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インヴァリッドスキル

【第三区域】


「エリーナお姉さま。傷はいかがですの?」

「ん、穴は塞がったよぉ。もう少し休めば歩けるようになるよ」

「良かった……です。プリシラ様の蝙蝠から、お聞きした際には……絶望して、しまいました」


 とても心配そうにあたしの顔を覗き込むシルフィちゃんとミルリアちゃん。

 いやー可愛いねぇ、二人とも玉の輿狙うなら確実に成功するんじゃないかなぁ。

 まー、どっちも実力で成り上がっていけるだろうけどねぇ。


 周囲にはもう眷属はいない。

 だからあたしは警戒を最大限に解いて休んでいた。

 救援にきたシルフィちゃんがほぼ一人で見慣れない服装の眷属を倒してくれたからねぇ。


「それにしても、シルフィちゃん到着するのが早かったねぇ」

「私は初めからエリーナお姉さまの元へはせ参じる予定でしたのよ。それに風の魔法を操る私は、加速の魔法も使えますもの」

「流石は風姫って所かなぁ。まさか称号を継承していたなんて思わなかったよぉ」

「レイシアお姉さまが出立する数メル程前に、学院にいらしていた前風姫様が直々に私をご指名下さったのですわ」


 ミルリアちゃんがシルフィちゃんを抱き寄せて頭をなでなで。


「ミルリア姉さま、くすぐったいですわ」


 凄く嬉しそうな二人を見て。


 この子達の命は元から助かるべくして助かったんだと思う。

 きっと、ミズファちゃんの導きだと今なら確信できる。

 あの子は本当に不思議な子だ、私の命もあの子が助けてくれた。


 程なくして足を触ってみる。

 うん、大丈夫そう問題ない。

 よし、ミズファちゃんを今度はあたしが後ろから抱きしめる!


「さて二人とも、そろそろミズファちゃんを迎えに行くよぉ!」

「はいですわ、エリーナお姉さま!」

「はい、エリーナ様。我が主……待っていて下さい」


 --------------------------------


【第一区域】


「そうですか……プリシラ様、有難うございます」


 蝙蝠にお辞儀しつつ。

 ミズファが攫われたとお聞きした際には驚きを隠せませんでしたが、それでも私は不思議と落ち着いています。

 プリシラ様の情報より早く、戦う前から見慣れぬ服装の眷属が、非常に危険な存在である点には気づけていました。

 初めから危険だと解っている相手であれば、慌てる事もありません。


 何故早期に気づけたのか。

 実は先ほどからずっと、ミズファが私の隣で手を繋いで居てくれている気がして。

 そして彼女は、次に現れる眷属は危険であると教えてくれました。

 この不思議な感覚のお陰で、私は平静を保てていました。


 私は直ぐに木に隠れなければならない予感がして、ウェイル君を近くに呼び、プリシラ様の蝙蝠から情報を得ていたのです。


 そして。

 ウェイル君が木に隠れるのとほぼ一緒に、パァンパァン!!という初めて聞く音が森に響き渡りました。


「うわぁ!!び、びっくりした。今の音何?」

「ウェイル君、近くの木を見てみてください」

「木?あ、なんか穴が空いてる!なんの魔法かな。気づかなかったよ」


 危険な存在の正体は遠距離の物理攻撃だとお聞きしましたが、これは……。

 何も知らずに立っていたら、恐らく穴が空いていたのは私達だったのでしょう。


 ミズファ、助けてくれて有難うございます。

 直ぐにこの下賤な輩を倒し、貴女の元へ参ります。


「ウェイル君。何かを投げられても壊してはいけません」

「うん、解ったー。遠くに行る眷属達ね、なんかヤバイって僕も何となく解るよ」

「相手の攻撃が解っていれば大丈夫です。最初の攻撃で私達を仕留められなかった事を悔やんで頂きましょう」


 雪が降る第一区域にはウェイル君と私、そして……ツバキさんがいらっしゃるのです。

 それがどういう事か。

 直ぐに答えは出ます。

 いえ……ツバキさんの居る方角を見ますと、既に答えは出ているようですけれどね。


 -------------------------------


「舞に水を差しおってからに……」


 魔王が蝙蝠を介して、妾に眷属どもの情報を持ってきよった。

 話を聞く限りでは、なんとも面妖な輩のようじゃ。

 何も知らず無防備に歩いていては、命がいくつあっても足らぬじゃろうな。


 じゃが。

 その危険な眷属とかいう輩は。


 ……そこで氷の花になっておる者共の事か?


