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償い

【第三区域】


「“力有りし……砂塵よ、我が手に収束し、全てを貫く……砂の槍と成せ。”「サンドスピア」!」


 ミルリアちゃんが街道から放つ魔法の援護に合わせて、あたしは一気に森の中へと分け入っていく。

 本当は二人で森の中へ入れればいいんだけど、ミルリアちゃんはまだ戦いには慣れて無いからねぇ。

 街道に居るだけでも相当な数を惹きつけて置けるから、凄く助かるのは間違い無いけど。


「ミルリアちゃーん、じゃあちょっと行ってくるねぇ!」

「はい、エリーナ様。お気を、付けて……」


 振り返り、ミルリアちゃんに手を振って再び森の中へ走り出す。

 あたしの役目は眷属を可能な限り殲滅する事。

 ミズファちゃんの為に、ミズファちゃんを笑顔にする為に。


 走りながら術式を組みつつ、ふと思い出す。

 初めて出会ったミズファちゃんとの茶会の席。

 私の質問にミズファちゃんはとても怯えていた。

 あたしが威圧したせいもあるけど、後になって知ったミズファちゃんの真実を考えれば、あの状況は言いたくても言えず、話せず、とても苦しんでいたと思う。


 ミズファちゃんと旅に出てから、とあるメル。

 意を決したように、ミズファちゃんがあたしに真実を聞かせてくれた。

 自分の名前以外解らず、記憶が曖昧だと言う事。

 レイスの森で目覚めた事。

 どうしてそうなったのか解らない事。

 そして、必死に森から逃げて街に助けを求めた事。


 ……あたしは。


 命からがら森から一人で逃げて、この世界でどう生きていけばいいのか悩み、レイシアちゃんにも言えない真実に苦悩し、曖昧な自分に怯えて過ごす彼女に。


 ……茶会の席で何て言った?


 まるで面白い玩具でも見つけたように、化け物に冷たい目を向けるように。

 助けて欲しがっていた一人ぼっちの彼女の心に、更にナイフで傷をつけた。


 彼女は……茶会から席を外すと自室に戻っていた。

 監視のつもりで後をつけていたあたしは、自室で泣いている彼女を見つけた。

 ようやく……そこであたしは何か自分が間違っていると理解した。


 旅の最中、真実を教えてくれたミズファちゃんは、話ながらポロポロと涙を流してた。

 彼女はいつも泣いてばかりだった、全部あたしのせいだ。


 だから。


 あたしは、あの子を笑顔にしてあげなくちゃいけない。

 傷つけた彼女に償わなければいけない。

 ツバキちゃんは自分の人生はミズファちゃんの物だって言ってた。

 あたしだって同じだ、この気持ちは誰にも、レイシアちゃんにだって負けない!!

 あたしの全ては、彼女の幸せの為だけにある。


 程なく、眷属があたしを取り囲むように近づいてきた。

 感傷に耽る暇も無いって訳ね。

 別にいいよ?


