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レイスと眷属

【第一区域】


「まったく……どやつも派手に戦いおって」


 光の玉やら、赤い十字架やら、天使の軍勢やら。

 派手にすれば良いと言うものでもなかろう。

 まぁ、なんじゃ。

 妾が言うのもアレなのじゃが……。


「まぁよい。どうやら、妾が最後のようじゃからのぅ。真打は遅れて登場する、と倭国を建国した御仁が語録に残しておった故な?」


 天使の軍勢が東の街道沿いまで綺麗に掃除しよった故、森の中にすんなりと入る妾。

 暫くは無人の森を歩いているような錯覚に襲われたのじゃが。

 それもつかの間、空いた空間を埋めるように眷属共が沸いてきよった。

 眷属共の数は、妾の想定をも超えておるやも知れぬ。


「……光姫は森の反対側かの。強大な魔力がその近くに二つあるようじゃが、あの姉弟か。成程、魔王の言う通りじゃの。この短期間でよくもここまで魔力を高めよったわ。あ奴らであれば、多少は周囲を凍らせても問題はあるまい」


 しかし、死にかけておったあの姉弟がよもやこれ程とはの。

 あの地下の惨状では、流石の妾でも内に秘めたる魔力には気づけぬ。


 ……さて、眷属共も近づいておる故、そろそろ始めようかの。


 妾とて、ただ里帰りをしていたつもりなど無い。じゃが、妾は他の者より魔力が高い故、これ以上修行などしても天災にしか成らぬ。そこで妾は戦い方の工夫を考える方が先決じゃった。

 そして、この森のいくさに併せてそれを身につけた。


「そこな眷属共。今宵、妾が極上の舞を見せてやろう。じゃが……タダという訳にもいかんか」


 妾は胸元から扇子を二本取り出す。

 そして両手に持ち、優雅に広げ。


「そうさの……駄賃は」


 右手の扇子を前に、左手の扇子を口元に。


「……貴様らの命じゃ」


 左手を水平に横に、右手をゆっくりと上へ。


「“凛然と降り続く雪よ。冷たく降り続く一かけらの雪よ。儚く消え行くにはまだ惜しく……”」


 はらはらと雪が降る。

 この地域には一切雪は降らぬ故、街から見ればさぞ不思議な光景じゃろう。


「“儚き雪の結晶よ。白き雪の花よ。消えゆく前のその命、舞いに応え咲き誇れ”」


 雪が眷属に触れる。

 すると、瞬く間に凍結する。


「氷術「雪花演武」」


 術式が展開すると共に、雪に触れた眷属共が砕け散る。

 眷属共がいたその場には、儚い氷の花が咲く。


 妾は舞を踊ると。

 雪は森を白の世界へと変えて行く。


「“舞えよ、舞えよ、雪の花。全てを白に染め上げよ、僅かな命を花とせよ”」


 目を瞑り、舞と共にゆっくりと移動してゆく。

 眷属共は砕け散るや、更に新たに出現する。


 妾は舞う。

 出現する者、出会った者、周囲の眷属は凍結し、瞬く間に氷の花へと変化する。


「夜明けまで妾に付き合うて貰うぞ。夜通しの舞じゃ。斯様な美女の演武である、好きなだけ楽しんで逝け」


 -------------------------


【第二区域】


「……妙ね」


 森の中を大分プリシラと進んでいますが、何故か眷属に出会いません。

 最初にプリシラが消滅させた眷属以降、新たに出てこないのです。


「罠でしょうか」


 その可能性が一番高いけど、自分の命に関わる様な危険な予感は今の所していません。

 けれど。


「その分、他の区域に相当沸いているわよ。先に姫達を殺す罠かしら」

「……エリーナ達、大丈夫でしょうか」


 他の人の命に係わる予感までは察知できません。

 これが先にエリーナ達を疲弊させる罠の可能性は十分にあります。


 そんな僕の心配と合わせて、第一区域の上空に光の槍を手に持った天使が出現しました。

 僕の記憶の断片だと、ゲーム等で見かける戦乙女のような恰好をしています。


「……貴女、たまに不思議な事を考えて居るわね。シズカとも毛色が違うから、とても興味深いのだけれど」


 お願いですからその携帯OFFにして下さい。


 あれは多分レイシアの術式ですよね、無事街道に着いたみたいです!

 それにしても、凄い術式です。


 もはや魔法などという常識を超えていて、召喚の類では無いでしょうか?

 術者は皆、同じ魔法を使える訳ではありません。

 使うには向き不向きがあり、当然好みも混じるので十人十色の魔法になります。

 そして、最高位の術式はその好みが大きく反映され、魔力の総量や術者の強さが加わり、形になります。


 一斉に光の槍が森へと投射され、光の帯が上空へと立ち上がっていきます。


「レイシアも中々素晴らしい魔法を使うわね。レイシアと出会うきっかけはカイルが作ったのだから、それに関しては彼に感謝すべきかしらね」


 まるで自分のように嬉しそうなプリシラ。

 うん、僕もレイシアがあんなに頑張ってくれて感謝ですし、とっても嬉しいです!


「それよりもミズファ。レイスの存在を感じる方向なのだけれど」

「……はい。花畑ですね」


 昼間は何もなく、平穏で綺麗な花畑でした。

 そして僕が目覚めた場所。

 そこにレイスがいるようです。


 では何故そこに?

