二人の決意
夕ご飯後、一度解散となった際に各自一部屋を割り当てられた僕達は、とっても豪華な自室を貰いました。
綺麗な天幕が付いた大きなベッドに座って、ポンポンと柔らかい感触を楽しみつつ寝そべります。
そこで、さっきのお話で聞き忘れていた事をふと、思い出し。
プリシラさんは何故僕達の血が欲しいのですか?
と、考えます。
「……それは、私の力の源だからよ。この力はシズカに返して貰って暫くは疎ましく思った物だけれど、彼女が私を信じて返してくれた物だと考え直して、今は大事に使っているわ」
そう脳内に声が響きます。
そうですか。
どっちにしても、報酬の件は余程の事が無い限り断るなんて絶対しないつもりでしたし、いいですよ。
僕の血で良ければあげます。
「……本当にくれるの?」
え?はい、嘘じゃ無いですよ。
「シズカと一緒なら……貴女の血はきっとどんな魔力にも勝る最高の血の筈だわ。あぁ……私、考えただけで我慢できない。今すぐ部屋に行ってもいいかしら?」
何かとっても興奮しています。
僕、身の危険を感じます!
あの、別に僕逃げたり消えたりしませんので、そんなに急がなくても。
「いいえ!シズカは私を安心させておいて消えたもの。いつ貴女も居なくなるか解らないわ」
そんな事言われましても……僕だって消えるつもり無いです、この世界大好きですし。
「駄目よ、私を安心させようとしたって。ふふ……もう直ぐあなたの部屋につくわ」
少女の夜這い生放送でした。
「私よ、ミズファ。今、貴女のお部屋の前にいるの」
何その扉を開けたら居なくて声が後ろから聞こえるやつ。
あの、プリシラさん落ち着いて下さいね。扉開けますけど落ち着いて下さいね?
「私はどんな状況でも至って冷静よ。だから開けて」
……。
僕は恐怖心を抱きながらもベッドから入口へと移動して、扉を開けます。
「ご機嫌よう、ミズファ」
「あの……はいご機嫌ようです」
プリシラさんは部屋に入るとベットに直進して優雅に座ります。
そしてポンポンとベッドをたたき、ここに座りなさいと催促します。
「あの、プリシラさん一つ質問してもいいでしょうか」
「立ったままでは自身を支えきれずに倒れてしまうからよ」
心の中を先読みされました。
何故血をあげるのにベッドに座る必要があるんですか、と質問しようとしたんですけど。
渋々ベッドに移動して、プリシラさんの隣に座ります。
「こうして貴女の隣にいると、シズカと過ごした頃を思い出すわ」
「そんなにシズカさんと僕って似ているんですか?」
「容姿とかでは無くて、雰囲気かしらね。一緒にいると自然と落ち着く……そんな不思議な力」
そう言うと、プリシラさんは僕の肩に顔を傾けて、身を預けてきます。
ちょっとドキドキします。
「ええと。じゃあ血をあげますね」
場の空気がちょっと落ち着かないので、早々に要件を済ます事にしました。
僕はどうすればいいか初めから解っていたように、首筋を晒します。
ちょっと自分の顔を赤らめつつ。
それを見たプリシラさんは優しく僕を抱きしめてきます。
「有難うミズファ。心から感謝するわ。……そしてシズカ。きっと貴女がミズファに巡り会わせてくれたのね。素敵な子に会わせてくれて、有難う」
その言葉とともに。
僕の首筋に熱が帯び始めました。
「あ!……んっ……んぅ……」
全身を駆け巡るみたいな不思議な快感。
嚙まれている筈なのに、痛みなんて微塵も感じず、ずっとこのままでいたいと思う程。
プリシラさんは夢中になっているようで、そのまま僕をベッドに押し倒します。
僕は目を瞑り、力なくされるがまま。
「は……ん……っ」
今まで出した事の無い声に恥ずかしさを覚えつつ、行為が終わるのを待ちます。
その行為がどれ位続いたかは、解りません。
やがて、熱が首筋から離れて行くのを感じて、目を開けます。
高揚したプリシラさんはずっと僕を無言で見つめているようです。
ぼっーと彼女の顔を見上げると、笑顔のまま涙を流している事に気づきました。
「ミズファ。私、決めたの。ずっと貴女の傍にいる。貴女無しでは生きてはいけぬ体になってしまったもの。嫌でも離れないわ」
僕はそっと彼女の涙を拭ってあげながら、笑顔で答えます。
「僕の方こそ、プリシラさんがいてくれたらとても嬉しいです。仲良くしてくれますか?」
「そんなの当たり前だわ!世界から疎まれ、貴女が一人になったとしても、私は絶対に貴女の傍から離れない!」
その言葉と同時に。
唐突に扉がバンッ、と勢いよく開きます。