 元からこの区域は妾の舞台じゃ。

 駄賃も払わず、土足で舞台に上がろうなど無粋の極み。

 故に攻撃など許す筈も無い。


 それとじゃ。


 妾と一緒に楽しそうに踊っておるミズファが言うておったわ。

 見慣れぬ風貌の眷属どもを先に仕留めよと。


 実際にミズファが居ない事など解っておる。

 じゃが、まるでその場におるかのような安心感が、妾を包み込んでおった。


「ミズファが攫われたというのであれば、早々に残りの眷属共には客席からご退場願うかの」


 ------------------------------


【第二区域】


「……他愛もないわね」


 周囲に動ける眷属はもういない。

 それも当然よ、私が全て血術突剣型一式ブラッドマスカレイド で細切れにしたもの。


 初めからどのような攻撃であるか解っていれば、無傷で倒せたわね。

 でも、危険な攻撃技術である事は間違いないわ。

 それにあの様子なら、更に威力を持った遠距離攻撃も存在するかもしれないわね。

 この不思議な物理攻撃の詳細は恐らく、ミズファが知っている。


 程なくして花畑に戻り、中心へと歩いていく。

 周囲にレイスの存在は感じない。


「ミズファ。貴女「そこにいる」のでしょう?此方は終わったわよ。いつまで私を待たせるつもりかしら」


 彼女が目覚めたとされる場所。

 そこへ向かって話しかける。


 直ぐに彼女は帰ってくる。

 私にはその「確信」があるから。


 --------------------------


「―――さて、銀色の人間。貴様には聞きたい事がある」


 皆のいる世界に僕が元いた世界の人達を召喚し終えたのでしょう、レイスが再び僕の前に現れました。

 暗さで未だに正体が解りません。


「……なんでしょうか」

「―――どうやって眷属化から逃れた」

「……」

「―――この空間には強大な魔力を持つ人間をもう一人隔離してあった。いつからか、その姿が見えぬようになったのも不可解だった。「狭間」は時間の概念が無い。勝手に朽ちる事は無いのだ。……貴様、何か知っているな?」

「何を言っているのか僕には解りません」

「―――噓をついても身のためにならぬぞ。貴様が連れてきた者共の命が惜しくないと見える」


 僕はレイスの言葉につい笑ってしまいました。

 皆を人質に取ってるつもりらしいです。

 どっちにせよ殺そうとしてるくせに。


「―――貴様、何が可笑しい」

「いえいえ、すみません。最近のお笑いは奥が深いなって思って。僕も笑わせ方をもう少し工夫しないと駄目ですかねー」

「―――貴様ぁぁぁ!!!」


 得体のしれない紫のオーラがレイスから放たれます。

 そのオーラでようやくレイスの姿を確認する事ができました。


 僕の予想通りの姿。

 ローブだけを羽織り、中は骸骨。

 更には骨だけの手に鎌を携えています。


「―――いいだろう。再度殺して眷属化し直すまで。その後、直接脳を弄ってやれば解る事だ」

「僕はまだやりたい事が沢山あるのでお断りしておきます!」

「―――死ね」


 鎌を振り上げると刃の先端も紫に染まり、一気に僕めがけて振り下ろしてきました。

 僕は、ゆっくりと呟きます。


「……完全無効化インヴァリッドスキル


 鎌にヒビが入り、刃が僕に当たる直前、パァンと弾け飛びました。


「―――な、何だと。我が死神の鎌が……馬鹿な!」

「貴方に一つだけ感謝して置くべき事があります」


 周囲の空間にヒビが入っていきます。


「―――何故だ、何故余の作り出した空間が壊れている!!」

「元の世界にいた僕には申し訳無く思っていますが、貴方が僕を殺してくれたお陰で、沢山のかけがえない人達に出会えました。有難うございます。……でも多分僕は、「本当に死を望んでいた」ような気がします。」