「死にたいなら、今すぐ殺してあげるから」


 組み上げた術式を展開させる。


「炎術「蒼炎二式、重ね焔」」


 あたしの周囲に、手ひら程度の大きさの蒼い炎が十数個出現する。

 それは出現すると「自動的に眷属に向かって飛んでいく」。


 眷属は少しでも炎に触れるとすぐに灰となって崩れ落ちる。

 けど、眷属に当たった炎は消えない。

 直ぐに次の眷属に向かって飛んでいく。


 自動で攻撃し、消えない炎が十数個。

 それらが次々と眷属を灰に変えていく。


「あたしだって遊んでいた訳じゃないし、森を焼かないように工夫する戦いくらい出来ないとねぇ。さぁ、まだ増えるよ、この炎。眷属の皆はその程度なのかなぁ?」


 更に十数個程炎が増える。

 あたしの魔力が続く限り、決して炎は消えず、敵がいる限り永久に追尾し続ける。


「因みにあたしの魔力切れ狙っても無駄だからねぇ。朝までは余裕で持つから」


 あたしは誰に対して言った訳でも無く、そう呟きながら森の中をゆっくりと歩き回っていると。

 上空に赤い十字架が現れた。


「あー、プリシラちゃんかなぁ、これ。笑える位凄い力だねぇ」


 事前にプリシラちゃんから森全域に古代血術を使うけど、あたし達には影響無いって聞いてたから見ておく。

 空に浮いていた、森全体を覆うほどの十字架が程なくしてそのまま降ってきた。

 ……流石に怖いなぁ。


 あたしの心配をよそに、十字架は木とあたしを貫通して眷属だけが消滅する。


「へー古代血術って凄いねぇ。ん……負けてられない。このままだとプリシラちゃんにうちの娘取られちゃう」


 リボンを解き、長い髪を下す。

 周囲を見ると、眷属達が新たに出現し始めていた。


「枯渇するまで灰にしてあげる。好きなだけあたしに群がりなさいな」


 -------------------------

【第一区域】


「レイシアお姉さま、どうやら着きましたわ」

「ええ、途中からは馬車で来る訳にも参りませんでしたから、大分遅れてしまいました」

「レイシア姉ちゃん、空に十字架が浮いてるよ!何あれすっごいねーー!」


 レイスの森に挟まれた南の街道に到着した私達。

 いつしか上空に浮いていた赤い十字架を見上げます。

 恐らくプリシラ様のお力でしょう。


 その十字架は程なくして落下し、眷属達が消滅していきます。

 やはり凄いお方ですね。


「凄い……。綺麗で、そして優雅な能力ですわね」

「眷属みんな死んじゃったねー!あ、また出てきた」


 二人がプリシラ様の力に感心しています。


 そして、もうひとつ。

 私は更に上空にある光の玉を見上げます。


 何度見上げても、本当に素晴らしい魔法です。

 ミズファがだんだん遠い存在になって行くような気がします。

 ですが、私も光姫の名に恥じぬような戦いを今宵、貴女にお見せします。


 それと、遅れてしまいましたのも、実は計算の内です。

 遅れた分はシルフィちゃん、ウェイル君が十分に埋めてくれますから。


「さぁ、二人とも。直ぐに戦闘に入ります。魂喰らいには十分気を付けて下さい。あなた達に何かあれば、ミルリアさんが悲しみますから。決して無理はなさらぬ様に」

「はい、レイシアお姉さま。安全第一ですわね」

「はーい!」


 きっと、ミズファもミルリアさんも、この二人の成長を見ましたら、大変驚く事でしょう。

 私自身がまだ信じられない程ですから。


 シルフィちゃんは3クオルを学院で過ごす内に、貴族のご令嬢方にも負けぬ気品を身に着けました。

 それが最近喋り方にも表れてきており、微笑ましく思います。


 ウェイル君は元気で素直な良い子です。

 誰にでも優しく、困っている方がいらっしゃれば率先してお力になる、そんな子です。

 初等部の少女達から早くも慕われております。


 そしてこの二人は……。


「さぁ、レイシアお姉さま。私が援護致しますから森の中へお進み下さいませ」

「ええ、有難うございます、シルフィちゃん」

「僕も行っていい?」


 本来ならば二つ返事でその申し出は却下する所なのですが。