「プリシラ様!ミズファから離れて下さい!!!何を……何をなさっているんですか!」
入り口には顔を赤らめ、怒りを爆発させたレイシアが立っていました。
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「ご……御免なさい……」
早速レイシアが謝っています。
「ミズファのお部屋をノックしようとしたら……その、ミズファの……甘い声が聞こえて。……私勘違いしてしまいまして……」
両手で顔を隠していやいやと体を振っているレイシア。
可愛いです。
「まったくもう。私を信じてくれたのでは無かったのかしら」
「それは……。で、ですがプリシラ様だってお人が悪いです!私、ミズファとお話をするお約束を、先にしていたのですよ!」
「なら、レイシアを助けた私の報酬が先になっても文句は無いわよね?」
「むー……」
レイシアはむっとした表情で頬を膨らませて抗議しています。
やがて僕に助け舟をだすように見つめてきました。
「あの、プリシラさん。余りレイシアを苛めないで下さい」
「ミズファ、私の事は呼び捨てでいいわよ。レイシアは私の大切なお友達だもの。ちょっとからかう事はあるけれど、苛めるなんてとんでも無いわ」
「もう、やっぱりプリシラ様はお人が悪いです!」
プイっとそっぽを向くレイシア。
「レイシアもご機嫌が斜めだし、お邪魔虫は退出するとするわ」
そう言うとベッドに座っていたプリシラさん、もといプリシラは立ち上がって入口へと移動します。
「あのプリシラさ、プリシラ」
「何かしら」
「次のメル、お手伝いをお願いする事になると思います。その分、追加で血はあげますから」
「いいわ、手伝ってあげる。でも血は十分よ。むしろ貰い過ぎた位だもの。レイシアと一緒なら平気だと思うけれど、余り無理に動いたりしては駄目よ?」
「はい、有り難うございます」
頭をぺこり、と下げる僕。
確かに若干、体がふらつく感じがします。
直ぐに僕の体調を察したレイシアが支えるように肩を貸してくれます。
「レイシア、ミズファをお願いね」
「ミズファの事は誰よりも私が解っておりますから。ご心配要りませんわ」
何故か誇らしげなレイシアと、若干ジト目なプリシラ。
「あぁ、そうそう。大浴室は学院のお嬢様達で暫く貸し切りになるでしょうから、王、来賓専用の浴室を使うといいわ。それじゃお休みなさい」
「お休みなさいませ、プリシラ様」
「はい、お休みなさいプリシラ!」
僕の返事にとても嬉しそうな笑顔で返すプリシラ。
ただ挨拶返しただけなんだけど、プリシラが嬉しいなら僕も嬉しいです。
彼女が退出するとすぐに背中から抱きしめられます。
「レイシア?」
「……プリシラ様とばかり仲良くしていてずるいです、ミズファ」
「ご、御免なさい。先にお話ししようって決めてたのに……」
「ミズファは、私に酷い事ばかりです。絶対に許してあげません」
とってもご機嫌斜めなレイシアです。
こんなレイシアを見るのは初めてで、僕も動揺を隠せません。
「ミズファ、久しぶりに浴室をご一緒しましょう。血が足りていないのは十分承知していますから、のぼせない程度に」
レイシアはそう言うと返事も聞かず、僕の手を取り部屋から連れ出します。
こうして彼女に手を取って連れられて行くのも本当に久しぶりで、つい顔が綻んでしまい胸が熱くなりました。
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「ミズファ、ふらつく様でしたら直ぐに言って下さいね」
「はい、でも体を洗うのは一人で出来ますからっ……」
「駄目です。ミズファが休むまでは私がしっかり支えてあげますから」
僕は今、大きな浴室でレイシアに体を洗って貰っています。
来賓など位の高い人しか使えない、とっても豪華なお風呂。
レイシアのお屋敷も王族と肩を並べる作りになっていましたが、それと同等の作りです。
水がめを持った女神のような石像が浴室の中央に設置されていて、水がめから熱を上昇させる魔法具を介してお湯が出ています。
この手の魔法具は魔力を込めると、込めた分だけ効果が維持されます。
魔術師が必須の上に高価な魔法具なので、貴族にしか出来ない芸当ですね。
因みにレイシアのお屋敷は地下から温泉が湧いていて、常にかけ流しでした。
程なくして、頭からお湯をかけて貰い、ピカピカになった僕。
お風呂のある宿を借りていたので、別に小汚くしていた訳では無いですよ!
