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懐かしの街

「わーーーーこの街並み!帰ってきたって感じがします!」


 僕はまるで生まれ故郷に帰ってきたような錯覚を覚えます。

 旅に出てから、あと三クオル程で二クオルダが経つ頃、僕はようやくこのベルゼナウの街に帰って来ました。


 嬉しすぎて子供のように僕は路地裏に走っていきます。


「こらぁ、ミズファちゃんはぐれるから走らないの!」


 エリーナが怒っていますが無視です。

 今の僕を誰も止める事などできないのだ!


 ふと、見覚えのある路地裏を見つけて体育座りしてみます。


「あの……主様、何をなさって、いるのですか?」


 ミルリアちゃんが僕の後をしっかり追ってきて質問してきます。

 僕はふふん、と得意げに。


「ここが僕の初めての宿です!!」


 目をキラキラさせて言います。


 何故か無言でミルリアちゃんに頭を撫でられました。

 なんで?


 -------------------------------


 改めて、いま僕達はベルゼナウの街に来ています。

 レイシアが作成した【ウィスプの街灯】と正式な名称がついた大型魔法具は正門から街の中央まで続く、この街のシンボルになっています。

 本来であれば、世界に広がり始めたこの幻想的な街灯の灯りを一目見ようと、常に人々や行商人が来たり、移住を考える人がいてもおかしくない、素晴らしい街なのです。


 それなのに。

 周囲の森の悪い噂が更に悪名を呼び、昼間でも最低限の行商人しかこの街には訪れません。

 別に夜であろうと、森に近寄らなければ安全です。

 レイスの存在を感じるせいか、モンスターもこの周囲にはいないようですし。


 街の人々は何事も無く生活していますが、夜に関してだけは、街の外に対する排他的な思想、恐怖心が根付いてしまっています。

 その為、夜に街の外にいると災いになるとか、外にいるだけで悪者などの風潮がいつしか生まれていたのでした。


 こんなの絶対おかしいと思います。

 この街を「夜の監獄」から助け出します、僕の為に集まってくれる皆の力をお借りして!


「このお屋敷に来るのも、本当に久しぶりです」


 大きな建物を見上げて感慨深げに僕は呟きつつ。

 僕達はレイシアのお屋敷の前へと来ている所でした。


 現在ここにいるのは、僕、エリーナ、プリシラ、ミルリアちゃんだけです。

 レイシアとツバキさんは蝙蝠を介して、ベルゼナウの街で合流するよう伝言で伝えてあります。

 その方が二人とも公国に行くよりも近いですからね。


「へぇ。ここがレイシアのお屋敷なのね。悪くないわ」


 プリシラが一目で気に入ったようです。

 何故か僕も嬉しくなります。


 程なく、屋敷から沢山のメイドさんが出てきて、その後に姿を現したエルフィスさんが出迎えてくれます。


「エルフィス様、ご無沙汰しております。その節は唐突に居なくなってしまい、大変申し訳ございませんでした」


 僕は深々とお辞儀します。


「おぉ、ミズファ、本当に元気そうで何よりだ。レイシアが痛く心配していたよ。私も賊に攫われたのかと思い、気が気では無かった」

「お気遣い頂いて本当に感謝しております。レイシアには直接お会いして、沢山お話させて頂きました。その上で恩返しをさせて頂きたく、再びこの街へと戻って参りました」

「話は王都から聞いているよ、名立たる姫達を束ねてレイスを倒すそうだね。私も全面的に協力するよ。長きに渡ってこの街を、この国を苦しめ続けた元凶を取り除く事ができると言うのだからね」

「必ずやご期待に応えて見せます。この街へのご恩を仇で返すような真似は致しません」

「ああ、期待しているよ。それにしても……ミズファはまさか公国貴族のご令嬢だったとはね。その節はとんだ無礼をした。許してほしい」

「いいえ、無礼などそのような事は御座いません。唐突な滞在を寛大な心で許可下さったエルフィス様には感謝の気持ちで一杯です」

「そうか、何か……ミズファは随分成長したようだね。以前は何処となく、思い悩んでいるような印象があったんだが。まるで自分の娘のように成長を嬉しく思うよ。さぁ、立ち話は其方に居られるプリシラ公に失礼だ。どうか屋敷に入って欲しい」