 僕は、以前森から脱出する際にレイスの手に追いかけられました。

 だから移動できない訳では無い筈ですし、待ち受ける必要など一切無いでしょう。

 何の為に花畑にいるのか解りません。


 警戒しつつも花畑の方角へ移動していると。

 やがて、第一区域の方面に雪が降るのが見えました。

 一瞬でツバキさんだと解ります。


「どうやら、氷姫も着いたようね。雪なんて久しぶりに見たわ」


 上空から舞うように降り落ちる雪を遠目に見て感心するプリシラ。

 僕も雪を見つめていると、次第に脳裏に何故か似たような景色が残っている事を「思い出し」ました。


「ミズファ……?」

「……はい?」

「今、何か不穏な景色が見えたわよ。貴女平気なの?」

「大丈夫です。僕は「ここ」にいますし、この通り何の問題もありません」

「そう。ならいいのだけれど」


 僕の脳裏に残っていたのは、雪の中血が流れていく光景。

 降る雪を見た事がきっかけのように思い出したようでした。


「――来い」


 レイスの声が聞こえます。


「うるさい奴ね。この私に命令出来るようなモンスターが居る事に苛立ちを覚える以上に、驚きが勝ってきたわ」

「レイスには何か自信でもあるんでしょうか」


 でもそんな自信があるなら、とっくに僕が「直感」で危険に結びつくか解るはず。

 それも未だに無いのです。

 一抹の不安だけが募ります。


「過信の間違いじゃないかしら。封印されるような奴が偉そうに」


 それだけで済んでレイスを倒せるなら、それに越した事はありません。

 何かレイスに策があるにせよ、世界最高の魔術師である姫たちが集結しているのです。

 なら、僕は彼女達を信じます。


「そろそろ花畑よ」


 森の先が開けています。

 昼間と変わらず綺麗な花が見えます。

 そして、僕は花畑と森の境をまたいだ瞬間。


 辺りが暗くなりました。


「え、そんな僕は明かりの術式を消して無いのに」


 辺りを見回すと。

 暗い空間が広がっています。


「……プリシラ?」


 プリシラが居ない事に気づきます。


「プリシラ!何処ですか!」


 返事がしません、近くにいる気配もしません。


「何が……」


 ふと、目の前に何かいる事に気づきます。

 いえ、その何かは解ります、それは間違い無くレイスです。


「―――森にいるのを見つけた時は、迷い込んだ人間かとも思ったが。やはり間違い無いな」


 僕を見て何かを理解したようです。

 ですが今はそれ所ではありません。


「レイス、プリシラは何処ですか」

「―――むしろ、探しているのはブラドイリアの方だろう」

「どういう意味ですか」

「―――貴様と余が居るのは【「世界」と「世界」の「狭間」】だからな」


 レイスが何を言っているのか解りません。

 狭間?魔法の空間にでも閉じ込められたのでしょうか?

 暗くてレイスの姿も確認できません。


「―――貴様らが疑問に思っている事を一つ、余が教えてやろう」

「疑問に思っている事?」


 そんな事よりここから脱出する事を考えないと。

 この長話もレイスの作戦かもしれません。


「―――どうやって予が眷属を増やしていると思う?」


 レイスがそう聞いてきました。

 今の僕にそんな事はどうでもいい内容ですが、あえて答えます。


「商人や冒険者、巡回の兵士、迷い込んだ者達でしょう。過去を遡りそれらを重ねれば、相当な数に上るのは考えるまでも無い事です」


 低い声で不気味に嗤うレイス。


「―――貴様は本当にそんな事で、あそこまで大量に眷属を増やせたと思っているのか?」

「なら魔法で作り出した、特殊能力で作り出した、いくらでもあるでしょう」

「―――遠からず、と言った所か。だが……作り出したのでは無い。だとしたら、いったい眷属は何処から増やしていると思う?」


 僕は流石に無言になります。

 結界の中から眷属を増やす、魔法や特殊能力以外にそんな事が出来るでしょうか?


「―――貴様らが倒した眷属は確かに、以前街道を通った人間だ。だが、あの中には違う世界の人間も混じっている」

「……え?」

「―――そして、これから呼び寄せる眷属は、貴様が元居た世界と同じ人間共だ」

「な……」


 ……今なんて言いました?

 元居た世界、と言いましたか?


「何を言ってるんですか?」


 言っている事は解ります。

 でも、今の僕に理解が追い付いてきていません。


「―――余は死を操る死霊の王。だが、小賢しい事に封印され数百余り。その間、狭い結界で自らを見つめ直し、何が出来るか考えた。 ―――そして余の死を操る力は「世界の境界を無視する」事に気づいたのだ」

「まさか……」


 元居た世界から死人を呼ぶ?

 そんな馬鹿みたいな事……。


「―――貴様が元居た世界は、中々に興味深い。余の居る世界では到底作り出せぬような武器もある。余は……その武器ごと魂を眷属として呼び寄せる事ができる。これがどういう意味か、解るか?」


 僕の顔から血の気が引いていきます。


 あの世界は過去から今に至るまで、人を殺める為に作られた武器が沢山あります。

 僕が元居た世界の人間を眷属化したのであれば……それは。


「―――さて、貴様が連れてきた者共。どれだけ長い「時間」を生きていられるか、見物だな」

「やめて……」

「―――ここから余の反撃と行こうか。貴様はそこで見ているがいい」

「やめて下さい!!!」


 暗い空間に響く僕の声。

 目の前から存在が消えていくレイスは、そんな僕をただ嘲笑うだけでした。


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