「ありがと、レイシア」
「いいえ当然の事ですし、こうしてミズファに何かをしてあげられるのが、本当に嬉しいのです」
レイシアは心からそう思っているとばかりに笑顔です。
先ほどの不機嫌さは何処かに吹き飛んだようで安心しました。
その後お湯に浸かると、一気に疲れが取れていくような気持ちになります。
「本当はお茶を頂きつつゆっくりお話しして、それから浴室の予定でしたのに……もうプリシラ様ったら」
お湯に浸かるなり、レイシアがぶつぶつと呟いています。
やっぱり怒ってました、怖いです。
呟きは聞かなかった事にして、レイシアに思っていた事を質問してみます。
「レイシアは後どれ程公国にいられるんですか?」
その問いかけに少しレイシアは黙っています。
あれ、何かまずい質問だったかな。
「レイシア?」
「……私は、もうミズファと離れたく無いのです」
俯きながらそう答えます。
「でも、レイシアは学院に在籍していますから」
「ええ。ですから……次のメルには帰還せねばなりません」
レイシアの顔はとても残念そうです。
「実はレイシアにもお手伝いをお願いする予定ではいたんですけど、学院の問題があると無理そうですね……」
「お手伝いと言うと、レイスの件ですか?」
「はい、本当はレイシアには見ていて欲しかったのですが、そうも言っていられない程レイスは手が付けられない状態みたいなので」
それを聞いたレイシアは何かを考えるようにしつつ。
「ミズファは、どうしてレイスを倒したいのですか?」
「それがベルゼナウの街と、レイシアやレイシアのお屋敷への恩返しになると思ったからです」
「ミズファ……。まさかその為に?」
「はい、ずっと強くなろうと。絶対にベルゼナウの街を夜の監獄から解放してあげたくて」
僕の言葉と共に、レイシアが僕を抱きしめます。
「それでしたら、そうと言ってくれたら……」
「あのままだと僕、レイシアに甘えるばかりで何も出来きませんでした。それに、旅に出て良かったと心から思っています。レイシアには本当に御免なさいですけど……」
「ミズファ……」
僕の決意は絶対に揺るぎません。
例えレイシアが僕の身を案じてここで反対したとしても。
「ミズファ。私は一度学院に戻ります」
「はい」
「ですが、直ぐに貴女の元へはせ参じます」
「……え?」
「学長でしたら、きっと休学届をお許し下さいます」
「レイシア……」
「私の故郷をお救い下さる方を無下にして、どうして私だけ安穏と学院生活を謳歌できましょうか?」
レイシアは身を離すと、ジっと僕の目を見ています。
彼女の目には決意を感じ取れました。
それを見た僕は微笑みながら。
「はい、僕レイシアが合流するのを待ちますね。今よりも沢山強くなって置きます!」
「休学届は直ぐに認可されたとしても、合流までに3クオルはかかります。私も可能な限り、魔法に磨きをかけて置きますね」
何も知らずに森をさ迷い、ベルゼナウの街に辿り着いたあの頃から一クオルダが過ぎた今。
僕は本来の目的、レイスに挑む決心をレイシアと共に固めたのでした。