 エルフィスさんは続けてプリシラに挨拶を行い、屋敷の中へと通されました。

 屋敷の中も以前のままで、今歩いている通路も全てが懐かしいです。

 程なく、貴賓室に通されます。


「プリシラ公、どうぞ席に」

「手厚い歓迎感謝するわ」


 プリシラが座るのを合図に、メイドさん達が紅茶と焼き菓子を運んできます。


「本来であれば我々から出迎えに行く所を、公爵自ら居らして下さるとは」

「構わないわ。そもそも事前に来るとは一言も伝えていないのだし」


 公国の王には現在ベルステンさんが就いていますが、今後も僕と行動する上で便利な為、プリシラは公爵の地位をそのまま誤認させています。

 因みにブラドイリアの王としての顔は一部の人しか知らないそうです。

 魔都ブラドイリアは許可の下りた商人しか行き来が出来ない鎖国に近い状態である為、内情が中々外に伝わって来ないのだとか。

 国の事をプリシラに聞いても、そのうち連れて行ってあげるわ、とだけ言われてはぐらかされています。


「まさか、プリシラ公爵もレイスと戦うのですか?」

「勿論よ。とはいえ、私は主に補助的な役割になりそうだけれど」

「ミズファは大変凄い人物を連れてきたものだな」

「私もそう思います」


 いえ、本当に……。


「何か含んだような言い方ね」


 いいえ? 他意は無いですよ?


「……まぁいいわ」


 脳内に話しかけてくるのは一人になった際にお願いします!


「所でエルフィス伯。騎士団の配備は終わったのかしら?」

「滞りなく終了しております。万が一にも王都側に眷属の残党など向かわせたりはしませんよ」

「流石は王都が誇る【聖白騎士団ホワイトナイト】ね。我が国も、兵の配備が間もなく終わる頃だわ」


 現在公国兵2000名をベルドア王国との境に配備、そして王都と北方領の境には、王都騎士団2500名が待機しています。

 更には魔法学院の指示で宮廷魔術師が数名派遣されています。

 何故こんな大ごとになっているのかと言いますと。


 もし、僕達がなんらかの理由で、森から眷属を沢山外に逃がしてしまったらどうなるでしょうか?

 それは恐ろしい事になるでしょう。

 その被害を最小限に留める為の措置です。


 王都には事前にレイス討伐の知らせを送ってあり、その際に大分もめた様ですが王の許可が下りました。

 レイス討伐宣言は前代未聞であり、最初は反対の意見がほぼ占めていたようです。

 それを翻す策として、僕はプリシラ公爵の下、炎姫、氷姫、光姫、次期土姫候補を擁し、更に風姫への協力要請を得る事で、王国は勝機の可能性を考慮してくれました。


「レイス討伐作戦決行は二メル後の夜。それまではこの屋敷を自由に使って下さい」

「ええ、有難う。それと派遣されて来る宮廷魔術師には、主にこの街の護衛の任に就くように言っておいて頂戴」

「此方としても願っても無い事です。領民は聊か夜の森の事となると過剰に不安を抱くもので。護衛が街に居てくれるだけでも、心持が違うでしょう」

「それも仕方ないわね。長らく恐怖の対象となっているレイスと眷属は、その特殊な能力だけを見るならば三大国家指定級に名を連ねても良いと思うわ」


 やはりプリシラでも、レイスの能力は人間視点側で見れば、この上無く脅威なのでしょうね。

 魂喰らいは問答無用で命を取って行く理不尽な能力ですから。


「街に対するレイスの脅威も、この私の代で終わりにしたいものです」

「終わらせますよエルフィス様。私が絶対に終わらせます」

「聞いた話ではミズファも相当な実力を付けたそうだな。正直に言えば、レイシア共々危険なモンスターに向かわせるのは不安がある……。だが、これ程の準備を用意して帰って来たのだ。私は君たちを信じているよ」

「ええ、お任せ下さい」

「それにしてもだ。エリーナ嬢。君が王都に名高い炎姫とは知らなかったぞ」


 美味しそうに紅茶を飲んでいたエリーナは急な話しかけにも臆せず。


「隠していた訳では無いのですが、あまり名乗るのは得意では御座いませんでしたので。非礼をお詫び致しますわ」

「いやいや。咎めている訳では無いのだ。我が娘レイシアがメキメキと魔法を上達させていたのは、成程当然だと思ってね。炎姫殿を師に仰いだのならば拍も付く。既に、光姫の称号を頂いてはいるがね」


