昼の森
「主様、主様……朝です、起きて下さい」
「んぅ、後五分」
「……ゴフン?」
レイシアのお屋敷に帰還した次のメルの朝。
恐らく首をかしげてると思われるミルリアちゃんの声をよそに、僕は引き続き二度寝を決行します。
まだこのベッドで寝ていたいのです!
今寝ているベッドは、以前このお屋敷に滞在中使用していたベッドと同じ物なんです。
つまり、この部屋はレイシアが以前用意してくれた、僕の自室です。
僕がいつ戻ってもいいように、と衣装も部屋もずっとそのままの状態で維持され続けていました。
勿論レイシアの計らいです。
それが凄く嬉しく嬉しくて……。
「主様、早く起きて……下さい。朝食の準備も、間もなく出来ると、このお屋敷の使用人から……言われております」
「んぅーあと10分」
増えました。
……今更ですけど。
時間が解らないのって不便だと思います。
この世界には時間の概念が無いんです。
わざわざ時間に追われる生活を望む必要も無いとは思うんですけど、漠然とした頃合いに会う約束をする、というのが若干苦痛だったりします。
誰かと待ち合わせると、当然のように僕が先にその場で待つ事が多いのです。
大よそは日の高さで決められているので、そこまで大きな時間差みたいなのはありません。
けれど、やっぱり体感1時間とかは普通に待ったりする訳です。
なので、僕はレイスを倒したらせめて仲間内にだけでも時計を普及させようと思ってたりします。
でも、僕にはあの繊細な時計の組み上げ作業は到底無理ですし部品だって作れません。
そこでレイシアに協力して貰って、魔法具を介して動く時計を作れないかと思案していました。
「主様、主様……。起きて、下さい」
一秒という概念を魔力で作り上げるのです。
試しに一番安い魔法具用の宝石に魔力を込めてみた事があるんですけど、あっさり成功しました。
時計の針が一秒ずつ動くイメージで魔力を込め、更に重魔法でブーストをかけました。
そして完成した宝石を適当に作った秒針もどきに取りつけると、ちゃんと動いたのです。
しかも僅かな魔力で動き続け、予想では電池の入れ替え周期よりも長く動き続けます。
因みにまだ試作段階なので、分針、時針は作ってません。
この二つの針を動かすには、更に新しい魔力を込めて別個作る必要があります。
結構疲れるので、保留にしていました。
「“地脈に眠る力は……今なを、胎動を繰り返す。”」
……ん?
何かミルリアちゃんが物騒な言葉を喋ってる気がします。
「“やがて生まれ来る力は……大地を揺るがし、全てを、飲み込むであろう……”
「わーーわーーーー今、今起きますから!!!」
「主様、おはよう……御座います」
ぺこり、と会釈するミルリアちゃん。
今この子、街を大地震で破壊しようとしました!!
何してやがりますかこの子!?
「あの……。ミルリアちゃん」
「はい、主様」
貴女の笑顔が眩しいです……。
「いえ、じゃあ着替えお手伝いお願いします……」
「畏まり、ました。我が主」
この子、将来土姫は間違い無いでしょう、他の姫と同じく頭のネジが取れてると言う意味で。
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「ねぇねぇ皆で森の中を下見しておかない?」
「あ、良いですね。木ばっかりで同じ景色がずーっと続くだけですけど、いきなり戦闘するより遥かにマシですよね」
「私も構わないわよ。それに作戦上、「森の中が見える」ようになっているから今の内に森に慣れておくのも悪くないし」
「私は皆様に……何処までも、着いていきます」
朝食後、貴賓室に集まった僕達は予定を組んでいる所です。
エリーナが珍しく率先して案を述べている事にちょっと驚きです!