 やがて空間のヒビから光が差し込み始めました。


「―――貴様、一体何をした!!」

「一つ心残りなのは……死んだ時。僕はプレゼントを持って、誰に会いに行こうとしていたのか、です。僕の中の霧は、完全には……晴れていませんね」


 空間が完全に破壊され、周囲に花畑が広がりました。


「まったく……遅いわよ、ミズファ」

「御免なさい、プリシラ。あと、ただいまです」


 笑顔でプリシラに駆け寄って彼女を抱きしめます。

 シズカさんなら、絶対にそうしたでしょうから。


「ち、ちょっと、どうし……」


 僕の心を読んだのでしょう、プリシラが優しく抱き返してくれました。


「―――ふざけるな……」


 声の方へと振り向けば、そこにはレイスがいました。

 ……今の僕には、無防備にそこに立っている歩行型モンスターにしか見えません。


「―――ふざけるな貴様らぁぁぁぁ!!!」


 レイスが何かの力を使おうとしたようです。


「―――何だ……!?何故余の力が扱えぬ?」

「レイス、貴方が「今日」まで存在できたのはただの運です。そして、罪なき人々を無差別に殺し、しかも死してなを、無理に罪を重ねさせた。もう十分でしょう」

「―――何が十分だと言うのだ!余は間もなくこの世界の王になる。ブラドイリアの命を使えば、結界など容易く砕く事が出来よう。どうやら、眷属どもを全て退けたようだが、まだまだ余は「狭間」に……」


 そこでレイスの言葉が途切れます。

 それはそうでしょうね。


「今壊れた空間が、どうかしたんですか?」

「―――ならば。余、自ら貴様らを眷属に変えればいいだけの事。使い捨ての駒程度にはなるであろう」

「さっき壊した鎌、あれ無くても平気なんですか?」


 レイスが黙ります。


「もう認めてください。今の貴方は……その辺のモンスター以下だと言う事を」


 その事実を突きつけられたレイスは。


「―――余が……!!余が雑魚の下だと……? 何を言っている……余の力は、火の鳥【イグニシア】を超える頂点たる能力だ!!!余の眷属化は海の雑魚どもを統べる海龍【アビス】を超える戦力だ!!!余の」

「黙りなさい。それ以上先を喋るなら、今すぐ殺すわ」


 プリシラが本来の「魔王」たる殺気をレイスに向けています。

 その殺気だけで、軽く隣りの街まで猛獣やモンスターが近づけぬ程。


「―――よ、余は……余はこの世で!!余は……」


 怯えながら。

 完全に狼狽しています。


「終わりにしましょう」


 僕はレイスに向かって身を正し、合気道のような姿勢を作ります。


「―――な、何をするつもりだ。や……やめろ。余はまだ、本気を、力さえ使えれば貴様らなど」

「さようなら」


 僕は頭の中に浮かんでくる言葉を紡ぎます。

 それは、シズカさんと僕の力を合わせた結晶。


「【二条神明流二の型「古月」、7重ホーリーアロー】を合成」


 僕の左手に弓が、右手に白く光る矢が現れます。そして、ゆっくりとレイスに向かって構えます。


「―――やめろ……やめろぉぉぉぉぉ!!!」


「【破魔聖弓七連矢】」


 膨大な光が弓から溢れ、その力を一気に放ちます。


 一矢、二矢。

 光が連続でレイスを刺し貫いていきます。


「―――ぉぉオオオオオオ!!!!!」


 三矢、四矢。

 既にレイスの体の半分が消滅しています。


「―――……!!ヨハ、シリョウ、の」


 五矢、六矢。

 頭部以外が消滅しました。

 そして。


「―――」


 七矢。

 レイスの額に矢が突き刺さると、この世界から完全に消滅しました。


 ……こうして。

 長きに渡ってレイスの森に苦しめられたベルゼナウの街は、夜の監獄から解放されました。

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