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夜の森

 レイス討伐決行のメル。

 間もなく夕方にさしかかる頃、僕達の準備確認と兵士達の配備確認が終わり、後は森へと移動を残すのみの状態となっています。

 エルフィスさんは領民が必要以上に不安にならぬよう、街の中を常に巡回して人々に声をかけて回っています。

 とてもよく出来た方です。


 僕達は慌てればその分だけ事を仕損じる、と言うプリシラの持論を皆で汲み取り、今まで紅茶を飲んでいました。

 第二区域組の僕達はそれほど距離はありませんが、第三区域組は他の区域よりもちょっと歩きます。

 なので本来であれば余り悠長な事もしていられないのですが、とある理由で今回は別です。


「ミズファちゃん、いよいよだねぇ」

「はい」

「緊張してる?」

「正直に言えばしてますし、恐怖心もあります。けれど、負けるなんて微塵も思ってません」

「ん。いつものミズファちゃんだねぇ。今まで折れずによく頑張ったよぉ」


 そう言うとエリーナは僕をいつものように抱きしめてくれます。


「エリーナ、僕を支えてくれてありがとね。今まで折れなかったのは、一人で旅に出ようとした僕とずっと一緒に居てくれたエリーナのお陰です」

「ううん、あたしもね、ミズファちゃんと一緒にいるのずっと楽しかったし、頼って貰えるのが凄く嬉しかったよぉ」

「エリーナだって、本当はしたい事、しなくちゃいけない事とかあった筈です。レイスを倒したら今度は僕がエリーナに恩返しをする番です!」

「子供がそんな事気にしないのぉ。あたしは、ミズファちゃんが元気に笑っていてくれたら、それだけで十分だよ。笑ってるミズファちゃんが大好きだからねぇ」

「僕もエリーナの変な所以外大好きですよ」

「変な所があたしなんだけどねぇ……」


 程なく身を離してエリーナを見上げながら。


「エリーナ、怪我したらちゃんと回復魔法で治してくださいね。無理したら、駄目ですよ」

「ん。了解だよぉ」

「ミルリアちゃんも無理しないで下さいね。ミルリアちゃんは街道沿いをメインに戦うとはいえ、眷属の動きと魂喰らいには常に警戒して下さい、油断は禁物ですからね」

「主様のお言い付けは……必ず、守ります。主様のご期待にも必ず、応えます。第三、区域は……お任せ下さい」

「うん。エリーナも、ミルリアちゃんも有難うございます、頑張って下さい!」


 今まで優雅に紅茶を飲んでいたプリシラが席を立ち。


「さて、そろそろ頃合いかしらね。炎姫、ミルリア。ミズファを悲しませる真似は絶対に許さないわ。精々死なないように頑張りなさい」

「当然だよぉ。そもそも……あたしを誰だと思ってるの?」

「主様の笑顔を、お守りするのは……絶対です。お約束、します」

「じゃあ二人とも用意はいいですか、そろそろ行きますよ!」


 二人は軽い荷物を身に着けると、コクンと頷きます。

 それを見た僕は並んでいる二人に手の平を向けて。


「対象指定、二重影の扉!」


 魔法を展開させると、影のような黒い円がエリーナとミルリアちゃんの足元に出現し、二人は黒い円に沈んでいきます。

 僕は二人に笑顔で手を振ると、二人とも笑顔で返してくれました。

 やがて完全に沈むと円は消え、二人は居なくなります。


「……行ったわね。本当、見れば見るほど貴女の【移動魔法】には驚くわ。シズカだって使っていなかったし。魔法の向き不向きかしら」

「プリシラも研究施設の地下で魔法陣から移動して来てたじゃないですか」

「あれは私自身しか移動できないし、血を記憶した人の目の前にしか現れる事が出来ないのよ」

「あ、そうなんですか。プリシラなら移動魔法とか当たり前のように使えるイメージだったんですけど」

「私にだって得手不得手、魔力の総量、好き嫌いはあるわ。それらを差し引いても、他人を移動させるなんて芸当、誰にも出来ないわよ」

「んーまぁ、重魔法使ってますしね……」


 魔法具研究施設の地下で公子とプリシラが使って見せた影への出し入れ。そこからヒントを得て使えるようになった魔法が二つあります。

 一つはプリシラのように収納、保管して置く魔法。

 二つ目は、一定の距離を直ぐに移動できる魔法です。

 下見の目的も、これが一つの理由でもありました。


 収納魔法は直ぐできる確信がありましたが、移動魔法は魔力の総量を超えていた為、本来は使えません。

 けれど、今まで所持していなかった魔法具を身に着ける事で、格段に独自魔法の幅が広がり、移動魔法も使えるようになりました。


 それでも移動魔法は魔法具の力を借りていても、かなり制限が厳しいです。

 先ず対象が増えるにつれ、その分だけ重魔法を重ね無いといけません。

 移動できる場所は「一度訪れた場所」で移動距離もかなり魔力的な制限がかかっており、遠くに行けば行くほど使用する魔力は膨大に膨れ上がります。

 今魔法具を使って移動できる最大距離は隣の街まで、といった所でしょうか。

 しかも、最大距離を飛ぶとその場で暫く意識を失います。


「まだ実用性はそれほど高くないので、魔力の底上げが必要ですね」

「貴女は伸びしろがまだまだあるから、国を越えて移動する事も不可能ではないわ。そしてシズカの使った、完全封印もね」

「が、頑張ります……」


 プリシラは身を正すと僕へと向き直して。


「さて、此方も森へ向かいましょうか。私の準備は出来ているわ。いつでも移動して頂戴」

「解りました」


