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ローブの少女

 ベルゼナウの街。

 街灯が等間隔で灯り、外壁の外とは別世界のように明るくて、灯りは石畳を照らすように中心部へと続いています。

 街灯をよく見てみると、光の球体のような物がふよふよと浮遊しているのが見えます。

 もしかして魔法なのかなと興味津々で街灯に近づいてみたい……所だけれど。

 今の僕は捕らわれています。


 門番の兵士に腕を捕まれたまま、半ば引きずるように連れていかれる。

 僕は疲労でろくに歩けない上に大人の、それも男の人とは当然歩く歩幅が違います。

 ノロノロと歩く僕に「おい、もっと早く歩け」と槍を持っていた兵士が腕を引っ張ってきました。


「んぅっ!」


 乱暴に引っ張られたせいで腕が痛い。

 どうして乱暴にするの?

 夜に外に居た事がそんなにいけない事だったの?


 直接聞いてみたかったけれど。

 こうして捕まっている時点で、もう僕の質問には答えてくれそうにありません。

 因みにもう一人、ドガと呼ばれた兵士は門に残っているようです。

 流石に二人同時に持ち場を離れる訳にはいかないようでした。


 視線を周囲に向けてみると、夜とはいえまだまだ街の中は賑わいを見せています。

 僕が入ってきた門は正門のようで、入口から大きな石畳が街灯と共に中心部の方へと伸びているようです。

 お城のような建物も遠目に見えます。


 行き交う人々は僕の服装と兵士を交互に一瞥して、さして面白くもないように通り過ぎます。

 どう見ても捕まった奴隷、なんだろうね僕。


「あらグラシュじゃないか。あんた門の番ほっぼり出して何してんのさ」


 女性の声がかかり、前の兵士へ語り掛け。

 その声に見上げると20才前後のお姉さんがいました。

 金の髪をカールにしてサイドアップにしており、黒のドレスに身を包んでいます。

 いかにも、夜の街で働く飲み屋のお姉さんです。


「おうジェシーじゃねぇか。今日も綺麗だよジェシー」


 僕を引っ張りながらジェシーと呼ばれた女性に近づいていきます。


「あんた、何を連れてんだい?可愛い顔してるけど……見たとこ奴隷かいこの子?」

「あ、あぁ。空き巣だとよ。捕まえた奴の代わりに俺が詰所まで連れて行くところだ」

「ふぅんまぁいいさ。それよりもさぁ、次は何時うちの店に来てくれるんだい?」


 さも、僕の事はどうでもいいとばかりにジェシーは兵士、グラシュと呼ばれた男に抱きついています。


「あ、あぁ。最近ちょっと金がなぁ。次の給金で必ず行くからよぉ」


 何か他に理由があるかのように、明後日のほうを向くグラシュ。


「あんた、この前もそう言っていたじゃないか。つれないねぇ」


 胸を押し付けるようにグラシュに抱き着くと、その行為に火が付いたのかグラシュもジェシーを抱き返しています。


「……へへ。店には必ず行くからよぉ。その代り……今晩いいだろ?」

「今日は店番があるからだぁ~め」

「そういうなよ~」

「だめったらだぁめ。んじゃあそろそろあたしは仕事だから行くよ。まぁたねぇ」

「あ、おおいぃじぇしーそりゃねぇよ~」


 愛の語らい? 中、ふと僕の横、建物と建物の隙間からタタタ、と何かが走ってくる音がします。


「……?」


 そちらに目を向けると全身をローブで包み、深くフードを被っている人物が猛スピードで突っ込んで来ました。

 あ、駄目。これ僕にぶつかる。


「「きゃ……!!」」


 当然避ける事も出来ずに、その突進を体全体で受け止めると。

 ぶつかったせいでフードがめくれ上がったのか、突進してきた人物の顔が見えました。

 小さな女の子です。

 見た感じ、多分僕と同じくらいの年齢かな?

 赤い長い髪と、何処かの令嬢を思わせるような綺麗な顔をした少女。

 その容姿は全身をローブで覆っていても絵になる可愛らしさでした。


「おいおいなんだお前は。危ないだろうがって……レ、レイシアお嬢様!?」


 僕にぶつかってきた少女を兵士が見た途端に驚愕の声をあげます。


「レイシアお嬢様、こんな夜にお供もつけず何をなさってるんですかい?」

「あ……ええと」


 レイシアと呼ばれた少女は返答に困ったように視線を逸らし。

 ふと、その視線が僕の目と合う。

 じーっと少女に見つめられる僕、ちょっとドキドキしてきます。

 少女は視線を僕の服装に落とすと、何かを閃いたように顔を上げ。


「そ、そう。そうです!! この子を探していたのです。貴方が見つけて下さったのですね。有り難う御座います」


 少女は優雅に一礼します。


「え……?いや、こいつはさっき捕まえた奴隷でして」

「そうですか。実は私の屋敷から奴隷が一人いなくなっておりまして。本当に見つかって良かったですわ」

「あの、ですがこいつは外から……。あ、じゃなくて空き巣の容疑がかかっておりまして」

「きっとお腹を空かせていたのでしょう。この子から詳しく事情を聴き、被害に合われた方には私直々に謝罪に出向きましょう。その後は当家で処理しておきますので。お勤めご苦労様でした。さぁ、行きましょう」


 僕の手を取ってレイシアと呼ばれた女の子は立ち去ろうとします。

 あっけに取られていた兵士は一瞬手を緩めるものの、まだ僕の腕を離しません。


「そ、そうはいかねぇですぜ。そもそもこんな夜にレイシアお嬢様が一人でたかが奴隷一人を連れ戻しに来る訳ねぇじゃねぇですか!」

「実際にこうして迎えに来ていますよ? 何か問題御座いますか?」

「いやだってこいつは夜の、あ、いや……」


 グラシュは舌打ちした。

 外から来た得体のしれないガキを売りつける為に本当の事が言えず、口ごもる。

 それを問題ないと捉えたのか、レイシアが微笑む。


「それではこの子の手をお放し頂けますね?」


 グラシュはレイシアが嘘を言っている事が解っている。

 自分の連れてきたガキを連れ戻しに来たと言い出したのだから当然だ。

 本来であれば明らかに不審なレイシアを問い詰め保護すべきであるが、下手につつくと此方の思惑もバレてしまいかねない。


 バレた所で夜の街の外に居たようなガキだ、いくらでもモミ消せす事は出来る。

 だが相手が問題だった。相手は大貴族の令嬢、【レイシア・フォン・ブラドール】である。

 レイシアの父、ブラドール伯はベルドア王国の北側にあるこの街ベルゼナウの領主でもあるので、何らかの問題が生じた場合、自分の首が飛びかねない。


 安定収入のある職とガキを売って得た一時の金を天秤にかけるのであれば。

 渋々従ってガキを引き渡すしかなかった。


「わ、解りやした……。で、ですがレイシアお嬢様、本当にこのガキあ、いや奴隷を探しておられたんですかい?」

「勿論です」

「……。で、では奴隷をお返ししやす」

「ええ、それでは失礼致しますね」


 黙って事の成り行きを見ていた僕の腕から、兵士が手を離しました。

 問答が終わるとレイシアと呼ばれた女の子は優雅に再度一礼し、僕の手を取り歩き出します。


「……」


 ようやく兵士の腕から解放されると、今度は女の子が僕の手を引いていきます。

 僕には何が起きたのかよく解らなかったけれど、あの兵士に連れていかれるよりはよっぽどいいと思えます。

 後ろからついて行くと、女の子特有の仄かに甘い香りがしました。


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