 エルフィスさんは愛娘の自慢話お父さんモードになったようです。


「私も才能あるご息女をお預かり頂けて、大変遣り甲斐を感じておりました。レイシア様はまだまだ成長の余地がおありです。今後も多大な成果を上げる事でしょう」

「そ、そうか。それはこの先も楽しみだ。我が妻もきっとレイシアの成長を喜んでいるだろうな」


 エルフィスさんは感慨深げに微笑んでいます。


「プリシラ公。夜まではまだ少々間がありますが、ご予定をお伺いしても宜しいですか」

「そうね。暫くはミズファ達と次のメルに備えて準備させて頂くわ」

「それでは引き続き、この貴賓室を使って下さい。そして今宵のディナーは最高の持て成しを用意しましょう」

「有難う。厚意に甘えさせて頂くわ」


 一旦ここで会談は終了し、エルフィスさんは街の警備兵の配備再確認の為、城壁の査察に向かいました。

 部屋からエルフィスさんが退出するの見計らい、ふかふかのソファの後ろに凛とした姿勢で立っているミルリアちゃんに声をかけます。


「ミルリアちゃんずっと立っていて疲れたでしょう?さ、僕の隣に座ってください」

「私は……自分の立場を、弁えておりますので」

「もー、今は偉い人は居ないからいいんです!」


 無理やりミルリアちゃんを座らせます。

 彼女は今、プリシラがオーダーメイドで作った可愛いメイド服を着ています。

 僕はお茶を淹れてミルリアちゃんへと差し出します。


「あ、あの……主様、その、有難うございます」

「うん、気にしないで下さい。そもそも時期土姫さんがそんな気弱では駄目ですよ?」

「で、ですけど……」

「はい、焼き菓子もありますよ」

「あぅぅ……」


 困ったような顔のミルリアちゃん。

 可愛いです。


「ミズファはミルリアにお熱ね」

「ミルリアちゃんは苦労した分幸せにならないといけません。全力で僕がそのお手伝いをしてあげないと!」


 ミルリアちゃんが真っ赤になって俯いています。


「ミズファちゃん。幸せにしてあげるなんて、まるで告白みたいだねぇ」

「ふぇ!?」

「まったく……貴女は解ってやっているのか天然なのか図りかねるわね」

「あぅぅ……」


 僕も一緒に真っ赤になって俯きます。

 何してるんだか僕。


 そんな折、プリシラの肩に蝙蝠がポンッと現れます。

 その蝙蝠にプリシラが耳を傾けつつ。


「……そう。解ったわ。」


 そう、プリシラが言うと直ぐに蝙蝠が消えます。


「レイシアと氷姫は少し遅れ気味ね。レイスとの戦闘に入ってからの合流になりそうだわ」

「何かあったんですか?」

「レイシアは学院で更に二人連れてくる準備で、氷姫は倭国から船に乗る際に大シケで遅れたみたいね。二人とも今は馬車で街道を進んでいるから問題は無いわ」

「あ、レイシアちゃんが学院から連れてくるのってぇ」

「シルフィとウェイルよ」

「やっぱり!」


 その名前に反応したミルリアちゃんが顔をあげます。


「二人とも……ここに、来るのですか?」

「ええ、そうみたいね。蝙蝠を介した情報だから詳しくは解らないけれど」

「そうです、か。二人と……会えるんですね」


 すごく嬉しそうに微笑むミルリアちゃん。

 僕もレイシアとツバキさんに会えるのが楽しみですが、合流が戦闘中になるので、感動の再会はレイスを倒してからですね。

 あ、それと忘れていた事が一つありました。


「プリシラ、風姫さんから連絡は来ていますか?」

「無いわね、最悪風姫は合流出来ないかもしれないわ」

「もう作戦は動いてますから、風姫さんが来れなくてもレイス討伐中止とはならないでしょうけど、ちょっと心配ですね」

「懸念としては、風姫は既に引退しているかもしれない事。公国の騒動より前だけれど、風姫は時期後継者を探している風だったわ」

「風姫さんは高齢の方なんですか?」

「まだ二十歳くらいだと思うけれど、まぁ何か理由があるのではないかしら」

「そうですか……それなら仕方ないですね」


 まだ会った事も無い方ですし、なんの前置きも無しに一方的に戦いに参加して欲しいなんて言われても、普通はお断りしますよね。

 無理は言えません。


 僕がその分何倍も頑張ればいいだけです。

 その為にここに帰ってきたんですから。

 僕は腕につけた「魔法具」を確認しつつ、貴賓室の窓から見える森を見つめていました。


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