 僕は魔法具をチェックし、忘れ物が無いか確認。

 魔力残量確認、全部問題無しです。


「じゃあ行きますよ。対象指定、二重影の扉!」


 僕とプリシラもエリーナ達のように影へと沈み、貴賓室から姿を消しました。


 --------------------------


 森に挟まれた南側の街道。

 黒い影の円が道に二つ現れ、そこから僕とプリシラが姿を現します。

 僕は直ぐに森の中を観察してみると。


「森の動物達、もういませんね……」

「動物の危機察知能力は人間以上だもの。この森はレイスのせいで肉食の部類に入る獣が居ないようだから、温和な動物達が普段餌を探しに来ているようね。でもそれは明るい内の事。夜は一切の生き物が存在できない、死霊の世界へと変貌するわ」

「じゃあ動物達にしてみれば、レイスのお陰で襲われずに済んでるんでしょうか」

「これから命がけで戦うという所で、緊張感の無い子ねぇ。大丈夫よ、レイスを討伐したら私の魔力を少し森に残しておくわ。国家指定級の力よ。どんな猛獣だろうと近寄れないわよ?」


 それ、猛獣どころか旅の魔術師も近寄らなくなりませんか。


「今よりはましでしょう?なんでも思い通りに行くなんて考えは早々に捨てなさい」


 頭の中を読まれました……。


「さて、夜になるわ。ミズファ準備なさい。レイスも眷属も魔法で作った明かりなら消えたりはしないわ。その代り、弱体する訳でも無いけれど」

「はい!じゃあとびっきりの明るさで戦いの合図として皆に知らせますね!」

「ええ。派手にお願いね」


 行きます、修行の成果を見せますよ!


 両方の手のひらを空に差出し、魔法を展開させます。

 展開場所は遥か上空。


  「二重【見通す目】と五重ライトウィスプを【合成】!【ライトトゥルーオール】!!」


  僕の言葉と共に、天空に淡く光る巨大な光の玉が現れます。

 その光の玉は遠く、王都ですら確認出来る事でしょう。

 魔法具で極大化された玉の明るさは、昼より二回りほど暗い程度の物で、森の中を移動する分には何の問題もありません。


 そして、この大きな玉はツバキさんにも、レイシアにも見えている筈です。

 現れ始めた眷属との戦いが始まった合図として。


 いつもと違う状況を察知したのか、すぐさま森から眷属達が魂喰らいを伸ばしてきます。

 僕は実際に眷属と戦うのはこれが初めてですが、森で目覚めたばかりの以前と違い、まるで危険な予感は感じません。

 街道にいる間は真っすぐにしか伸びて来ないせいもありますが、僕自身の成長がなによりの理由でした。


「ミズファ。ご挨拶程度に、今出現している眷属を一度全て消すわ。レイスにこの私がいる事を知らしめる為にもね」

「はい、でもレイシアの部屋にある天球水晶は大丈夫ですか?」

「私の能力は魔法じゃないもの。以前の貴女が森の結界を壊した理由は私にも解らないけれど、今の貴女は魔力をしっかりと調整できるわ、夜の森にも入れる筈よ」


 僕は以前森から脱出する際に壊した結界を思い出すと、いつもの如く心の中を読まれました。

 本当にプライベートの欠片もありません……。


「取り合えず。それは後に置いておきましょう。さぁレイスよ。居るなら出て来なさい。この私が直々に会いに来てあげたわ」


 プリシラを中心に魔法陣が現れます。

 赤い光に包まれながら、ゆっくりと右手の指先を空に向けます。


 ふと見上げた空には。

 巨大な赤い十字架が三つ、それぞれの区域に浮いています。


「消えなさい、下等な死せる者。血術聖なる赤の逆十字(ブラッドクロス)!」


 三つの赤い十字架が森に向かって落下していきます。

 けれど、森が破壊される事は無く、透き通ったように貫通し眷属だけに当たります。

 なすすべなく眷属たちは潰され……るのでは無く、消滅していきました。


 ォォォォォォォオオオオオオ!!!


 森の各所から眷属の断末魔が響いています。

 相当な数が森から消え失せました。


 けれど。

 今「出現していた眷属」が倒されただけであり、常に新しい眷属は現れ続けます。

 それでも、レイスに対しては大きなプレッシャーを与えるには十分な物だった筈です。


「―――奥へ来い」


 突如重い声が響きます。


「もしかして、レイスの声?」

「……この私に来いですって?随分上から目線ね」

「まぁまぁ。呼んでいるみたいですし、行ってみましょうか」


 僕は少し躊躇しながらも、自分の中の魔力を抑え、心を落ち着かせます。

 そして、森の中に一歩。


 大丈夫、結界は綻んでいません。


「良かった、森の中に入れました!」

「仕方ないわね、さっさと行きましょう。あぁそうだわ。私、虫の居所が悪いから、この国の地形が変わってしまうかもしれないけれど、良いわよね?」


 良い訳無いです!!

 あと、補助的な役割だって言ってましたよね!?


「冗談よ。解っているわ。この森の件は貴女が解決しなければ意味が無い。私の役割はあくまで貴女が戦いやすい環境を整える事よ」

「……はい、僕の我儘を聞いてくれて有難うございます、プリシラ」

「……っ。さ、さぁ早く行くわよ」


 先に森の奥へと進むプリシラ。

 照れてるみたいです、可愛いです。


「あ、な、た、ねぇ!」


 心の中を読まれて怒られつつ、僕達は森の奥へと進むのでした。



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