 ウェイル君だけは許されてしまいます。


「ええ、いいですよ。ですが、再三申しますが油断だけはなさらぬ様に。森の中の魂喰らいはどこから伸びてくるか、どこから曲がってくるか解りませんから」

「はい!その前に倒しますね!」

「ウェイル、余り調子に乗っては駄目ですわよ。レイシアお姉さまのサポートをしっかりこなして下さいね」

「うん、任せといてよシルフィ姉ちゃん!」


 そして、シルフィちゃんは術式を組み上げ始めます。


「“吹き荒ぶ伊吹が聞こえし者よ。怒れる精霊はやがて颶風ぐふうを起こし、遮る全てを貫き通すだろう”「シルフィードペネトレイト」!」


 人の目には捉える事が出来ない風の壁が全周囲に向けて放たれ、音すら置き去りにして眷属を貫き、絶命させます。


「シルフィ姉ちゃん、ちょっと木が吹っ飛んでる」

「加減するのは難しいんですのよ。大目に見て下さいまし」

「眷属が周囲にいない今の内に森へ入ります。ウェイル君はぐれないで下さいませ!」

「はーい!」


 森の中へと駆け出す私とウェイル君。

 多少奥に進むと、すぐさま眷属と遭遇します。


「やはり想定されていた通りに、眷属の数が尋常ではありませんね」

「全部一気に倒せば数なんて一緒だよ!レイシア姉ちゃん。僕先にやっていい?」

「ええ、ですが、ちゃんと木は避けて下さいね」

「はーい!」


 ウェイル君は元気に返事をすると。

 腰に帯剣していた二ふりの剣を抜きます。

 そして姿勢を低く構え、彼の無邪気な雰囲気は消えました。


「来い、魔力を帯びし雷よ。我が剣に宿りて全てを薙ぎ払え!雷光閃ライトニングブレード!!」


 左手の剣に纏った雷は、ウェイル君が横薙ぎに振るうと、ジグザクに木を避けながら眷属を捕らえ貫き、消し炭へと変えます。

 雷はなを貫通を繰り返し、眷属を滅していきます。

 更に、ウェイル君は右手の剣を構えました。


「来い、魔力を帯びし魔を浄化する聖なる力よ。我が剣に宿りて光と共に全てを消し去れ!不浄を滅する聖光の剣(ホーリーセイヴァー)!!」


 そして地面へと剣を突き刺すと。

 新たなに出現した眷属が一斉に光の柱の中に消えていきます。


 ウェイル君は。

 魔法を剣に宿す事ができる特殊能力を持っています。

 剣に纏わせるのは初歩魔法の類ですが、剣から放たれる威力はウェイル君の強さで決まる為、御覧の通りとなります。

 彼は世界で数人しか存在しない【魔法剣士】なのです。


「レイシア姉ちゃん、眷属沢山倒したけど、手応えが殆ど感じないよ!」

「数が多過ぎますから、数度全滅させる程度倒しただけではそうかもしれませんね」

「よーし、ならバンバン全滅させよーっと!」


 何事も無かったかのように、ウェイル君が倒した区域を埋めるように出現する眷属。

 いいでしょう、でしたら次は私がお相手して差し上げます。


 今宵でレイスの森、という名の看板は下ろして頂きますね。

 長きに渡り、我が街を苦しめ続けた罪……その存在の抹消で償って下さい。


「“不浄なる者よ。死してなを罪深き咎人よ。裁きの裁定は下された。幾重にも及ぶ光の本流は全てを包み、愚かなる者達を飲み込み、やがて還るだろう”」


 ウェイル君が慌てて私の近くに寄ってきます。

 私の術式が組まれ、危険を察知したからです。


「さぁ、ミズファ。見ていて下さい。私の決意の証を。貴女への思いの証を」


 術式を森全体に展開。


「聖槍「天撃・終焉」」


 上空に白き羽を持つ天使が現れます。

 その数、森の空を覆う程に。


 手には光に満ちた槍を持ち、一斉に眼下の森へと狙いを定めます。

 そして終焉を知らせるように、一斉に投げ落とされました。


 森には幾重にも重なる光の槍が突き刺さり、眷属のみを刺し貫いていきます。

 森には一切の傷は無く、不浄なる物が還るのみ。


「さぁ、まだまだ参ります。ウェイル君気を抜きませんように」

「はーい!」


 戦いは始まったばかりなのですから。



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