうあんな悲しい思いは……したくありません。今度は……私も。私も一緒です!!」


 そうです。

 僕は沢山レイシアを泣かせてしまいました。レイスを倒したからさようなら、なんて僕も寂しいです。レイシアにはずっと笑顔でいて欲しいです。傍に居て欲しいです。勿論、皆にも。


「ミズファお姉さま……」


 シルフィちゃんが元気なく僕の名前を呼んでいます。


「ミズファ姉ちゃん、あのね僕とシルフィ姉ちゃんは学院に戻らないといけないんだ。初めからそういう決まりで着いてきてたから」

「そうだったんですか。二人ともまだ学院に通い始めて間もないですからね。仕方ないです」

「私も出来る事なら、ミズファお姉さまに着いて行きたいですのに……」


 二人の元へと歩いて行き、頭を撫でてあげます。


「その気持ちだけで十分ですよ。それに二人は親孝行をするのが先です!ちゃんと、学院で学ばないと駄目ですよ」

「はい、ミズファお姉さま。私、引き続き頑張りますわ。そしていつか、ミズファお姉さまの傍に置いて下さいですの」

「僕もー!あのね、騎士団のだんちょーさんがね、僕なら直ぐに魔法剣士の一番になれるって言ってた。だから直ぐに追いつくよ!」

「うん、二人とも待ってますからね」


 本当に真っすぐな子達です。

 一体この子達はどのような大人になるのでしょうか、末恐ろしいです。


「話は決まったわね。でもレイシア、貴女は学院を休学中とはいえ長期不在とする訳にはいかないでしょう。丁度よい機会なのだし、ミズファへの手紙が届いたら、一度皆で王都へいってしっかり学長と話すべきね」

「ええ。折角学長の推薦まで頂いたのに、学院にはご迷惑をおかけしてばかりです」


 そういえば僕もレイスの森の件で王都にはいずれ行かないといけないんでした。すっかり忘れてました……。


「どうせそんな事だろうと思っていたわよ」


 頭の中にプリシラが話しかけてきます。

 うー嫌だなぁ、王様とかに会ったりするんでしょうし。帝さんみたいにフレンドリーな人ならいいですけど。と思いましたが、あの人が良いのかと言われると嫌です。


「あたしも学院には現状報告しないといけないからなぁ」

「うむ、妾も久方ぶりに、学長殿には顔を出さねばならんと思うておった所じゃ」


 エリーナとツバキさんも学院に縁のある人達なので特に異論も無いようです。

 先ずは王都、という事で皆の意見が一致しました。


 それにしてもです。

 皆がプリシラと僕の話を聞いていたのなら、僕が異世界人だと知っている筈なのに、そこに関しては触れてきません。

 皆、本当に僕に気遣ってくれます。得体のしれない僕に着いてきてくれるんです、この感謝の気持ちをどう表現すればいいんでしょうか。


 ふと、テーブルに置いてある試作型の時計が目に移ります。

 ……時計。

 そうです、小型の時計を皆に贈ろうと思います!


「それじゃあ、手紙が届いたら、全員一緒に王都に向かいましょう!また暫く僕とお付き合い、よろしくお願いします!」


 僕は深くお辞儀します。

 この人達が居てくれたから、今まで僕は生きてこれました。

 最大限の感謝を。


 涙が出そうになるのを我慢しながら顔を上げると。

 皆が何か言い争っています。


「ここは最初に出会った私がミズファをそっと、やさしく抱きしめてあげる場面です!」

「親代わりのあたしが娘を抱き寄せる場面だよぉ!」

「ミズファは妾の主じゃ。妾が手厚く抱擁すべきじゃ!異論は認めん!」

「主、という事でしたら……私こそが、最もその役目を担うべき、です。主様を優しく、受け入れるのが……メイドの務めです」


 直後凄まじい殺気が部屋を満たします。


「貴女達。今までずっと私は他人のふりを通してきたけれど。今回からはそうは行かないわよ?なんなら、いますぐここで、誰がミズファを抱擁するに足るか決めてもいいのだけれど?」


 続けてエリーナが炎姫たる冷たいオーラを部屋に放ちます。


「いいよ。前から一度プリシラちゃんとは本気でやってみたかったの。今のあたしには早々に古代血術は効かないわよ?」

「講師、自信をもっていらっしゃる所申し訳無いのですが、私も講師に遅れを取っているつもりは御座いません。プリシラ様以外眼中に無い様でしたら、足元をすくわれますよ」


 部屋の温度が下がったような気がします。


「やれやれ……。どやつも好き放題言いよる。いっそ、この街ごと氷漬けにして黙らせてもいいのじゃぞ?」

「人の身であれば……等しく、大地の恩恵を受けています。それはつまり……怒れる大地から、逃れられる者も等しく……存在しません」


 部屋の中がバトルロワイヤル会場に豹変しました。


「これは熱い展開ですわね、ミズファお姉さま!何方が勝ってもおかしく無いですわよ!これは後学の為に、しっかり目に焼き付けなければなりませんわよウェイル!」

「うん、楽しみだねー!」


 ……。

 うん、良く解んないけど。

 一度皆には黙って貰うのがいいかな。

 僕がマインドを使うと全員一瞬でパッタリと意識を失いました。


 はぁ……。

 もっと皆仲良くして欲しいな。


 何か、僕の名前を呼びつつ悶えながら倒れている皆を無視して、引き続き時計作りに勤しむのでした。

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