僕が森から来た、と言う事を知る唯一の人物ですから、それも理由の一つにあるのかもしれません。
「ん、じゃあ。先ずは森の広さとか、街道が何処にあるかとか、おさらいしておこっかぁ」
一歩でも間違えたら、即死亡。
その死亡率をできる限り低くする事が最優先です。
僕達が死ねば、全てが終わりですから。
ですので、地理の把握、森の確認、街道をどれだけ有利に使えるか等、詰められるお話は沢山あります。
先ず。
ベルゼナウの街と森の位置確認からです。
この街を地図の中央に配置している、という前提で進めます。
街の周囲は1km程平原になっています。
そして、町からは東西南北に街道が伸びていて、南が正門です。
通称レイスの森は、東の街道から南の街道にかけてを第一区域、南側から西側にかけてを第二区域、そして北西を第三区域と分けます。
街道がひと区切りになっている、という事ですね。
因みに北東方面には森は無く、北の街道が公国へと繋がっています。
そしてレイス本体がいるのは、南から西にかけての第二区域。
そこだけを攻めれば別に区域分けなんて必要ないのでは、と思う所ですがそうもいかず。
兎に角厄介なのが眷属なのです。
眷属はレイスの森とされる区域を自由に行き来出来るようで、第二区域に集まると過密状態になり、魂喰らいを避けているつもりが仲間に当ててしまう可能性があります。
ですので、区域事に別れてある程度惹きつけておかないといけない訳です。
遅れて来る都合上、ツバキさんとレイシアは第一区域を担当して貰う事になりそうです。
そしてエリーナとミルリアちゃんには第三区域を、僕とプリシラはレイスを討つ為、第二区域を担当します。
「こうして地図を広げてみると、広い森だねぇ。だから先人はレイスを封印する為、この森を利用したんだろうねぇ」
「結界監視と維持に使われている天球水晶も、完全耐性に次ぐ最高級の魔法具ですよね、確か」
「そうね。私もコレクションとして手元に置きたい程の一品よ」
封印する際に、どれ程の犠牲を生んで成し遂げたのか。
世界有数の魔法具を使ってでも封印をしなければならなかったのは、レイスの特殊能力が一番の理由でしょうけど。
「そういえば……レイスって300クオルダ前に封印されたと聞きましたけど、プリシラ何してたんです?」
「シズカといちゃいちゃしてたわよ?」
「シズカさんだったら倒せたんじゃないですかこれ!?」
「あのねぇ。レイスより私の方が優先度高いに決まっているでしょう?レイスがその辺の街の魂喰らってる間に、私は国自体を喰らうわ」
「……すみませんでした」
改めてこの人が敵じゃなくて本当に良かったです。
「貴女が私の前から消えない限り、ずっと私は貴女の味方よ。安心して頂戴」
……脳内に心強いお言葉有難うございます。
「じゃあ取り合えず森にいってみよっかぁ。あ、ミズファちゃん。前に言ってた花畑を見に行ってみない?あれから大分経つんだし、何か新たに判るかもしれないよぉ」
「あ、んー……そうですね。行ってみましょうか」
「ふぅん。花畑ね……成程」
「花畑に……何か、あるのですか?」
「あ、ううん単に森の中にそういう綺麗な場所があるってだけです!」
プリシラには話す必要もなく、花畑がどんな場所かばれています。
目覚めたばかりの際には、あの周辺を調べるなんて考えは微塵もありませんでしたしね。
里帰り的に戻ってみるのもいいかもしれません。
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程なくして僕達は下見の為、レイスの森の中を移動中です。
相変わらず日の高いうちはなんの危険性も感じず、平穏な森です。
その辺を歩いている妙な動物達も、相変わらずのほほんとしています。
「のどかだねぇ……」
「平和な森に、見えます、ね……」
「何の変哲もない森ね」
この森、レイスが居なくなったらちょっとしたヒーリングスポットになれそうな気がします。
森の動物には危険性は無いですし、兎のような小さな動物に至っては、おいでおいでってすると手にすりついてくるんです。
「かわいい、です」
ミルリアちゃんは森の動物がお気に召したようです。
「僕この森、沢山の人に見て貰いたいです!」
「別荘を建てるには良いかもしれないわね」
「あーあの動物もふもふしてそうだよぉ」
なんか本来の目的忘れて和み終わりそうです。
動物たちに癒されつつ大分薄れた記憶を頼りに花畑を探していると。
ようやく視界が開けて花畑が広がりました。
「わ、綺麗な……花畑です」
「ここがミズファちゃんが言っていた場所かぁ」
「へぇ。危険な場所に佇む唯一の聖域って感じね」
実際、この花畑に関しては嫌な感じは一切しません。
僕は自分が目覚めた位置まで移動してみます。
「んー……。以前のままで特に何も変わった所は無いですね」
若干帰って来た、という里帰り的な感動はありますけど、それだけです。
「そっかぁ。まぁ、丁度いいしここでお弁当たべよ?」
「あ、賛成です!」
地図を広げて会議をしていた事もあり、花畑に着いたのはもうお昼といっていい頃でした。
「それでは……準備、いたします」
ミルリアちゃんは手慣れた手つきで敷物を広げ、お屋敷で持たせてくれた豪華なランチをバスケットから取り出します。
「たまには青空の下、花畑で食事というのも悪くないわね」
「あたしは食べられればどこでもいいけどねぇ」
「皆で食べるご飯はどこでも美味しいです!」
下見のつもりがピクニックになってしまっているのは、ご愛敬です。
次回は、レイシアとツバキさんも、それとシルフィちゃんとウェイル君も呼んでまた来ようと思います!
決戦前に、とても良いリフレッシュになりました。
食事後、僕達は軽く第一区域と第三区域を下見してから、お屋敷へと戻りました。
あ、しっかり森のどの辺りで戦うか、とか立ち回りの考察とかしましたからね!
ツバキさんとレイシアにも、蝙蝠で森の状況は伝言済みです。
特にツバキさんは初めて来る場所で、いきなり戦闘ですからね。
いよいよ次のメルの夜、作戦決行です。




